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最新ユーザー事例探求 第48回

箱根で2人の“三代目”が語る顧客サービス向上の戦略、観光業とテクノロジーの未来

規模も戦略も違う2軒の温泉宿、それぞれのクラウド型FAQ活用法

2017年09月21日 07時00分更新

文● 大塚昭彦/TECH.ASCII.jp

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ホテルおかだ:顧客による疑問の自己解決を実現、予約決定率を向上

 一方、ホテルおかだの原氏は、杉山氏からの紹介でOracle Service Cloudのことを知ったという。原氏が期待したのは、SEO的な効果によりWebサイトへの集客を増やすことと、宿泊を検討している顧客が疑問や不安を自己解決できることの2点だった。

 「そもそもWebのアクセスログを見ると、電話予約の受付時間外のWeb閲覧が4割程度を占めていました。お客様が何か疑問に思って問い合わせようと思っても、この時間帯は電話対応ができません。そこをFAQツールでカバーし、お客様が疑問をその場で自己解決できるようになれば、予約決定率が上がるのではないかと考えました」(原氏)

 実際のグラフを見ると、たしかに電話受付時間外、特に夜間の閲覧者が多い。一日の仕事を終え、夕食後にゆっくり休日の過ごし方を考え、旅行プランや宿を検討する――そういう人が多いのだろう。ただ、何か疑問に思ったことがあったとしても、この時間は電話問い合わせができない。そのせいで、Webで比較検討しているほかの宿に決めてしまう可能性もある。原氏は、FAQツールの導入によって、これまで取りこぼしていた顧客をつかむことができるのではないかと考えたわけだ。

ホテルおかだの時間帯別Webサイト閲覧者数(ホテルおかだのプレスリリースより)

 「実際、Oracle Service CloudのFAQツール導入後は、自社Webサイトからの予約数が10~15%程度増えました。夜間にWebで宿泊先を比較検討していたお客様が、その場で疑問や不安を解消できたのでホテルおかだを選んだ、という可能性はあると考えています」(原氏)

 また導入後、ユーザーが検索した内容を見ることで、「お客様はこんなことを知りたかったのか」と気づかされるような、さまざまな発見があったと語る。

 「たとえば『離乳食は温められますか?』という検索(質問)があったので、回答を追加しました。それから『売店でパンツは売ってますか?』という検索もありましたね。お仕事で箱根に来られたついでにちょっと寄っていこう、ということかもしれません。電話やメールでは受けたことのない質問ですが、たしかに電話やメールだとちょっと聞きづらいですよね(笑)」(原氏)

 ホテルおかだでもこのFAQを5月から稼働開始し、上述のように回答を随時追加してきた。原氏は「稼働から3カ月ほど経ち、(基本的な)質問はある程度出尽くしたと思います。今後は(紅葉、雪などの)シーズンに合わせた質問に対応して、回答を増やしていくつもりです」と語る。

 FAQの導入に際して、原氏はチャットボットにも興味を持ち比較検討したが、技術的に難しかったことに加え、顧客ニーズに合わないと考え断念している。

 「チャットボットの場合は、まずお客様が何か質問しなければ反応できません。ですが、ホテルおかだに宿泊されたことのない初めてのお客様は、そもそも質問が思い浮かばないと思います。それよりは、これまでほかのお客様が『こんなことを知っておけばよかった』と考えた疑問とその回答が蓄積されているFAQを、プッシュ的に見せるほうがよいと考えました」(原氏)

 「プッシュ的に見せる」ために、ホテルおかだのWebサイトでは、顧客がページを開いたまま無操作で一定時間経つと「こんなことでお困りではございませんか?」とFAQへの誘導が表示されるようになっている(和心亭豊月も同様の仕組みを導入している)。

