そしていよいよ、学生によるプレゼンと審査の始まりだ。審査員は、コンセプトの森川和正氏、弁護士の牧野二郎氏、パルコ「アクロス」編集長の高野公三子氏、東急エージェンシーの津田賀央氏、アスキー総合研究所の中西祥智氏。実際にシステムを作っている会社から、法律のエキスパート、カルチャーやテクノロジーに深い造詣を持つ方など多方面から集まった。
立教大学環境学部 交流文化学科4年 中村拓也氏
プレゼンの1組目は、立教大学の中村拓也氏。3つのアイデアをプレゼンしてくれた。
「電子書籍」、「ポータブルカーナビ」の課金モデルを使った道案内アプリ
中村氏のひとつ目の企画は、電子書籍の課金システムを使い、観光マップを有料化したうえで、エリア限定ARを利用するというナビゲーションシステム。AR的ポイントはカーナビの道案内アプリだ。イメージとしてはレーザーのような光で導くようにナビゲートするのだとか。
ただし、審査員からは「電子書籍とナビゲーションをどうリンクするかわからない」(森川氏)、「課金対象がアプリなのか情報なのかわからない」(牧野氏)など鋭い指摘が。ビジネスモデルとしてどう組み立てるのかという課題が出た企画だった。
子供には見えないネオンサイン
ふたつ目の企画は、現実世界にデータを見せるARの特徴を逆手にとったもの。たとえば、風俗店やいかがわしい店のネオンサインに対してARレイヤーをかぶせて子供の目に触れないようにしたり、観光地向け看板としてARによって中国語/英語表示に切り替わるようにしたり、テーマパークの景観を守るためトイレなどの看板をARを使って消す、というものだ。対象層によって、ARで見えなくしたり表示を切り替えたりするという点は斬新だ。
審査員からは、「看板だけにしなくても街全体を子供向けにしてしまってもいいのでは」(津田氏)というアドバイスも。ただし、AR対応メガネが必要なのと、ユーザーの区分けをAR技術でどう行なうのか疑問が残る企画だった。
”建設中”にがっかりしないためのAR
中村氏のラスト企画は、建設中の建築物のモデリングデータをARおよび3Dで表示し、実際の風景の中でどう見えるのか、多角度で確認できるようにするもの。観光地などで有効そうな案だが、「渋谷のGAPが更地のとき、ギャラリーが展開されるなどの例があったので、ARで建築を見せる必然性が感じられない」(高野氏)、「ビックリするぐらいのものがあるといいと思うけど」(中西氏)、「マーライオンが小さいのをARで大きく見せたらおもしろいと思う」(川田氏)。なかなか厳しい評価。
中村氏の企画は、ビジネスモデル的に難しい面が多かったものの、豊富かつユニークなアイデアにあふれ、荒削りながらもおもしろい内容の企画が多かった。
千葉大学大学院工学研究科建築 都市科学専攻コース 博士課程前期2年 中林拓馬氏
次のグループは、同じ研究室に所属するという中林拓馬氏、江原司氏と七宮幸彦氏、田中智己氏の3名で、共同企画となっている。プレゼンには代表して中林氏が登壇。
ぶらり旅拡張アプリケーション「burARi」
「burARi」は、観光情報とインターネットの親和性の高さを活かし、なおかつ直感的に扱えるARを使って新しい旅行体験ができるという、紙の情報誌では味わえない内容を目指している。今後ARの中でも将来性が高いとされる「観光」分野を扱ったアプリだ。
ポイントのひとつは道案内を矢印で分かりやすく可視化していること。建設予定の観光名所をARによる3D CGで見られたり、史跡を復元して見られたりする多機能さも強みだ。
「burARi」の独自性が表れているのが、「ARおみやげ」機能だろう。旅行に行った後、ARで行動ルートを再現しつつ途中で撮影した写真を閲覧できるなど、旅の記念アルバムが作れる機能だ。また料金については、ひとつの観光地ごとに個別のアプリケーションを作成し課金するという。
