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弁護士の仕事も奪われる対象に SXSWで見た人工知能最前線

連載
アスキーエキスパート

国内の”知の最前線”から、変革の先の起こり得る未来を伝えるアスキーエキスパート。KDDI研究所の帆足啓一郎氏による人工知能についての最新動向をお届けします。

 最近のテクノロジー分野における最大のバズワードの一つとして「人工知能」があげられる。Web系メディアは無論のこと、新聞や雑誌など一般向けのメディアでも人工知能に関する話題が頻繁に取り上げられており、世の中の大きな関心事になっている。本連載では、その人工知能についての最新動向や事例紹介を通じて解説する。その第一弾として、米国最大のテクノロジーカンファレンスの一つである「SXSW Interactive」での人工知能に関連した話題を紹介する。

■SXSW Interactiveとは?
SXSW(サウス・バイ・サウス・ウェスト)Interactiveは、毎年3月に米国テキサス州Austin市で開催されるテクノロジーイベント。このイベントでは、世界中から最新の製品やアイデアが出展される展示会(SXSW Trade Show)や、厳選されたスタートアップによるピッチコンテスト(SXSW Accelerator Awards)が脚光を浴びるが、期間中に数多く開催されるセッション(Session)を目的に参加する人も多い。

SXSW Interactive 2016のSessionの様子(注:本記事の内容とは無関係)

 SXSWのセッションは、一人ないし数名のパネリストが登壇し、予め定められたテーマについて議論を行う場である。これらのセッションは、イベントの期間中はAustin市内の各会場にて同時並行で開催されている。カバーされるテーマは、最新テクノロジーは無論のこと、マーケティング、スポーツ、ファッションなど幅広く、しかもほとんどの会場が満席になるほど活気にあふれている。

 セッションでの議論の形式はパネリストによるフリーディスカッションがほとんどであり、スライドを使わない議論も多いため、英語のヒアリングに難のある日本人にはハードルが高いかもしれないが、幅広い分野に関して世界中のビジョナリーの考え方を直接聴ける貴重な場なので、SXSWに行かれる機会があればぜひ参加を勧めたい。

SXSWでの人工知能関連の話題

 そんなSXSW Interactiveにおいて、今年のキーワードを3つあげるとすれば、間違いなく「人工知能」「VR/AR」「ロボティックス」であろう。その中でも「人工知能」は、Kevin Kelly氏によるキーノート講演「12 Inevitable Tech Forces That Will Shape Our Future」(筆者意訳:「人類の未来を形作る12個の技術動向」)において、最初のテーマとして取り上げられるなど、今年のSXSWでも最も重要度・関心度の高い話題といえる。

 こうした背景もあり、当然ながら、人工知能を主テーマとするセッションも数多く開催された。これらのセッションの登壇者には、5月のTechCrunch Disrupt NYにてアプリのライブデモが披露され、話題となった次世代人工知能「Viv」の創業者など人工知能関連スタートアップの中心人物、及び大学などで人工知能の研究を進める気鋭の研究者も含まれており、人工知能の最新動向や将来についてさまざまな議論が繰り広げられた。以下、筆者が参加した主なセッションでの議論をそれぞれ簡潔に紹介する。

○関連セッション1:「Will AI Augment or Destroy Humanity?」

登壇者:Dag Kittlaus(Viv, Co-founder & CEO), Steven Levy (Backchannel, Editor)

 前述した「Viv」の創業や、その前に立ち上げた「Siri」の開発エピソード、および人工知能がもたらす(かもしれない)人類への脅威について議論が行われた。

 Siriについては、開発当初は存在していなかった「人格」(ペルソナ)を、Siriを買収したAppleの意向によって導入したという経緯や、人格をSiriに導入した結果としてユーザがSiriの「人格」に対して想像以上の強い反応を示し、結果的に利用機会を増やすきっかけになったことは「興味深い現象」として捉えられていた。

 Appleを離脱してVivを創業した目的は、人工知能をなるべくオープンな環境で多くのユーザに提供することであり、それを実現するための方法として、開発者コミュニティにVivのプラットフォームを開放するビジョンも紹介された。

 また、人類にとって人工知能が脅威たりうるか?という疑問については、脅威になる危険性はあると断言。それを防ぐためにも、なるべくオープンな環境で多数の人間が開発することが必須という考えを示した。

○関連セッション2:「The Holy Grail: Machine Learning and Extreme Robotics」

登壇者:David Hanson (Hanson Robotics Inc., Founder), Ben Goertzel (Hanson Robotics Inc., Chief Scientist), Eric Shuss (Cogbotics, Founder), Stephanie Wander (Xprize, Prize Designer), “Sophia” (Hanson Robotics 社製ロボット)

 パネリストの「一人」としてロボットが登壇するという、SXSWらしいユニークなセッション。議論のテーマは人工知能やロボティックスに関連する技術論が中心。SXSWの前の週にプロ棋士を破って話題となったAlphaGoなど、現状の「人工知能」と呼ばれる機械学習系の技術は、処理効率(時間、計算コスト)などでまだ人間の学習処理に対してははるかに劣位であること、登壇したSophiaのような人間を模したロボットを作る必然性として、ユーザである人間にとって受容性が高く合理的なインタフェースであること、究極の人工知能を実現するためには多数の研究者・開発者や政府などの協力が必須であることなど、パネリストそれぞれの持論が展開された。

 また、人工知能が人間の仕事を奪うのか?という懸念については、「それは人工知能の問題ではなく仕様」「つまらない仕事は本来ロボットにやらせるべき」というパネリストの発言が聴衆の喝采を浴びていた。ちなみに、パネリストとして登壇したSophiaは、予め仕込まれたと思われる発言を少し発したのみで、今の人工知能の現実的なレベルを示していた。

