このページの本文へ

誰も語らない ニッポンのITシステムと業界

情報社会の新たな課題~消えた年金のシステム問題~

2010年04月26日 09時00分更新

文● TECH.ASCII.jp 聞き手●政井寛、アスキー総合研究所 遠藤 諭

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

技術者の
プロフェッショナルの倫理とは

芳賀氏:一番の問題はですね、専門家の倫理ということに尽きると思います。

――プロフェッショナリズムですね。

芳賀氏:そうです。一昨年の日経コンピュータ11月1日号論説にも、会社名は挙げていませんが、システム開発に関して、もしもユーザが間違った要求をした場合には、断固としてこれを拒否するのはプロフェッショナルの責任です、と。こういう論説がありました。

政井:そのときSIrとしての企業はどうするべきなんでしょうか。倫理観というのをプロフェッショナルとしては持つべきだと思うんです。ただ難しいのは、SIrの企業としての責任者、これはまた別ですよね。これはまた別の考え方をしないと悩ましい問題です。

杉野氏:経営者としてですか。

芳賀氏:プロジェクトマネージャーだけではなくて、会社のトップまで含めてね、いわば問われています。山一證券が簿外債務をやったときにね、あれは一部の人ではなくて100人もの人が知っていた。しかし誰一人これは問題だと言わなかったんです。そして山一證券はつぶれてしまったんですね。これは山一證券の役員をされていた方が、博士論文に書いて明らかにしました。これこそグループシンクというやつです。「もうこれでいいんだ」という考えが、グループシンクになっちゃった。

――「もう制度がこうなっちゃっているからしょうがねえよな」とか、「ちょっと言えないよな」みたいな、そういう感じでしょうか。

杉野氏:みんながそうなってしまう。制度っていうのはそれを含めて制度なんですよ。

芳賀氏:けれども、そうであっても、まずいんですよ。これだと問題が起こる

政井:どの程度の問題が起きるかという、予想の範囲もあります。結果を見て、こんなに大騒ぎになるんだったら、あのときにもっと騒げばよかったとか。でも、もっと小さい問題で済むと勘違いした可能性もありますよね。

社会的なシステムの
トラブルは公害と同じ?

政井:80年代の前半、システム開発の前の段階で、少なくとも数百万件不良データがあった。それは分かっているんです。次に、不明データがどんどん増えていって、97年には2億件になっている。もともとの人口が1億人で、データは3億件になったわけです。どんどんどんどん増えていった。トラブルというものは、運用しているんですから当事者なら当然気がついてた。けれども黙っていた。

魚田氏:政井さんがさっきおっしゃったようにね、要はシステムインテグレータは、「わかりません」とか、受注側としてはお客さんの言うことを拒否できないからやっちゃいますと。なんとなく業界の一致した考えになっていると思います。しかもそれが明るみに出たときに、叩かれもしないわけです。このケースのように。叩かれるのは、元の会社、社保庁であって、システムインテグレータはわかりませんと、我々関係がありませんということで逃げられたわけですよね。でもこれからはSIrは逃げられないかもしれない。そうなったときに、危険を冒し受注すべきか、今のうちに手をひいておこうと考えるようになる・・・。

政井:おっしゃっているのはSIrのほうが責任を追及される立場じゃないもんだから、ますますそういうことに対して主張しなくなってきている。ここに問題があるんじゃないかということですか? 

魚田氏:ええ、ええ。そういうことですね。僕はそういうふうに思う。だからいつまでたってもね、この問題は解決しないわけですよ。明るみに出てこないから。そこが一番問題じゃないかなと。年金記録管理システムの問題点は公害と考えられるんですね。情報社会の公害というのは、間違ったデータを大量に流すとか、個人情報を大量に漏洩させるといったものになるのではないかと考えています。

――工業社会の公害とは様子が異なるが公害ですか?