ホテルおかだWebサイトより。一定時間が経つとFAQがポップアップするほか、どの画面からもすぐにFAQにアクセスできるデザインにしている

 ちなみに、FAQツール導入で問い合わせ件数が減り、業務負担の軽減や労働時間短縮につながったのではないかという記者の質問に、原氏は「予約件数が増えたのでそのぶん業務も増え、空き時間はありません」と笑いながら答えた。FAQツールは、あくまでも顧客満足度を高めるためのものと位置づけているという。

蓄積したデータをさらに活用、そしてオール箱根で「観光地を科学する」

 ホテルおかだの原氏は、前職ではNECのシステムエンジニアとして企業の基幹システムなどを手がけていた。そのため「オラクルはデータベースがしっかりしており、自由度も高い」と評価しており、将来的にはFAQで蓄積したデータをFAQ以外のシステムでも活用していくアイデアも持っている。

 「泊まる前のFAQだけでなく、泊まっている間、ホテル滞在中の“館内コンシェルジュ”的なシステムにも、同じデータベースが活用できるのではないかと考えています。具体的には、たとえば早い時間帯にチェックインされたお客様には、これから夕食の時間までに行くことができる近隣の観光スポットをご案内するなど、客室内のテレビを通じて、時間帯に応じて情報をご提供するというものです」(原氏)

 和心亭豊月の杉山氏も、Oracle Service Cloudの機能を活用して「やりたいことがある」と語った。

 「ただ、オラクル(Oracle Service Cloud)はまだまだ“玄人好み”のツールだと感じます。旅館業にはわたしのようなレベルの(ITスキルの)人が多いので、そういう人たちでももっと気軽に使えるようになれば、やれることの幅が広がるのではないでしょうか。たとえば原さんのおっしゃった『館内コンシェルジュ』とか、わたしはチャットボットと電話問い合わせの併用もできるだろうと考えています」(杉山氏)

* * *

 原氏と杉山氏は、同じ箱根町で温泉宿を切り盛りするライバルであると同時に、箱根町観光協会の誘客宣伝委員(PR委員)として活動する同世代の仲間でもある。それぞれの宿で顧客満足度を高めていくことも大切だが、まずは「箱根」という観光地そのものの魅力を発信し、より多くの観光客に足を運んでもらわなければ、観光業は成り立たなくなる。実際に2015年、それを痛感させられる出来事が起きた。

 「もともと2011年の東日本大震災の後、(観光全般に対する)自粛ムードがあり、これからどうしていくのかという議論はありました。そこに、2015年の大涌谷の事象(小規模な火山活動)が起き、観光客が急減する事態となって、『箱根は観光地としてどう生き残っていくのか』という議論が本格化しました。観光協会、誘客宣伝委員としても大きく動き出しています」(杉山氏)

箱根町観光協会の公式サイト「箱根全山」。箱根全体の魅力を伝えるため、継続的にコンテンツを充実させてきた

 観光協会にはさまざまな世代の人が参加しているが、原氏や杉山氏の世代では「観光地を情緒で語るのはもうやめよう」「観光地を科学していこう」という共通認識があるそうだ。もちろんITの活用にも積極的である。

 「各旅館から宿泊者のデータを集めることは難しいでしょうが、それとは別に、たとえば“箱根ファンクラブ”のような(観光客自身で登録する)仕組みを作って、ビッグデータを活用したマーケティング手法を適用していくことを考えています。Salesforceなどのツールを導入し、データを分析、可視化して仮説を立て、実行する。PDCAサイクルの仕組みを観光地に適用していくために、テクノロジーをうまく使っていきたいですね」(原氏)

 杉山氏は「『石橋を叩いて渡らない』のがこれまでだったので、これを変えていく、一歩踏み出していくのがわたしたち世代のつとめ」だと、その思いを語った。テクノロジーの進化によって、個人の側の旅行スタイルはすでに大きく変化しはじめている。今度は観光地の側から、テクノロジーを使ってどんな提案が出てくるだろうのか。今から楽しみだ。

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