このページの本文へ

スタンフォード流医療イノベーションの起こし方 第2回

スタンフォードバイオデザインプログラム(その1)

医療機器の失敗原因に学ぶニーズ吟味の重要性

2018年01月25日 09時00分更新

文● スタンフォード大学 池野文昭

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

スタートアップから大企業を問わず、新たな挑戦を始める際、ニーズ(需要)に対して不必要なシーズ(技術)の製品開発に陥ってはいないだろうか? スタンフォード大学で200社を超える米国医療機器ベンチャーの創出に関与し、現在もシリコンバレーと日本を行き来する池野文昭氏による寄稿をお届けする。

スタンフォードで生まれた「バイオデザイン」とは

 スタンフォードバイオデザインプログラムは、2001年にはじまった医療機器に特化した起業家育成講座である。

 スタンフォード大学は研究大学であり、各領域に専門特化した人材を育成していくことが重要な目的である。しかし、大学研究は縦割りの狭く深い領域を極め、先端的な研究を目指していくものが多く、現在でもそれは、大切な研究方針の1つであることには変わりない。

 しかし、一旦社会に目をむけてみると、現代社会が直面している問題や課題はますます複雑になり、さまざまな要素が絡んでくるようになってきていることに気付く。そこで、縦割りの研究だけでなく、各研究部門に横串を刺す、つまり、学部や専門領域の垣根を越え、学内だけでなく学外とも連携した学際的なプロジェクトが必要になってくる。

 なぜならば、大学の存在意義の1つは、社会に役立つ研究をすることだからである。そして、ここが一番大事なことであるのだが、このような複雑化した現代社会により、今までのような縦割りの研究に限界が生じてきていることに、スタンフォード大学学内の研究者が気づき、問題意識をもったことである。

 筆者もそうであったが、とかく研究者は、自分の殻に閉じこもりがちである。しかし、イノベーションに貢献するには、既存の枠や殻を打ち破る必要があることに研究者達が気付いた。そして、1998年に「Bio-X」という医学と工学に横串を刺す学内プロジェクトが発足し、9つの主要プロジェクトが選ばれた。その中の1つが、バイオデザインプログラムである。

 このBio-Xの9つのプロジェクトには、必ず最初に“Bio”という言葉が付いている。バイオデザインは、”Bio” +”Design”である。

 バイオという言葉から連想するのは、再生医療や抗体医薬のような生物学的製剤であるが、バイオデザインはそのような生物学的製剤とはまったく関係なく、あくまでも医療機器に関するプロジェクトである。大元のプロジェクトがBio-Xだから、単純に接頭語に”バイオ“と付いているのであり、それ以上の深い意味はない。

 それでは何なぜ、”Design” なのだろうか? 実は、ここが重要なところである。

 Designとは、デザイン思考を意味するのである。デザイン思考とは、与えられた問題の解決策のみを考えるのでなく、開発者自らが、問題そのものを探し出すところから始め、その解決策を産み出し、価値を生み、社会普及させ、イノベーションをおこしていく方法である。

 これは、民俗学的な研究手法を応用したものだ。民俗学では、研究対象としている種族の中に入り、彼らと同じ生活を送ることにより、同じ目線で見えるものから新たな発見を見いだす。

 同様にデザイン思考では、現場に入り、顧客を観察することにより、顕在的になっていない潜在的なニーズを見つけ、その解決策を考えていく方法である。その考え方を、医機器開発に応用したものが2001年に創設されたバイオデザイン講座である。

 前回も述べたが、医療機器と製薬・バイオ系製剤とでは、明らかにその開発スタイルに違いがある。製薬・バイオは、そのイノベーションの起点が“Discovery”、つまり、研究成果の発見、発明であるのに対し、医療機器は、その起点が現場のニーズに起点することが大きな違いである。

 医療機器のほうが、B2Cの一般的なコンシューマー商品の開発スタイルに類似している。ゆえに、コンシューマー商品に多用されているユーザー視点に立った開発スタイルであるデザイン思考が応用しやすいというわけである。

医療機器開発におけるデザイン思考での5つの決定的な違い

 しかし、コンシューマー製品に対するデザイン思考と、医療機器開発におけるバイオデザイン手法には決定的な違いがある。

 第一に、医療従事者以外、自分がユーザーになる確率は少ないことである。一般のコンシューマー商品では、発明者自身もユーザーの1人である。しかし、医療機器の場合はそうはいかない。医師であっても専門分野が異なれば、その専門性の縦割りにより、まったく検討がつかないことも多々ある。

 つまり、コンシューマー製品と違い発明者自身の直感、使用感覚が当てにならない。

 第二の違いは、試作品を作って、すぐ現場でテストすることが難しい。コンシューマー商品ならば、現場に行ってそのまま使用してもらい、フィードバックを得ることも可能である。一般的なデザイン思考は、早めに簡単なプロトタイプを作成し、ユーザーフィードバックを早く得て修正していくことを特徴としている。

 医療機器の場合は、簡単なプロトタイプを作り、そのまま病院で患者様に試したら恐らく逮捕されるであろう。人間に応用する前に、綿密で複雑なベンチトップ試験、動物実験を、それぞれの当局の規定に沿って施行。審査許可が得られて初めて、人間に応用することが許されるのである。

 しかし、それらの試験はべらぼうに高額なのである。そのため、気軽に数百万円を使える立場の非常に恵まれた立場の人ならば別であるが、普通は慎重になるであろう。

 第三の違いは、一般的に医療機器は各国当局の許可を得なければ、勝手に販売使用できない。また、製造販売するのにも国の許可が必要であり、それを違反した場合には逮捕されてしまう。

