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日本の人工知能活性化は産官学の「産」にある

政府主導のシンポジウムに見た日本の人工知能が進むべき道とは?

連載
アスキーエキスパート

国内の”知の最前線”から、変革の先の起こり得る未来を伝えるアスキーエキスパート。KDDI総合研究所の帆足啓一郎氏による人工知能についての最新動向をお届けします。

 人工知能関連技術で米国などに遅れをとっている現状を鑑み、政府主導による日本の人工知能の研究開発、ならびに人工知能関連技術の活用を広げるための議論が活発に行なわれている。そんな議論の成果として、2016年度の人工知能技術戦略会議における議論の集約が「第2回次世代の人工知能技術に関する合同シンポジウム」(2017年5月22日、於:大阪大学)で披露された。筆者も参加した本シンポジウムでの議論を通じて、日本における人工知能関連産業の活性化のために取るべき道についての考察を示す。

政府主導の人工知能技術戦略議論

 産業界などにおける人工知能関連技術の重要性の高まりなどから、日本政府は2016年度に「人工知能技術戦略会議」を立ち上げている。本会議は、総務省・経済産業省・文部科学省の関連3省が一体となって議論を行なう場として創設されたことが話題となり、そのお披露目の場として2016年4月に開催された「第1回 次世代の人工知能技術に関する合同シンポジウム」(於:日本科学未来館)の様子は各種メディアで大きく取り上げられた。(ちなみに筆者は残念ながらこの第1回シンポジウムには参加できなかった)

 その「人工知能技術戦略会議」の創設から1年が経過。日本の人工知能技術の研究開発と社会実装を推し進めるために同会議にて継続されていた議論の総括の場として、5月に「第2回次世代の人工知能技術に関する合同シンポジウム(大阪大学共催)」が大阪大学・吹田キャンパスで開催された。本シンポジウムでは、関連3省の各大臣の政務官が冒頭に登壇したほか、日本の人工知能技術の研究を牽引する大学教授による講演や政府系研究機関のセンター長などを招いたパネル討論などが行なわれ、会場は満員の参加者で熱気にあふれていた。

 本記事では、筆者も参加した第2回シンポジウムの中から、いくつかのセッションにおける発表と議論を取り上げ、今後の人工知能技術の研究開発および実用化に関する意見を示す。

本シンポジウム冒頭のフォトセッションで握手を交わす関連3省(総務省、経済産業省、文部科学省)の各大臣政務官

政府が掲げる人工知能関連技術のロードマップ

 本シンポジウムの前半ハイライトは、政府の人工知能技術戦略会議が2016年度の議論の総括として取りまとめた「人工知能の研究開発目標と産業化のロードマップ」の紹介であった。ロードマップの細かい内容についてはNEDOのウェブページで公開されている資料(PDF)の参照を促しており、本シンポジウムの中では、各講演者などからロードマップの基本的な考え方が紹介されていた。具体的には、以下の内容である:

●データ量勝負のコアな人工知能の要素技術より、人工知能関連技術を活用した新規事業創出に注力
●特に注力すべき重点領域は「生産性向上」「健康/医療・介護」「空間の移動(モビリティ)」
●新規産業創出を進めるために産官学の連携によるオープンイノベーションを促進

人工知能関連技術のロードマップ紹介時に複数の講演者が紹介していたスライド。人工知能関連技術を活用すべき重点領域と発展フェーズについての概略が示されている

 このロードマップが示す大まかな方針については筆者としては概ね納得できた。深層学習(ディープラーニング)など、ここ数年の人工知能ブームを牽引している新たな技術は、膨大なデータを獲得してこそ有効であり、残念ながら各種データの蓄積で大きく先行している米国や中国の巨大IT企業に対して直接対抗するのは難しいだろう。それよりも、実際の利益を生み出すアプリケーション・サービスレイヤーにおいて、人工知能関連技術を応用する方向性を模索することが、結果的には日本の産業活性化につながるという考え方には賛同できるし、大いに加速すべき動きであると考える。