今後需要が高いと思われる観光アプリ。その評価は? 「紙の情報とアプリを作るのはどれだけコストがかかるのか?」(森川氏)、「明らかに紙より高くなりますね。そのコストを何で補うか、そこをうまく見せてくれれば」(中西氏)、「ARしかできないところにお金を発生させるべき」(牧野氏)、「観光アプリは予想以上に自治体が推している。需要のベースはあるのでは。また登山ガイドを作って、ベテランの登山ルートを表示されていたら買いますね」(津田氏)。
「burARi」のプレゼンは資料が綿密に作られていて、特に実際にARで再現した場合を見せてくれるなど、「見せる」面での完成度が高かった。
千葉工業大学大学院工学研究科建築 デザイン科学専攻 1年 堀江祐介氏
次の企画は、千葉工業大学大学院の堀江祐介氏と法政大学デザイン工学部システムデザイン学科3年の橋場康人氏の共同プロジェクトによるものだ。橋場氏は現在留学中とのことで、堀江氏がプレゼンを担当。しかし、堀江氏が学業の都合で遅刻となり急遽プログラムを変更しようとしたところ、堀江氏が到着というドラマチックな登場となった。AR三兄弟の川田氏に「"堀江"という名前は大物が多いからなー」とイジられる始末。そんな堀江氏がプレゼンした企画も3つだ。
安全な生活をサポートするためのAR
堀江氏が提示した最初の企画が「安全」についてのアプリで、犯罪や災害が起きた場所をマップからARでユーザーに知らせるというもの。深夜携帯を見ながらひとり歩きしている女性に着目し、携帯によるARに結びつけたそうだ。ビジネスモデルとしては、最初は無料で使えるが、使っているうちに自分の危険を知ったら、有料プランに加入してもらうというもの。また、犯罪に巻き込まれたときには警備会社に通報する機能も備えているとした。
「安全」といった大事なテーマを扱ったこのアプリ。審査員は……? 「その場に行ってから現場と知るのは遅いのでは?」(中西氏)、「不安につけこむのはよくない。ARは物理的な暴力は助けてくれない。またこういった安全は、警備会社ではなくパブリックに頼るべき」(牧野氏)。
電車とバスのためのAR
見た景色にタグがつくという内容の観光系コンテンツで、電車やバスの窓を表示デバイスとしてデータを映し出すというARサービスだ。堀江氏いわく「自然な行為で、手ぶらで観光できるようにしたかった」とのこと。なお、電車やバス会社をコンテンツホルダーとしたビジネスモデルにするという。「景色がコンテンツというのがすごくいい。路面電車でやりたいですよね」(津田氏)、「見るときのシチュエーションで見たいものが変わると思うのであまりワクワクしない」(高野氏)、「完成されているね。地域に密着した情報を載せるべき」(牧野氏)、「マス広告で考えればいいのでは」(中西氏)。
病院に入院している人のためのAR
堀江氏の3つ目の企画が、入院患者向けのAR。病室の無機質な白い天井しか見られない患者に、世界中のセカイカメラの画面を窓に映して、世界の景色を見ることで患者が治療へのモチベーションを得るというものだ。患者は、自分が行きたいと思った場所をチェックしておき、退院時にその情報を元にした旅行プランが提供されるなど、治療のためのモチベーションを得られるよう考慮されている。
「見ない自由もあるよね。でも老人ホームにはいいなぁ」(牧野氏)、「すごくいいと思いました。想像、心理面で拡張されていると思います」(高野氏)、「隔離されているようなときなどに世界とつながれるコミュニケーションはいい。ただし患者の状態によって楽しめるかどうか違うと思う。科によって違ってくるのでは」(森川氏)、「足の不自由な人が仮想的に見られるのはいいけど、逆にモチベーションにマイナスになるのでは」(中西氏)、「ARを病院的にARにすればいい。同時体験して、セカイカメラの人を「もうちょっと左」とか遠隔操作したら、一緒に旅行ができる」(牧野氏)。
堀江氏がプレゼンした企画はデバイスにとらわれず、車窓や窓などに表示させるなど自由な発想が感じられた。