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弥生のモノ作り神田通信 ― 第2回

一人のエンジニアがいかにして弥生の社長になったのか(その2)

言うのは簡単、やるのは大変。だったらお前がやってみろ

2010年02月03日 09時00分更新

文● 岡本浩一郎

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弥生の岡本社長がITのトピックやテクノロジーのとらえ方を語る連載コラム「弥生のモノ作り神田通信」2回目は、岡本氏自らが体験した個人での開発とチーム開発の違いから、弥生と関わるようになるまで。

弥生社長就任直後、最初に取り組んだ課題が「開発の再生」であった岡本氏は、エンジニアとして、そしてコンサルタントとして何を感じたのか?

メインフレーム開発の違和感
私は最後のCOBOL世代

 弥生の岡本です。前回は第1回ということで、ポケコンという私の源流を辿ってみました。さて、前回の最後に書いたように、社会人になって日立製メインフレームを扱うようになったのですが、実はこれは想定外。しかし結果的には、かけがえのない資産となったのです。

 新卒で就職する際、私は実はエンジニアではなく、「システムコンサルタント」になりたかったのです。当時はまだコンサルタントという職種自体が珍しく、正直、カタカナで何となく格好よさそうという、今思えば赤面ものの軽い理由でした。私が新卒で入った会社は、システムとコンサルティングの融合を売りにしており、私としてはすっかりコンサルタントになったつもりでした。

 しかし、実際に配属された部署はバリバリの開発。しかもUNIXがそれなりに普及しはじめているにもかかわらず、メインフレームでCOBOLという昔ながらの開発でした。余談になりますが、私の新入社員研修はCOBOLでしたが、翌年からはC。私は最後のCOBOL世代となったわけです。

 いざメインフレームでの開発に携わってみると、最初はかなりの違和感です。それまでのPC上での自由な開発から、いきなり檻に閉じ込められたような気分。まずは設計書を書いて承認を受けてからでないとコードをいじれない、コードをいじるにあたっても、ライブラリアンからチェックアウトしてもらわないといけない、命名ルールから始まって様々なコーディングルールが決まっている、動くのはわかっているのに色々とテストしなければならない、しかもその証拠が必要、等々。

 どれもこれも、今考えれば当たり前のことですが、個人の趣味としての開発ではなく、チームで体系的に高い品質を実現するための開発を体験できたことは本当に大きな資産となりました。もしあのまま本当の「開発」を知らずに、コンサルタントになっていたらと思うと空恐ろしいものがあります。

 いざ開発にどっぷりつかってみると楽しいものです。それなりに長時間労働でしたし、大変な思いもしましたが、やったことが、キチンと結果につがなるというのはやはり開発の醍醐味。「プログラムはあなたの思った通りには動かないが、書いた通りには動く」という格言もありますが、思った通りに動いた、そして携わったシステムがリリースされた時の喜びはひとしおです。ただ一方で、システム保守に長年携わり、まるでそのシステムの「主」のようになった先輩の姿を見て、これが自分の将来なのか、と漠然とした不安も覚えました。

次ページ「言うのは簡単、やるのは大変。だったらお前がやってみろ」に続く

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