 ロードマップで取り上げられている注力技術領域については、政府主導の会議からの発表内容であることを考慮すると、国として重要な課題が中心となっているのは当然である。これらの領域は現在既に顕在化している課題であり、いわゆるイノベーション要素は少ない。しかし、イノベーション創出は本来、政府の示すロードマップとは無関係に、産業界(大企業内からの新規事業創出、スタートアップなど)が中心となって盛り上げるべき領域である。その点において、今回発表されたロードマップの中に、産官学の連携を促進させるメッセージが含まれていることだけで、政府の役割は十分に果たせていると考える。

 むしろ本質的な問題は、上記のような動きを実際に作っていくための実践的な施策である。本シンポジウムの後半に行なわれたパネルディスカッションでは、その方法論に関するさまざまな議論が交わされたが、産官学それぞれの立場を中心とした考えに偏っており、実際のビジネス現場において人工知能関連技術を活用する動きの本格化までの道のりはまだまだ遠く、見通しが立っていないと感じた。以降、本シンポジウムの後半に行なわれた2つのパネルディスカッションでの議論を紹介する。

パネルディスカッション1
「我が国の人工知能技術の研究開発および社会実装の推進方策」

 まず取り上げるパネルディスカッションは、本シンポジウム関連3省がそれぞれ統轄している人工知能関連研究機関の3センター長、および人工知能技術戦略会議の3つのタスクフォース(以下、TF)の代表者が登壇し、人工知能関連技術の今後の研究開発戦略について議論が行なわれたセッションである。

 本セッションでは、まず各センターやTFでの取り組みについてそれぞれのパネリストからの紹介とポジショントークが行なわれた。この前半部分の話を聞いた限りでは、人工知能関連の政府系研究機関においては、いわゆる縦割り行政の悪影響はほとんど存在しておらず、3センターがそれぞれに強みを持つ研究開発に注力しつつ、健全な形で連携を行なっているように感じた。世界最先端の技術動向にダイレクトに接している研究者は、成果を上げるためには研究者間の連携が必要であることは肌で感じており、アカデミアが団結して日本国内の研究を盛り上げようという考えが浸透しているのだろう。

 上記の通り、日本の「学」の中での連携がスムーズに進んでいるのであれば、ロードマップを実現するための次の課題は「産」との連携である。本セッションの後半では、このテーマを中心とした議論が繰り広げられた。

 前半から後半の議論への頭出しとして、本セッションのモデレーターを務めたヤフー株式会社の安宅和人氏からの現状分析が披露された。その分析によれば、今は情報産業革命という歴史的な局面にあり、すべての産業がデータと人工知能が基軸になる変換点。そのため、研究と産業などの境界・応用領域にこそ人材が必要な状況になっている。より具体的にいうと、今求められているのは人工知能関連技術をツールとして使いこなし、膨大なデータから新たな課題を想起し、解決できる人材であり、その育成が喫緊の課題となっている……という趣旨の分析である。

 上記の課題については、本セッションのパネリストも概ね同意しており、その課題認識の一致が得られたことは本セッションの1つの成果といえる。しかし、今求められている境界領域の人材を育てる具体的な方法論については、「学」の立場から多くの意見が交わされたものの、明確な結論を導き出すまでには至らなかった。

 たとえば、産業技術総合研究所・人工知能研究センター長の辻井潤一氏は、自身が主席研究員を務めていた Microsoft Research Asia において、「研究」「実装」「市場化」という棲み分けを前提とせず、研究者にも実装力を求めるような組織の再構成が行なわれているという状況を紹介し、同様の体制を日本でも構築する必要性を説いた。この提言を発端に、大学での教育改革の必要性、技術開発以外の領域への投資強化などいくつかアイデアが示された。その一方、そもそも日本人のマインドセットでは境界領域に必要な発想力を持つ人材を活用できないのでは? といったネガティブな意見など、解決策が見いだせない課題も多く提起され、議論が発散した。

 また、複数のパネリストから(本セッションには登壇していない)大企業に対し、研究者のような尖った人材が活躍できる場の提供および人材育成に参加してほしいという趣旨のコメントが発せられた。人工知能関連技術の実用化には産業界のアクションが不可欠というメッセージだが、穿った見方をすれば自分たちの範疇では解決が難しく、対策を自分たちの外にゆだねざるを得ないという趣旨の発言にも感じられた。

