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業界人の《ことば》から 第254回

メガネの鯖江市が抱える空き家問題と人口減少は同時に解決される

2017年07月19日 09時00分更新

文● 大河原克行、編集●ASCII.jp

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今回のことば

 「サテライトオフィス事業により、クリエイティブ系の新たな企業が鯖江市内に増加すれば、若い人たちの雇用機会を作れる。鯖江モデルともいえるサテライトオフィス事業を確立したい」(鯖江市役所の牧野百男市長)

 福井県鯖江市は、めがねフレームの産地として知られる。

 「地域ブランドの認知度では、今治のタオルに次いで鯖江のめがねが2番目。倉敷のデニムを抜いている」と鯖江市の牧野百男市長はうれしそうに語る。

 また日本において「めがねフレームの生産が1番盛んなところはどこか」との質問に対しては、福井県と回答するよりも鯖江と回答した人の方が多いという調査結果も出ている。

鯖江市はめがねの街として全国に知られる

 鯖江市でのめがねフレームの国内生産では、明治38年のスタート以来100年以上の歴史を持ち、めがねフレームの国内製造シェアはおよそ9割を持つ。「一時は海外に移転していたサングラスの生産も、鯖江に戻りつつある」と牧野市長は語る。

 だが鯖江はめがねだけが地場産業でない。

 牧野市長は「繊維では、1134年に八丈絹を生産していた文献が残っており、いまでは多種多様な繊維製品を生産している。そして漆器では1500年の歴史があり、業務用漆器では8割以上の生産シェアを誇る」とする。そして、鯖江市がもうひとつの産業として育て上げようとしているのが「ITによるまちづくり」である。

 2010年には、全国に先駆けて行政情報のオープンデータ化に取り組むなど、オープンガバメントを実践。これまでに150種類の行政データをオープンデータとして公開。それを活用して120種類のアプリが民間企業で作られたという。

 さらに市内には、スマホアプリ開発のjig.jpや、PC教育ソフト開発のウォンツ、データ復旧サービスのエムディエス、秀丸エディタを開発したサイトー企画などのIT企業が進出。

 またヤフーとの連携により、ヤフオクで鯖江市のリユース品を販売する「サバオク」を開催。落札によって集まった資金を植樹活動や自然環境の体験教室の開催、リサイクル体験教室などの企画、運営に活用しているという。

 2016年2月には、デルとインテルがITのまちづくりを支援するために、会議システム4セット、タブレット20台を無償貸与。鯖江市役所やうるしの里、Hana道場、らてんぽの4ヵ所に設置して、行政とNPOや市民コミュニティーがコミュニケーションを活発できるようにした。

 その鯖江市がITを利用した新たな事業を開始した。

 空き家をサテライトオフィスとして活用する「お試しサテライトオフィス」がそれである。

空き家・空室を活用したサテライトオフィス
鯖江市活性化への大きな期待と自信

 総務省の平成28年度(2016年度)第2次補正予算「お試しサテライトオフィス」モデル事業の採択を受けて実施しているもので、市内の中心部の空き家を利用した市街部オフィスと、中心部から離れた自然のなかにある山間部オフィスとして、合計4軒のサテライトオフィスを用意。企業の要望にあわせて貸し出すことになる。

 「サテライトオフィス事業を通じて、空き家、空き室問題への対応のほか、進出企業と市内企業との新たなビジネスマッチングの創出、進出企業による雇用促進および人材確保を期待している。空き家をサテライトオフィスとして活用した誘致に向けた取り組みを加速したい」とした。

鯖江市お試しサテライトオフィスの山間部オフィス

 鯖江市では市街部オフィスだけでなく、山間部オフィスにおいても光回線が到達していることで、安定した高速ネットワーク環境が整備されている点も大きな特徴。これはサラテイトオフィスの誘致にも有利だ。

 鯖江市内にはおよそ1000軒の空き家があると見られており、これらの空き家を有効活用することで、市内の活性化につなげる考えだ。

 福井県の家屋は比較的豪華であり、さらに大きな仏壇がある家庭も多いという。そのため、人に貸し出すことを嫌うケースもあるというが、街の活性化などのためにも市民の意識改革を促す必要があるとの考えも一部で出始めている。

 牧野市長も「鯖江市の中心部の商店街がシャッター通りになっている。これを解決するためにも、サイテライトオフィスの活用を提案したい」とする。

鯖江市お試しサテライトオフィスの市街部オフィス

 鯖江市では、お試しサテライトオフィスの説明会を、東京、大阪で開催したのに続き、2017年7月5日、6日の2日間「鯖江市お試しサテライトオフィスモニターツアー」を開催した。

 交通費は鯖江市が負担。東京のクリエイティブ系企業などを中心に19社26人が参加したという。募集では15社までとしていたが、それを上回る人気ぶりだった。

 参加企業はサテライトオフィスを見学。「すでに5社程度から、本格的にサテライトオフィスを開設したいという意向があり、非常にいい感触を得ている。鯖江市の活性化にもつながると期待している」と、牧野市長は手応えに自信をみせる。

