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特集連動・グーグルは人工知能50年戦争の勝者か(1)

なぜ人工知能ビジネスは2回も失敗したのか

2014年01月16日 07時00分更新

盛田 諒(Ryo Morita)/アスキークラウド編集部

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株価予測、スマートグリッド
早すぎた30年前のビッグデータ解析

──当時は日本以外でも人工知能ブームが起きていたんですか?

 当時、世界的には「エキスパートシステム」という、現場のいろんな経験値を「If Then」の形で表現してやろうというものがあった。「観測されるデータがこうだったらこう判断しよう」というもの。センサーレベルの条件からもっと概念が育ったら、こういうことも考える必要があるよねというふうに意思決定レベルで使う。そういうのをすべて「If Then」で書き下そうとした。

 全世界で5000、日本だけでも1000のエキスパートシステムが作られた。欧州で1000、米国がいちばん多くて3000。産業界はエキスパートシステムブームで、先の世界一速い推論コンピューターもこの流れで生まれた。

Image from Amazon.co.jp
エキスパート・システム入門

 たとえば、献立支援のエキスパートシステムというのを作ったことがある。冷蔵庫に入っている食材などを入れて、「おまかせでOK」というボタンを押すと、適したレシピがズラッと出てくる。主菜と副菜と付けあわせである条件がそろったらあるタイプとか。あとは個人情報で、嫌いな食材やアレルギー物質を省いたりとか、冷蔵庫に入っている野菜を使おうとか。そういったルールを3つ4つ適用した結果、候補がズラズラ出てくる。

 またダイキン工業と連携してエアコンの故障診断を作ったりもした。電力会社で変電所の点検をするとき、停電が起こらないようにするため、どういう順番で点検をすると電力の信頼性がキープできながら電源作業ができるか考えたりね。あとは野村総研と株の予想システムも作った。チャートのパターンを学習させるシステムを10種類くらい作ったり。

 こういうタイプのシステムがいろいろ開発されてきたのが1980年代。当時はベンチャーと言ったら人工知能だった。いまはネットベンチャーだけど、当時は人工知能一色。

 でも、しょせん人工知能は記号しか理解していない。当時はシステムが専門家を代行できると言われたが、「専門家は経験知ではなく常識に基づき、今まで出会ったことのない問題も解決している。知識とはもっと深遠なものだ」と反省された。オントロジー(概念体系)を通じて、背後にある関係性を理解させた上でのシステムを作らないといけないと。

──データベースも充実していなかったでしょう。

 ぜんぜん充実してなかった。それにコンピューターも高かった。私が助手の時代、1GBのハードディスクを積んだコンピューターが700万円した時代。いまは1GBのハードディスクなんて5円とかそんなものでしょ。そんな時代に実験してたから全然ダメ。

──今でも生き残っているベンチャーはありますか?

 結果的にはほとんどのベンチャーは残ってない。

 ということで、1980年代に来たブームは「知識の時代」と言われている。ただ、知識というのは記号で書かれるような、言葉で書けるほど簡単なものではなく、常識が後ろにあってノウハウが分かる。コンピューターは一字一句違うと処理ができないので、脆弱性がある。ちょっと問題が変わるだけで処理できない。人間なら類似問題だったら類推する能力があるが、そういう能力が一切作れなくて、1995年頃からインターネットの時代に移って、完全にコンピューターの研究は人工知能からインターネットに向かった。

(インタビュー中編に続く)

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