パネルディスカッション2
「AIベンチャーの育成に向けて(AIスタートアップ成功の条件)」

 次のパネルディスカッションでは、人工知能関連ベンチャーの育成がテーマとして設定された。人工知能技術戦略会議のベンチャー育成・金融連携TF主査の栄藤稔氏がモデレーターを務め、ベンチャー企業、およびベンチャーを活用する側の大企業から登壇したパネリストが、それぞれの視点から意見を交わした。

 このパネル討論で、栄藤氏が設定した議論ポイントは以下の3つである:

●日本にPreferred Networksのようなスタートアップをあと99社作れるか?
●スタートアップは市民を巻き込んだ制度設計のためのPDCAを回すことができるか?
●国立の研究機関・大学発のベンチャーを育てるにはどうすればよいか?

本セッションの議論ポイントを説明したスライド(当日の資料より抜粋)

 これらの議論ポイントの中で、筆者が注目したのは、3つ目のベンチャー育成、および主にこのポイントに関連づけて議論された、大企業におけるオープンイノベーションの進め方についてのディスカッションである。

 先のロードマップに示された通り、人工知能関連産業を活性化させるための一つのポイントは、多くの事業領域において人工知能関連技術を積極的に利用し、新たなビジネスの創出や、生産性の向上を実現することである。そのためには、高度な人工知能関連技術の研究開発と、同技術の活用という両輪が不可欠である。本セッションでの議論に置き換えると、高度な技術を有するベンチャーと、そのベンチャーを活用する大企業(あるいは市民実験に協力できる自治体など)がこの両輪にあたる。

 本セッションの議論は、この両輪のうち、主に前者のベンチャー育成を中心に展開されたが、大企業がベンチャーと組んでオープンイノベーションを実現するために必要な条件についても意見が交わされ、筆者も大企業に所属する一員として興味深く拝聴した。後者について、各パネリストからの意見を集約すると:

●大企業側トップのコミットメント
 オープンイノベーションの本質であるトライ・アンド・エラーの許容や、短期的なKPI重視ではなく中長期的な視野での評価の必要性などについて、大企業のトップがきちんと理解し、現場とその思いを共有すること

●大企業内でのジブンゴト化
 ベンチャーをいわゆる「SIer」のように使う意識ではなく、ベンチャーと企業側が一緒に手を動かしながら育てていく意識を持つこと

●ビッグデータの収集・分析のための環境整備
 ベンチャー単独では収集ができないデータを収集し、分析のためにベンチャーと共有できる環境(インフラ、組織、制度)を整備できること

……と、理解した。上記の内容のうち、トップのコミットメントや大企業側のジブンゴト化は、人工知能関連のベンチャーに限らず、ベンチャーとの協業によるオープンイノベーションの実践において重要な考え方である。一方、最後の分析対象データの環境整備は、人工知能関連ベンチャーの活用のためには特に重要かつ不可欠な考え方といえる。大企業の場合、自社の情報を社外に出すことに対するためらいが強く、そのために自社のオンプレミス環境への導入など、ベンチャー企業のコア事業とは無関係な対応に多くの工数を強いてしまう事例が多い。この従来のやり方をそのまま踏襲するだけでは、スピード感を持って人工知能関連技術を活用することは難しいため、大企業側の意識改革が必要となる。

 上記の条件を満たすための課題解決に対する有効な方策として、研究者⇔ベンチャー⇔大企業の間の人材交流の活性化という提言が示された。具体的な事例として、SRIインターナショナル(米国)やフラウンホーファー(ドイツ)などの研究機関において、ビジネスのエキスパートが外部の大企業からスカウティングされている動きを紹介。日本でも大企業からベンチャーへの転出、あるいは研究機関におけるビジネスパーソンの採用についてもっと積極的に行なうべきというコメントで、本セッションの議論が締められた。

日本で人工知能活用を加速するための処方箋

 本シンポジウムでは今後の日本における人工知能関連技術の研究開発および活用について、上記した以外にも多くの課題が示された。しかし、示された課題はいずれも難しいものであるうえ、それぞれが複合的に関連しているため、一朝一夕に解決できるものではない。たとえば、最後に紹介した「人材交流」という施策1つをとっても、本質的に実践するためには日本の終身雇用制度を前提としたさまざまな社会的な仕組みを変える必要がある。