 すでに不動産情報サイト「LIFULL HOME'S」が運営するLIFULLグループのLIFULL Marketing Partnersが、早ければ今年秋にも鯖江市へのサテライトオフィス開設を決定している。

山間部オフィスをお試しで利用したLIFULL Marketing Partnersの社員。右から2人目がLIFULL Marketing Partnersの数野敏男社長

鯖江市の人口が初の増加
クリエイティブ系企業がもたらす若者の雇用機会

 LIFULL Marketing Partnersの数野敏男社長は「ウェブサイトの制作やデザインといったクリエイティブ業務の地方拠点展開と、地域の子育て世代の女性の就労の2つの狙いがある」と語る。

 同社では4日間に渡って、試験的に運用を開始。来年にはクリエイティブ業務でおよそ10人、子育て世代の女性の雇用でおよそ10人の合計20人体制にする考えだ。

 不動産情報を取り扱っているLIFULLグループにとって、空き家情報の可視化や空き家の有効活用は重要なテーマのひとつ。

 お試しサテライトオフィスの活用を通じて、空き家の有効活用に関するノウハウを蓄積し「地方の空き家を民泊や古民家カフェといった活用とともに、サテライトオフィスとして活用するノウハウを鯖江市での蓄積し、これをほかの地域にも展開していきたい」(LIFULL Marketing Partnersの数野社長)としている。

 一方、今回の鯖江市お試しサテライトオフィスは、デルがIT機器の貸与で協力している。

 お試しサテライトオフィスとして用意した4軒に対して、OptiPlexシリーズのデスクトップPCや、7月14日に発売した27型4Kモニター「U2718Q」をはじめとするモニターを貸与した。

 ここで同社が選定したPCやモニターは、基本的には同社が打ち出している働き方の「7つのメソッド」に準拠したものだ。

 デルでは、同社での実践やおよそ1000社の企業への調査をもとにした働き方をベースに「社内移動型」「デスク型」「外勤型」「在宅型」「クリエイティブ型」「エンジニア型」「現場作業型」の7つの働き方に分類。それぞれに最適なハードウェアや周辺機器、サービス、セキュリティーの組み合わせを提案している。

 デル 常務執行役員 クライアント・ソリューションズ統括本部長の山田千代子氏は「もはや、部署や業務が同じであれば、同じPCを導入するという考え方は当てはまらない。たとえば同じ内勤者でも、机の前にずっと座って作業をする社員と、会議から会議へと社内で動きまわることが多い社員では、必要とされるPCのスペックが異なる。社員がどのように働いているのかを見極め、それぞれの働き方にあわせたデバイスを選ぶことが大切である」と語る。そして「PCの最適な選択が社員の雇用にも優位に働くことを知ってもらいたい」とする。

 鯖江市のお試しサテライトオフィスにおいては、参加企業にヒアリングを実施し、7つのメソッドにあわせた形でIT機器を用意した。

 「ヒアリングをしたクリエイティブ系の企業の場合、7つのメソッドによる提案では、ワークステーションが最適だが、本社で利用しているPCがノートPCであったため、ワークステーションに入れ替えた際には環境に差が生まれすぎると考えて、いつも利用しているノートPCと同等の性能を実現するデスクトップPCを用意した。また、東京の本社とコミュニケーションをとるために43型の大画面モニターや、クリエイティブな作業に最適化した4Kモニターも用意した」と語り「鯖江市のお試しサテライトオフィスは、7つのメソッドからの提案が可能になり、デルにとってもビジネスチャンスが生まれる」とする。

 牧野市長も、昨年2月に続くデルの協力に感謝の言葉を述べながら「サテライトオフィス事業によって、クリエイティブ系の新たな企業が鯖江市内に増加すれば、若い人たちの雇用機会が生まれ、若い人が流入し、鯖江出身者も戻ってくる機会が生まれる。自治体の活性化の鍵は若い人になる。サテライトオフィス事業における鯖江モデルともいえる仕組みを作り、鯖江市を盛り立てたい」と述べた。

牧野市長の名前の「百男」にちなんだ「100」をデザインしためがねをかける牧野市長と、デル 常務執行役員 クライアント・ソリューションズ統括本部長の山田千代子氏

 実は今年4月1日時点の調査で、鯖江市の人口が初めて増加したという。「4月は大学や就職によって若者が首都圏に行ってしまうため、常に人口が減少する結果が出るタイミングだった。だが初めてこれが止まり、増加に転じた。市内の企業に就職したり、Uターンで戻ってきたりすることで、若い人たちが増加したことが要因だろう」とする。

 鯖江市のサテライトオフィス事業は、この流れをさらに強いものにすることになりそうだ。

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