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新国立工事の過労自殺、遺族代理人弁護士が指摘する「真犯人」 川人博弁護士インタビュー

2017年08月08日 06時00分更新

文● 週刊ダイヤモンド編集部(ダイヤモンド・オンライン

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2020年開催の東京オリンピックのメイン会場となる新国立競技場。土壌改良工事をしていた建設会社の社員の男性(23歳)が、1ヵ月間で約200時間の残業を行い、今年3月に失踪、自殺していた。ここ数年、建設業界の人手不足と過重労働が懸念されてきたが、遂に悲劇が起こった。今後どのような対策をとるべきなのか。遺族の代理人を務める川人博弁護士に話を聞いた。(週刊ダイヤモンド編集部 岡田 悟)

――自殺は過重労働が原因だとして、遺族が労災申請をしています。労務管理が不適切だったことは勤務先の企業も認めていますが、過重労働はこの企業特有の問題なのか、新国立競技場の建設現場全体に共通する問題なのか、どうお考えですか。

深夜は静まり返る、新国立競技場の建設現場。問題発覚後、詰所は午後8時以降に閉鎖されるようになった Photo by Satoru Okada

 断定的なことは言えませんが、建物のデザインが途中で変更され、工期が当初よりも遅れている。そういった中で始まった工事です。

 五輪の開催そのものが延期されることは絶対にないわけですから、工期は伸ばせない。新国立競技場の工事関係者にかかっている、強い精神的なプレッシャーがあることは間違いありません。

――勤務先の企業は当初、遺族に対して、1ヵ月あたりの残業時間が80時間以内だったと説明していましたが、調査の結果、男性が失踪する前の1ヵ月間で211時間56分と、違法な時間外労働が行われていたことがわかりました。

 労働基準法第36条で定められたいわゆる「36(サブロク)協定」では、時間外労働を1ヵ月につき原則45時間、特別の場合80時間までに制限しています。

 職場の慣行として、実際には80時間以上の時間外労働をしていても、80時間にぎりぎり満たない時間で申告させていたのでしょう。当初の遺族への説明内容は虚偽だった。

 こうした過少申告の慣行は、多くの企業や職場で見られることです。私が遺族の代理人となり、再調査を強く求めた結果、今年2月の1ヵ月間だけで193時間超という、極めて長時間の残業が明らかになりました。

――7月12日の記者会見で川人さんは、この男性が死亡した後も「関係業者、関係機関において痛苦な反省の上に改善措置をとっているとは言い難い」と指摘しました。

 事件の直接の当事者は、男性の勤務先の企業と、元請けである大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体(JV)、そして発注者である日本スポーツ振興センター(JSC)です。JSCのバックには、五輪組織委員会や政府の存在があります。彼らは関係機関と言えます。

 男性が建設現場から失踪したのは、3月2日です。過重労働を強いられた従業員が失踪するのは、厚生労働省が制作している、過重労働の防止のためのパンフレットにも書いてあるような典型的なケースです。この時点ですぐに、長時間労働を問題だと認識して対応をとるべきだったが、していなかった。

 4月15日に男性の遺体が長野県で発見されてから、勤務先の企業は当初、遺族に対して、時間外労働は80時間以内だと説明していたわけですから、本気になって対策に取り組んでいたとは言えません。元請けの大成建設などのJVも、この時点で対策をとった形跡は見えませんでした。

 結局、7月12日に私が記者会見をして事実を公表するまで、目立った改善はありませんでした。そもそも、五輪組織委や他の五輪関連施設の整備を進めている東京都は、7月12日まで男性の事件を知らなかったのではないか。発注者のJSCも、知っていたかどうか微妙だったと思う。知っていたとしても、現場で1人が亡くなった、という程度の認識にとどまっていた可能性があります。

――政府は「働き方改革」を進めるため、労働基準法を改正し、建設業や運輸業など、これまで対象外だった業種も含めて、残業時間を年間720時間、繁忙月でも特例で100時間未満とする方針です。しかし建設業と運輸業は、早期の改善が難しいとして、規制の適用を改正法施行後の5年間、猶予されることになりそうです。この点はどのようにお考えですか。