 このような複雑な課題に直面すると、多くの人は無力感を感じ、たたずんでしまいがちである。そして、特に日本では、複雑な局面を打開するきっかけを「お上」=政府などからのトップダウンな改革に期待しがちである。その観点に立てば、本シンポジウム、あるいは人工知能技術戦略会議が明確な解決策を示すに至っていない状況は期待外れといえる。

 しかし、世界各国で起きているイノベーションの多くは、トップダウンで一気に進行しない。むしろ、強い思いを持った個人の行動が小さなきっかけとなり、徐々に(しかし加速的に)イノベーションが広がっていくことが多い。したがって、本シンポジウムでの議論を契機に、各々が起こすべきアクションを策定し、行動に移していくことを考えるべきだろう。

 本シンポジウムでは、産官学の中の「学」による議論がメインという構成もあってか、日本における人工知能の活性化のカギは産業界、すなわち大企業にあるというトーンが強かった。筆者はその産業界に属しているため、若干責められている感覚もなくはなかったが、この結論自体には異論はない。むしろ、以前の記事でも述べている通り、大企業の中でも個々人がそれぞれ人工知能関連技術を活用することが日本の産業活性化のために必要不可欠と考えている。

 一方、日本という国全体の状況を見据えると、個々人の意識改革にのみ依存してしまうのではスピード不足は否めない。本シンポジウムでの議論から、日本での人工知能の研究開発および活用の実状について知ることができ、筆者個人としての危機感はより強くなった。まずは各企業におけるポジティブな事例を増やしていくことがファーストステップにはなることは間違いないが、その後の動きを加速させる施策も併せて考えなければならないことに気付かされた。

 その加速のため、筆者として有効な手段として考えていることは、各企業におけるポジティブな人工知能の活用事例の共有である。

 米国、特にシリコンバレー界隈では、イノベーションに対する意識が高く、イノベーションを実現する好事例があれば、所属している組織とは無関係にどんどん共有していく文化が醸成されている。そして、この動きは当然ながら人工知能の領域でも広がっており、昨年から大小さまざまなビジネスイベントが開催されていることは以前の記事でも紹介した通りである。

 日本の企業の場合、いわゆる「企業秘密」に対する意識が強く、米国のような事例の共有にはなんとなく気が引けてしまう人も多いだろう。ただ、世界の動きは想像以上に速く、個々の企業で牽制しあっている場合ではない。今こそ、有用な事例を積極的に共有することにより、イノベーションの重要な要素である「知の融合」を加速させることが必要である。この動きを加速させることによって、人工知能関連技術を活用した新規事業創出を中心とした政府のロードマップが実現され、日本の産業の活性化につなげられると感じている。

筆者からのお知らせ

 人工知能関連産業の活性化のきっかけを作るべく、株式会社コラボレート研究所とともに、米国・カナダの人工知能イノベーションの最新動向を調査するツアーを企画し、現在参加申し込みを受け付けている(開催期間:2017年12月10~16日)。本ツアーでは、米国ボストンで開催される人工知能関連ビジネスの大規模イベント「AI World Conference & Expo 2017」への参加、および人工知能の研究機関が集まるカナダ・モントリオールへの訪問が組み込まれている。筆者も全日程に同行し、各日の出来事などについて参加者向けの解説をさせていただく内容を予定している。米国を中心とした人工知能活用の最新事例を直接感じるための貴重な機会につき、奮ってご参加いただければ幸いである。

アスキーエキスパート筆者紹介─帆足啓一郎(ほあしけいいちろう)

著者近影 帆足啓一郎

1997年早稲田大学大学院修了。同年国際電信電話株式会社(現KDDI株式会社)入社。以来、音楽・画像・動画などマルチメディアコンテンツ検索の研究に従事。2011年、KDDI研究所のシリコンバレー拠点を立ち上げるため渡米し、現地スタートアップとの協業を推進。現在は株式会社KDDI総合研究所・知能メディアグループ・グループリーダーとして、自然言語解析技術を中心とした研究開発を進めるとともに、研究シーズを活用した新規事業創出に取り組んでいる。電子情報通信学会、情報処理学会、ACM各会員。経済産業省「始動Next Innovator 2015」選抜メンバー。

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