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最新ユーザー事例探求 ― 第32回

1日1億PVをたたき出す人気Webサービスのインフラの舞台裏

さらば自社サーバールーム!pixiv、白河データセンターに移る

2013年12月16日 06時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp 写真●曽根田元

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900万を超えるユーザー数を抱え、日本を代表するイラスト投稿SNSに育った「pixiv(ピクシブ)」。長らくサービスを社屋の自作サーバーとIDCフロンティアの新宿データセンターで運用していたpixivのインフラを、新たに白河データセンターにまで拡げた背景をピクシブの方々に聞いた。

開始1週間後にサーバーを落とす

 イラスト投稿に特化したユニークなSNSであるpixivは、イラスト好きなプログラマーである上谷隆宏氏の思いから生まれた。ピクシブ 代表取締役社長の片桐孝憲氏は、「上谷が、イラストを描いている人同士が気軽に交流できるSNSとギャラリーを混ぜたようなサービスを作りたいと話していた。正直、特定のユーザーに特化したSNSでうまくいっている事例を知らなかったので、特定の分野に限定したものはあまり受けないと思っていたが、pixivという名前はカッコイイと思った(笑)」と振り返る。

ピクシブ 代表取締役社長の片桐孝憲氏

 こうして生まれたのが、pixivだ。pixivのユーザーは自身のイラストにタグを付けて投稿。他のユーザーはタグや評価、コメントを付けることができる。2007年9月にスタートしたpixivだが、イラストに特化したという点がネットで話題になり、一週間後に会員数が急激に増加し、サーバーの処理が追いつかなくなった。長年、pixivのインフラを手がけてきたピクシブ 執行役員 店本哲也氏は、「ユーザーからサーバーが重いという連絡を受けたので夜中の10時くらいに会社に行って調べてみたら、pixivに大量のアクセスが集中していた」と語る。結果として、サービスを落とさざるをえず、インフラの増強が必須となった。

 店本氏がpixivのインフラに関わりだしたのも、この時からだ。「最初は酷かったと思います。サービスを運用しているサーバーをいきなり落としちゃうわけですから」と、店本氏はこう振り返る。

ピクシブ 執行役員 店本哲也氏

消費者金融に走って、自作サーバールームを構築

 このようにpixivは、開始当初から増え続けるユーザーとPVをいかにさばくかという課題を長らく抱えてきた。実際、pixiv開始から20日間で会員数1万人を突破。ITmediaなどのメディアで取り上げられて以降、1ヶ月後には会員数2万人、PVも1日160万にまで拡大した。

 しかし、片桐氏曰く、サーバーを増やそうにも、資金がまったくなかったという。他の会社に行って、サーバーの運用を依頼したが、色よい返事をもらえなかった。そこで片桐氏は、サーバーの自社運用を決意。「消費者金融に行って300万円借りてきて、みんなで秋葉原に行って、パーツを買ってきて組み立てた(笑)」(片桐氏)ということで、社員がサーバーを自作。こうしてできたのが、当時のオフィス内にある自社サーバールームだ。

都内の旧社屋にあるピクシブのサーバールーム

 こうした経緯で自社サーバールームを運営しているピクシブにとってみれば、ホスティングやレンタルサーバーは高価なサービスにしか見えなかった。「秋葉原で売ってるPCパーツを組み合わせた自作サーバーだったし、扇風機で冷やしたりしてたのでインフラコストは安かった」(片桐氏)。しかも、自作サーバーだからといって、決して障害が多かったわけではなく、「500日も無停止で動いている自作サーバーとか、ざらにあった」(店本氏)と振り返る。結果としてデータ量の少なかった当時は、あえてメーカー製のサーバーを使う理由がなかったのだ。

あきらめたところ、がんばっているところ

 ただし、サービス自体はよく落ちていたという。pixivはPHPで記述されており、Apache、MySQL、MongoDBといったOSSを用いて構成されている。当時からOSSを使って、サーバーの冗長構成を組んでいたものの、アプリケーション側の実装の都合でサービスがダウンしたこともあった。サーバー増設のたびにメンテナンスを行なわなければならなかったし、スピード優先で機能を追加し続けたこともサービスダウンを引き起こす要因になった。片桐氏は、「当時は『サーバー落ちても機能改善・機能追加優先!』というところがあった。上谷と片桐で毎日のように新機能をリリースし続け、それを店本が最適化するという流れだった。でも、片桐・店本は受託開発の仕事があったので、pixivにかかりきりというわけにいかなかった」と振り返る。

 こうした事情があったため、むしろサービス停止を前提にした施策を行なった。「メンテナンス画面にちょっとしたゲームとかを埋め込んだら、人気が出てしまって、早くメンテナンスしろと言われた(笑)」(片桐氏)と開き直った。一方で、「ユーザーの作品が消えてしまうことが一番あってはならないこと」(店本氏)ということで、データ保護にはこだわってきたという。

 その後、サービス開始から約半年後の2008年5月にはユーザー数15万人、月間1億2000万PVという規模にまで拡大した。「すごい勢いでユーザー数、PV、そして作品数が増えたので、サーバーを増やし続けなければならなかった。3台増やしたら、次の日にそのリソースを使い切る状態」(店本氏)とのことで、つねに鋭い増加カーブを示していたようだ。

とにかくサーバーを増やし続けなければならなかった

 これに対して、店本氏はインフラからアプリケーションまで、あらゆる部分で拡張や改良を加えてきた。「インフラエンジニアとして、あきらめているところとがんばっているところがある。たとえば、画像の圧縮アルゴリズムなどの改良はあきらめているが、高解像度のイラストやページを速いレスポンスで返すのは、ユーザーさんのために一番がんばらなければならない。そのためにサーバーを増設したり、ネットワークを太くしたり、PHPやMySQLなどの重い処理を軽量化するとか、やれることはなんでもやってきた」と語る。

 片桐氏は、一緒に仕事をしようと店本氏を誘ったときから、インフラの重要性に気がついていたという。「会社を立ち上げたときは、ソーシャル連携できるタスク管理とか、CMS付きのサーバーみたいなサービスを作っていたけど、全然うまくいかなかった。でも、その頃からWebサービスの肝は、インフラコストを徹底的に下げることとレスポンスの早さ、そしてインフラがスケールできることだと思っていた」とインフラへのこだわりをこう語る。

(次ページ、自作サーバーにこだわる同社がデータセンターに移設した理由は?)


 

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