上記セッションに「登壇」したロボット・Sophia(セッション開始前に撮影)

○関連セッション3:「Can AI Systems Really “Think”?」

登壇者:Adam Cheyer (Viv Labs, Co-founder & VP of Engineering), John Markoff (New York Times, Senior Writer Science Section), Oren Etzioni (Allen Institute of AI (AI2), CEO; University of Washington, Professor), Rana el Kaliouby (Affectiva, Co-founder & Chief Science Officer)

 「人工知能は本当に『考えている』のか?」という、哲学的とも思えるテーマのセッション。

 話題のAlphaGoは「考えている」のか?という問いに対しては、AlphaGoは人間の叡智とコンピュータの計算能力向上がもたらした重要な成果としつつも、まだ与えられた課題をこなしているだけであり、人間の「考える」には遠く及んでいないという認識が共有された。

 自律的な「考える」を実現するためには教師なし学習(Unsupervised learning)の技術が必要で、いずれは実現されるが、その時期はまだまだ先になるという予測も示された。

 本セッションの後半では、人工知能の「感情」や「倫理」にも議論が及んだ。人工知能が倫理的に振る舞うことは健全な発展のためには不可欠であることは言うまでもないが、そのためには人工知能が人間の怒りや不快感などを理解する技術が重要というコメントはSXSW全体を通しても興味深い示唆であった。

高度な知識を持つ人の仕事も奪われる対象になる

 以上の議論を総括すると、人工知能(特に、将来的に実現される「汎用人工知能」)については、うまく開発を進めない限り人工知能が人類の脅威となりえることと、そのような人工知能の「暴走」を抑制するためには複数の開発者からなるコミュニティによって開発するアプローチが有用であるという2点においては概ねコンセンサスが得られているといえる。

 日本国内でもここ最近人工知能の開発を目的とする研究機関の立ち上げが続いていて、いずれの機関も複数の学術領域から多数の研究者を招いている点ではSXSWの議論の方向性と合っている。ただ、日本での人工知能関連研究がどちらかというと国の主導で進められているのに対し、米国では民間企業+有志の開発者コミュニティが中心となっている点は対照的である。

 ここまで、SXSW Interactiveのセッションでの議論の紹介を元に、少し先の未来に実現が見込まれる「汎用的」な人工知能について述べてきたが、直近では「目的特化型」の人工知能も続々と我々の生活に入り込んでいる。こうした目的特化型人工知能を提供するプラットフォーマーとして、SXSWで存在感を示していたのがIBMのWatsonである。

 IBMがSXSWのメイン会場付近の建物を借りて出展していた「IBM Cognitive Studio」では、Watsonを活用したアプリのショーケースが紹介され、参加者の注目を浴びていた。また、複数の企業がWatsonを活用したサービスについてデモやプレゼンを行っていた(例:Under Armour社の「UA Healthbox」)。

IBM Cognitive Studioの外観。SXSWの期間中は常に入場待ちの行列ができていた。

 また、SXSWのピッチコンテストに登場していたスタートアップにも、当然ながら「人工知能」の活用を謳う企業がいくつかみられた。これらのスタートアップ企業は、多少ニッチであっても高コストな既存事業領域での破壊的イノベーションを狙う企業が多い。

 具体的には、契約書の文言の解析に特化した自然言語解析技術を特長とするBeagleや、高精度な特許検索システムを提供するDatanovoといったスタートアップがあげられる。この両社は、いずれも人件費が高い業界(弁護士、弁理士)をターゲットに定めているという点において共通している。これらのスタートアップは人間の専門家が行っている一部の「つまらない仕事」を人工知能で担おうとしているが、技術の発展により、高い専門性が必要な人間の仕事も意外と早く人工知能によって奪われる対象になるのかもしれない。

人工知能の研究開発戦略を決める重要なタイミングがきた

 以上、筆者がSXSW Interactive 2016への参加を通じて得られた人工知能関連の話題をいろいろと紹介した。人工知能の開発といえば、これまではIBM、Apple、Google、Microsoftなどの巨大IT企業がまずは頭に浮かぶところだが、スタートアップや開発者コミュニティを中心とした新たな動きが出ていることを実感した。そして、人工知能を開発する側から必要な技術を提供してもらうことで、自社の事業を効率化したり、高度なサービスをお客様に提供したりする動きが加速していることも感じた。

 日本国内での最近の人工知能の話題は、どちらかというと人工知能の開発に偏っているように思えるが、人工知能の活用という観点でも世の中の動きは活発である。筆者は企業の研究所に所属しており、人工知能(に関連した研究開発)にも取り組んでいるが、その成果を提供するのか、それとも既存の技術を活用して新たな価値を生み出すのか?……単純な二択ではないものの、研究開発の戦略を決める上では重要なタイミングに来ていると感じている。

アスキーエキスパート筆者紹介─帆足啓一郎(ほあしけいいちろう)

著者近影 帆足啓一郎

1997年早稲田大学大学院修了。同年国際電信電話株式会社(現KDDI株式会社)入社。以来、音楽・画像・動画などマルチメディアコンテンツ検索の研究に従事。2011年、KDDI研究所のシリコンバレー拠点を立ち上げるため渡米し、現地スタートアップとの協業を推進。現在は株式会社KDDI研究所・知能メディアグループ・グループリーダーとして、自然言語解析技術を中心とした研究開発を進めるとともに、研究シーズを活用した新規事業創出に取り組んでいる。電子情報通信学会、情報処理学会、ACM各会員。経済産業省「始動Next Innovator 2015」選抜メンバー。

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