祝帰還!「はやぶさ」7年50億kmのミッション完全解説【その3】
ついにたどり着いた小惑星イトカワが「ラッコ」だった件について
2010年06月14日 12時00分更新
ついにイトカワ到着!――2005年9月
9月12日には、イトカワから約20kmの位置(ゲートポジション)で「はやぶさ」は静止した。ここまで来ると、地球と通信を行なうには、往復40分以上の時間がかかる。地上からの誘導によって移動することができないため、「はやぶさ」はカメラやレーザー高度計のデータに基づいて、自律的に判断しながら接近していった。こうした自律制御を成功させたのも、「はやぶさ」の快挙のひとつである。
観測スタート「早く形出せ」
吉川 初めてこんな間近でみる小惑星に驚いたわけです。クレーターがたくさんあるだろうと思っていたわけですけど、実際はクレーターなんか目立たなくて。一番困ったのは表面が思ったよりデコボコしていて、着陸する場所がない。非常に面白いんですけど、ミッションを遂行する上では「いったいどこに着陸しましょうか」と。いくつか候補があって、ひとつはミューゼスの海。それからラッコのお尻の部分(ウーメラ)ですね。
それからサイエンスのデータ、写真、赤外線、いろんなデータがどんどん入ってきて、各チームが解析室に詰めるという状況になりました。このときはあくまで観測であってクリティカルな状況ではないので、臼田で交信できる計8時間しか運用していませんでしたから、その間にデータも降ろすし、運用もすると。かなり忙しかったですね。
サイエンスのチームは、まず撮ったデータをざっと見て、そこで新たに別の観測が要るとなったら、すぐほかのチームと連絡を取り合って動かなければならない。一方でデータの解析も進める必要がある。じっくりと解析するのは後からだと。
齋藤 「はやぶさ」からの画像は、定量的なものはカラーのちゃんとした画像が必要ですから、可逆圧縮形式で1MB以下、10bitで落とすのに1枚20分くらいかかったかな。公開されているモノクロの地形画像はJPEGで300KBくらい、8bitで数分で落ちてきますね。そのへん、うまく使い分ける必要がありました。
通信リソースのほとんどは、カメラからの画像を落とすのに使っちゃうので、周りの人には相当気兼ねしないといけなかった(笑)。そうはいっても、観測にしても、運用のためにしても、おおざっぱでも形をきちんと割り出さないと着陸地点も決められないわけですから、まず「早く形出せ」と。
当時、宇宙研でポスドクをやっていた石黒君と一緒に毎朝、入感する前に「今日はこれと、これと、これをやる」とコマンド作っていました。観測チームからの要望を受けて作ったコマンドをコンピュータに流し込んで、最終的には衛星回線から上げるわけですね。要望と言うのは「何時何分何秒に撮ってくれ」と時間指定で来るんですよ。
撮り終わったら、今度は消感する前になんとかデータレコーダから再生してくれと。運用時間は8時間なんですが、イトカワ観測も後のほうでは、NASAのディープスペースネットワークも使って追加運用もできましたので、そちらのダウンリンクも含めてかなり撮らせてもらいました。これはかなりありがたかったですね。
あと、ほかの機器ではどちらかというとデータをパッシヴに取りっぱなしのものが多いので、データを降ろしさえすればいいんです。それに比べてカメラの場合、狙って撮ってそれからデータを降ろさないといけないので、少々複雑というか手間がかかるんですよ。運用室には理学の関係者が一堂に会してますので、ほかの装置の担当者に「ちょっとこっちに時間くれないか」「これも混ぜてくれないか」と頼んでみたりして。
入感/消感
探査機からの電波が観測所に届くことを「入感」、探査機からの電波が届かなくなることを「消感」と呼ぶ。地球は自転しているので、日本の臼田宇宙空間観測所から「はやぶさ」を介して観測できるのはおよそ8時間しかない。その後、NASAが持つ海外の観測所を介しての交信もできるようになったので観測時間は飛躍的に伸びた。
安部 9月10日の前に、カメラのほうではイトカワが映り出していたのですが、私が担当する近赤外分光器――光、色を詳細に調べて物質がどういうものであるか調べる観測装置なんですが――は非常に視野が狭いんです。カメラではもう映っているのですが、分光器ではまだそれほどの精度がない。
探査機の姿勢を制御するチームにもがんばってもらって、やっと捉えることができたのが9月10日なんですね。地上に降りてくるデータというのは、1と0。それをデコードして、スペクトルが見られるように変換するんです。何も写っていなければ宇宙空間だけのフラットな何もないデータ。それに小惑星が入ると、ある特徴をもった形になるんです。それが出てきたときはやった! って感じになりましたね。
齋藤 もちろん、共同観測というのも当然必要です。カメラは視野が広いですが、近赤外分光器(NIRS)などは視野が狭い。NIRSとAMICAの間で、アライメントというか、AMICAのどこの座標にNIRSが来るか、そしてNIRSがどこを撮っているのかをAMICAで確認しないといけないわけです。NIRSが観測しているときには、AMICAも同時に撮らないとその情報が渡せない。理学チームは、持ちつ持たれつで観測をやっていたんです。
9月から10月にかけては、そういった感じでとにかく1枚でも多く写真を撮ることが重要でした。AMICAチームは日米合わせて30人以上いるんですけど、それぞれのメンバーから「ここを撮ってくれ」という要望が次々と来て、それに応えないと、みなさん良い仕事ができないのです。
「100点中200点とらないと、世間は納得してくれない」
川口 変な話ですけど、2006年1月に通信途絶から回復したときが一番嬉しかったかというとそうでもなくて、一番嬉しかったのは小惑星に着いたときなんですよ。本当は採点表の100点というのは、イオンエンジンが動けば達成なのですが、そうは言っても世間は納得してくれないですよね。
ですから、納得していただける合格点として小惑星に着かなくてはいけないなと。イオンエンジン航法に成功して100点、イトカワとランデブーして100点。ここですでに計200点なんだけど、世間はここまでやってようやく100点と見るわけです。
もともと、サンプルリターンをやるには、時期的に早すぎるんです。技術がまったくついてきてない、だから実証しているわけですからね。本当に最初から科学目的、サンプルリターンを掲げたら提案としては通らない、プロジェクト化されなかったでしょう。
だってどこの国もやってないんですから。それを訴えて提案したところで、「できますか?」という質問が先に来ちゃいますよね。「はやぶさ」プロジェクトはあくまでもやったことのないことをやるための、準備なんですよ。それがいつからか、準備ではなくなってしまったので、困ったなと思っているのですが(笑)。
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