 医療機器の安全性を基準にしたクラス分類により必要な試験項目は違うが、本邦で最もリスクの高いクラスIVの医療機器では、治験と呼ばれる国の監督下に置かれた臨床試験を施行し、それをパスしなければ販売できないのである。

 第四の違いだが、多くの医療機器は値段を勝手に決めることはできない。保険償還価格が国により決まっているためである。コンシューマー製品のように、需要と供給、そして、ブランド力によって、値段が決められるものとは大きな違いがある。

 第五の違いは、製品の購入決断に影響を与えるステークホルダーがさまざまであるという点だ。医師、看護師、コメディカル(編注:いわゆる医師以外の医療スタッフ全般)、患者、病院管理者、国など、多様なステークホルダーが、その医療機器購入の意志決定に影響をおよぼしている。

 以上により、一般的なコンシューマー商品と違い医療機器は、その開発過程に関して法的規制などが関与し、開発に時間と非常にお金がかかる分、走り始める前にじっくり検討しなければならないのである。

 一般的に医療機器は、開始から上市までに、種類にもよるが6年位はかかってしまう。そのため最初のとっかかりのプロセスが重要であり、一度開発フェーズにのぼってしまうと、なかなか中止できないのは世の常であろう。

 それでは、何に注力したらいいのか? それが、臨床現場におけるニーズの吟味なのである。このニーズの検討に多くの時間、労力を掛けることにより、その後のプロセスが失敗するリスクを”De-Risk”していくのである。ちなみに、アメリカも日本も医療機器の失敗原因のトップが、不十分なニーズによる製品開発である。

 つまり、逆に言えば、そのニーズの吟味をしっかりすることにより、失敗するリスクを減らすことができるというわけである。ここが、バイオデザインプロセスにおける最大の特徴であり、最も経験と知識が必要な点でもある。

医療におけるハードウェアイノベーションで開いた日米の差

 ここで少し整理したいのだが、医療機器の定義である。

 国が定める医薬品医療機器等法(薬機法)としての医療機器の定義は、「人若しくは動物の疾病の診断、治療若しくは予防に使用されること、又は人若しくは動物の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことが目的とされている機械器具等(再生医療等製品を除く。)であって、政令で定めるものをいう」である。

 大きく分けて、診断機器、治療機器に分けられる。また、その大きさ性能からMedical DeviceとCapital Equipmentに区別されている。

 Capital Equipmentは、具体的にはMRIやCT Scan、そして、重量子線治療など大きな機械系の機器を言う。これらは、Medical Deviceと違い、技術が開発の最初のトリガーになっていることが多く、コテコテのニーズ発というものは少ない。

 ここで気付くのは、これらのCapital Equipment系の医療機器の企業は、GE、SIMENS、Philips、キャノン(東芝)、日立、島津など、GEを除き、欧州、日本の企業が強い。日本では、高度経済成長期から高度な技術を活かし、新たな医療機器が開発されてきた。

 診断系器機が中心であるイノベーションに貢献するには、既存の枠や殻を打ち破る必要があったが、日本はそれを技術でやり抜いてきた。ゆえに日本企業は、少なくとも国内医療機器市場においてはCapital Equipment系の診断機器が強い。

 ちなみに、本邦の医療機器の市場は2.7兆円であり、その約9%がCapital Equipment系の診断機器である。それではMedical Device、治療機器はどうなっているのか? 

 じつは日本の医療機器市場の半分強が治療機器市場であり、その多くが、海外からの輸入品、特にアメリカからの輸入が大半を占める。日本の医療機器における貿易赤字は、日本企業の海外生産の逆輸入額を除いても約6000億円であり、毎年その数字は増加している。

 本邦が強いCapital Equipment系医療機器と違い、治療機器はその値段が高価であり、ペースメーカーなど植え込み型の機器を始め、使い捨ての製品が多い。治療の根幹を担う医療機器であるので、値段が高額なのは当然であり、一度患者に植え込まれれば、それを再利用することができないのも理解できる。

 それではなぜ、アメリカはそんなに治療機器が強いのか? その秘密が、このバイオデザインプロセスによるベンチャー企業の新規医療機器デバイスの開発スタイルなのであり、それを取り巻く医療機器エコシステムなのである。その詳細は次回お伝えしたい。

池野文昭
スタンフォード大学 主任研究員/スタンフォードバイオデザイン FACULTY
MedVenture Partners株式会社 共同創業者・取締役

浜松市出身。医師。自治医科大学卒業後、9年間、僻地医療を含む地域医療に携わり、日本の医療現場の課題、超高齢化地域での医療を体感する。2001年からスタンフォード大学医学部循環器科での研究を開始し、以後16年間、200社を超える米国医療機器ベンチャーの研究開発、動物実験、臨床試験等に関与する。研究と並行し、2014年からはStanford Biodesign Advisory Facultyとして、医療機器分野の起業家養成講座で教鞭をとっており、2015年設立のジャパン・バイオデザインプログラムにも協会理事として深く関与。また医療機器における日米規制当局(FDA、PMDA)のプロジェクトにも参画。これらに加えて現在、国内複数大学での客員教授やAMED「医工連携における知財権の活用に関する調査研究」の委員、複数の医療機器メーカーのアドバイザーなども務めており、日本におけるシリコンバレー型の医療機器エコシステム、国境を超えた医療機器エコシステムの確立を目指し、精力的に活動している。

■関連サイト

カテゴリートップへ

この連載の記事
ピックアップ