難航するレコードの作成
ブログ、SNSなどをフル活用した2週間
多くの出資者を募るクラウドファンディングでは、リターンが遅れることは、出資者が不信を抱くことに繋がる。また、なるべく「話題の鮮度を保ったまま」レコードを出資者に渡したかったという2人は、資金が集まる前から、同時進行でレコードの作成にも取り掛かることを決めていた。
トーニャ「僕はレコードのプレスも、CDと同じ原理でできると思っていたんです(笑)。データを渡せば、すぐに作ってもらえるものだと……。ところが、実際はまず原盤を作るために、音を流しながらカッティングという作業をする。その原盤を元に、薬品を塗って電極を刺して、レコードの溝を作るための型を作って……といった具合に、工程がめちゃくちゃ多い」
失われつつある、アナログ時代特有のテクノロジーがあるということだ。現在、国内でレコードをプレスしてくれる会社は一社しかない。しかし、ここで彼らは致命的な事態に直面してしまう。彼らは音源をデジタルのデータで録音しているのだが、データの入稿は「CDか、もしくはDAT(デジタル・オーディオ・テープ)で受け付ける」と言われてしまったのだ。
トーニャ「それは悔しかった。なぜかというと、僕らは録音をハイレゾでやっているんです。できれば、レコードにそのままの音をプレスして欲しかった」
素人でも機材を揃えてデジタルでレコーディングできる今日の環境は、楽曲が作成できればすぐに配信できるだけでなく、PC上などで簡単に編集できることもあり、アマチュアミュージシャンにとっては大きなメリット。しかも、今のテクノロジーならハイレゾ音源で録音することさえできる。ところが、ハイレゾそのままの音をレコードにできないとなると、せっかくの音質へのこだわりも無駄になってしまう。
加藤「どちらがいいか悪いかは人それぞれの意見がありますけど、やっぱりレコードとCDの音は違う、と言われるじゃないですか。でもこの入稿方法だと、『レコードにCDの音を入れただけ』になってしまうから、違いなんてあってないようなもの。だから、どうしよう……となって」
思わぬ事態に悩む2人だったが、ここでチャンスが訪れる。友人の録音エンジニアが、ベテランのマスタリング・エンジニア、小鐵徹氏を紹介してくれたのだ。
つまり、こういうことだ。まず小鐡氏に、ハイレゾのデータを元にして原盤を作ってもらう。そして、その原盤をプレスしてもらう会社に入稿する。そうすれば、ハイレゾ音源のデータをそのまま入れたレコードが作れる……。
もちろんこの話は、彼らにとっては渡りに船。ただ、まだその時点では、PICNICで支援を募っている最中だった。もし思うように支援が集まらなければ、プレスはおろか、小鐡氏に原盤製作を依頼するための資金さえおぼつかない。しかし、その段階でありながら、2人は原盤の作成を依頼することを決めた。
トーニャ「支援してもらった人たちに、可能な限りよい音のものを届けたかった。もちろん、音の良し悪しは人それぞれにしても、できることはすべてやったぞ……と胸を張って届けたかったんです」
どうしてもいい音でレコードを用意したい。そのためには、目標額を絶対に集める必要があった。PICNICで出資者を募っていた期間の2週間は「ほとんど寝られなかった」という。彼らはウェブサイト、SNSなど、インターネット上でできることをフル活用し、宣伝に尽力した。
トーニャ「まず、ブログで宣伝しますよね。僕らのサイトで試聴もできるようにもしました。あとはTwitterに張り付いて、誰かの『支援した』というツイートを見かければ、それをすぐにリツイートして、ありがとうございました、と返事をして……。『こいつら余裕だな、なめてるな』って見られたら、終わりだなと思っていた。あんなに必死で頑張ったことって、人生で今までなかったかもしれない」
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