芳賀氏:今回のように不明データを5千万件も出して、それによって大量の年金の裁定計算を間違えるようにするのは、一種の公害と考えられるんです。

政井:今後は社会的な影響のあるシステム――JUASでは最近「重要インフラ情報システム」という名前を付けましたが、そういうものは発注者と受注者は当事者間だけでシステムを作って勝手に動かすのではなく、第三者の監視機関みたいなものを作らなければならないという方向に話を持って行っています。

――だとすれば、環境アセスメント的な話ですね。

芳賀氏:そうです、公害の環境アセスメントに匹敵するようなものが必要です。

政井:ただし、情報システムの場合はいきなり第三者が見て、そのシステムの本質的な問題などを解明するのは、なかなか難しいですよね?

芳賀氏:今回の場合は容易でした。たとえばシステム開発前に不良データが大量にあって、第三者の誰が見ても、そのままやればいいとは言わない。それからPDCAのサイクルも回っていない。確認できる手段を作ってないといった問題はすぐに分かります。

――:最後に具体的にどうするべきなのか、お一人ずつお願いできればと思います。

芳賀氏:今回の一番の問題は、問題の構造が正しく掴まれていないことです。またそのほかに、発注者と受注者の関係ということで議論するならば、えてして複雑な仕様の存在があります。発注者には分かるが受注者には分かりにくい。そんな仕様をどう受注者が作り込んでいくのか。だからあっちが悪い、こっちが悪いという話になる。これがよく起こるケース。たいていそうなんです。受注者が、業務がどうなっているか分からないといった議論の仕方をしている。日経コンピュータで、自民党の伊藤達也という人が、システムインテグレータには社会保険庁の仕事が分からず、社会保険庁にはシステムのことが分からなかったんじゃないかと言うんです。しかしまったく違う。そういう問題じゃないわけです。大量の不良データをそのままシステムに載せたらおかしくなるというのは明らかです。受注者でも立派に分かることですよ。データを正しくするというのが、システム開発の務めみたいなものですからね。そういう問題なのに、複雑な問題と一緒にして議論している。

――何が問題だったかという整理がちゃんとできてない。この件は、大新聞はどう扱ったんですか。

芳賀氏:ほとんど扱ってないです。

――ほんとは新聞がやるべきですね。世論とかに関係するレベルの話ですから

芳賀氏:それから1つは当事者であるSIrが、説明責任を果たしていない。これが最も大きな問題ですね。

――情報システムというものに関する社会的理解をしてもらいたい、こんなことが起きているのに議論のテーブルにのってないと。

杉野氏:実は根っこに情報システムがあるんだよと、もちろん情報システムはそれだけで独立して存在することは絶対有り得ない。それは制度のなんらかの反映でもあるんですけどね、真ん中のいわばパラメータとしての情報システムがですね、どこかいっちゃって、一番下と一番上だけが大騒ぎされている。まあ目に見えないということもあるかもしれません。魚田さんどうですかね。最後に、ここが最大のポイントで今後こうすべき、みたいなところをお話いただけますか。

魚田氏:情報システムは、今や社会システムを支える重要な基盤になっています。情報システムの担う役割はとてつもなく大きいのです。それだけに問題が起こったときには、その影響は計り知れなく大きくなります。今回の年金記録管理システムの問題もその一つです。この問題がなぜ起こったかを究明して、再び起こらないようにしないと国民は安心して生活ができません。 年金記録管理システムは本来的には、年金データを記録して維持するだけの単純なシステムなのです。したがって、何が原因で問題を引き起こしたかを究明するには良い対象とも言えます。このシステムに関する問題を究明することによって、利用者にとって真に有用で安全な情報システムを構築していくためにはどうすればよいのか考えたいと思います。SIrを非難するのではなく、社保庁やSIrの方に加えて、われわれ情報システム学会といった第三者の人間が協力し原因を究明して、将来への知見を残したいと思っています。

――本日はありがとうござました。コンピュータシステムが社会に入り込んで40年余になります。その間社会的に重要なシステムが沢山生まれました。そして同時に本日のテーマのような“情報社会の新たな公害”もみとめられるようになり、公共性の高いシステムに対しては第三者のアセスメントのような仕組みが必要であること。システムの構築や運用に携わる人はその立場と責任を自覚し、時にはビジネスを超えた視点で予防の倫理観を持つべきであるとの結論に達しました。有難うございました。

次ページ「政井が斬る! 長すぎる春の弊害 ~官公庁ITアウトソーシングの実態~」に続く

カテゴリートップへ