 まったくもって論外だと思います。一連の働き方改革の中でも、最大の問題ではないでしょうか。

 とりわけ建設業は、もともと長時間労働が問題視されてきた。この分野で規制の適用を猶予していたら、長時間労働はなくなりません。そもそも改正法施行の5年後だと、実際には今から7年後まで規制対象にならない。その間、問題が野放しされる恐れがあり、長年、過労死の問題に携わってきた者としては到底受け入れられない。むしろ、長時間労働をしてもよいという誤ったシグナルを建設業界に出してしまうことになるのではないでしょうか。

 推測ですが、政府は五輪関連の工事を早期に進める必要があるため、猶予期間の設定を認めることにしたのではないか。いずれにせよ、規制の適用猶予は危険です。

――大手ゼネコンの業界団体である日本建設業連合会(日建連)は7月26日、5年間の猶予期間の間に労働時間を段階的に削減していく方針を示し、9月から試行する考えを表明しました。

 こうした取り組み自体には、意義があると思います。しかし、あくまでも業界団体や建設会社の自主規制であり、社会全体で改善を後押ししないと、長時間労働の防止は実現できない。

――建設業界で長時間労働が減らせない要因として、発注者の工期やコストに関する要求に応えるために無理をさせられている、といった声が上がっています。

 発注者の姿勢が一番の問題であることは間違いない。建設業界で働く人に最も無理をさせているのは、公共事業の在り方。五輪関連の工事は、その最たるものでしょう。公共事業で無理をさせるから、民間の発注者も建設業界に無理をさせるようになる。公共事業の発注者である国や自治体に、過重労働の防止についての責任を明確化させるべきです。

 そもそも、建設業界では人手不足という問題があり、一人当たりの労働量は増える一方です。(人口の年齢構成などの)構造的な問題であり、いかんともし難い。外国人労働者を迎え入れるとしても、建設工事の現場は危険な作業が多く、仕事の難易度が高い。日本語の読み書きや聞き取りがほとんどできない人材を活用することにも限界があります。

――2013年ごろから、政府は公共事業の発注価格の積算根拠となる「設計労務単価」を段階的に引き上げ、建設業界で働く人の処遇改善に取り組んできました。

 少々工事単価を上げたくらいでは、問題の解決にはならない。発注者側も、建物の仕様や構造にこだわりすぎず、現場の労働力不足を踏まえて、なるべくシンプルなデザインで建物などを設計すべきではないでしょうか。

かわひと・ひろし/1949年大阪府泉佐野市生まれ。東京大学経済学部卒業。78年、東京弁護士会に弁護士登録。過労死をめぐる訴訟や「過労死110番」の活動、北朝鮮による日本人の拉致問題にも取り組む。電通社員で、長時間労働の末に15年に自殺した高橋まつりさんの遺族の代理人も務めた Photo by Satoru Okada

 昨年から今年にかけて、小池百合子東京都知事が、五輪の競技会場の建設計画を都内から他県に移そうとしたり、仮設の競技会場の建設費用の負担を、都と周辺の県でどの程度分担するかが大きな議論になりました。

 もちろん、無駄なコストを抑えることは重要です。しかし、建設現場の負担を減らすためにどうすればいいか、無理なく工事を進めるための視点が、議論の中で全くなかった。小池知事が、競技会場の場所の変更をめぐって判断に時間がかかったことで、むしろ工期を圧迫する結果となりました。

 五輪や公共施設を発注する立場の人たちは、働く人たちの労働環境を十分考えた上で計画を進めるべきです。日本は労働力人口が減少し、いわば「国力」が限界を迎えつつあるわけで、五輪を開催するにも、もっと身の丈に合ったコンセプトを目指すべきだった。

 五輪関連施設の工事がこれからますます本格化し、「五輪の開催に間に合わない」との理由で、今後も長時間労働による問題が起こる可能性は大いにある。

 元請けや下請けの建設会社自身が対策に取り組む必要はもちろんありますが、発注者側の政府や東京都、五輪組織委員会にも、今回の事件についてしっかり反省してもらい、改善に取り組んでほしいと思います。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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