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【INTERVIEW】シースルーディスプレーで、テーマパークマップも実現--東京商船大 全炳東助教授

1998年11月02日 00時00分更新

文● 報道局 清水久美子

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 ウエアラブルコンピューターが世間をにぎわせている。近未来的なその姿は、SF映画さながらだ。

 シースルー型ヘッドマウンティングディスプイレーを利用して、ユニークな画像処理研究している人物がいる。東京商船大学の全炳東(ぜん へいとう)助教授。

 '70年代、画像処理の分野が注目を浴び始めた。米国国防総省の研究プロジェクトとして登場し、インターネットを開発した“ARPA(アメリカ国防省高等研究計画局)”が、当時、画像理解(image understanding)の研究に精力的に取り組んでいることにもうかがえる。こうして、研究員が増えてきたころ、全助教授もこの分野に携わるようになったという。最近の研究動向などについてお話を伺った。

東京商船大学の全炳東助教授
東京商船大学の全炳東助教授



バーチャルリアリティーはよりアクティブな世界に--オーグメンテッドリアリティーの出現

----最近の画像処理分野は、CGと急接近しつつありますね。CG関連で世界最大の展示会兼コンファレンスの米“SIGGRAPH”など、CG関連イベントでもその傾向が見受けられるようですが。

「バーチャルリアリティー(仮想現実感=Virtual Reality、以下VR)というキーワードはご存知ですね。広義のVRに含まれる技術の1つに、オーグメンテッドリアリティー(拡張現実感=Augumented Reality、以下AR)があります。VRでは、完全に仮想の空間を作り出してユーザーを没入させます。これに対しARは仮想空間を現実に重ねて映し出し、投影することによって、現実に対する知覚を情報面で拡張するというものです」

「VRによって創られる空間は、すべてCGで描かれるため、実空間の3次元情報をコンピュータに入力するという膨大な作業を強いられます。 しかも、出力画像は臨場感に欠けてしまう。ARでは、実空間画像をそのまま取り込むため、 繁雑な作業なしで臨場感のある画像を得ることが可能なのです。さらに、実写映像を利用して、写実性の高い表現が可能な、Image Based Rendering(IBR)などといった技術もあります」

----実際にはどのように利用されるのでしょうか。

「例えばARの例として、米シアトルにあるボーイング社で、実用化されているものがあります。これは、航空機整備システム。飛行機の整備というのは、非常に精密さを求められる作業で、チェック項目も多岐に渡ります。このため、作業員の数、技術レベルの向上に伴う人件費は莫大な額にのぼる。運賃が高いのはこのためですね。運賃を下げるためには、高度な技術を持たなくても、メンテナンスできるシステムが必要です。それにARが利用されています」

「方法は次のようなものです。まず、機体の目の前に立ちます。整備員はヘッドマウンティング型のシースルー(透明に近い)ディスプレーをかぶる。修理方法など必要なマニュアルはすべてその中に入力しておきます。補修したい部分を見ることで、ここでどんな作業をすればよいか、画面に指示が出る。“ここをはずす”、“ふたを開ける”などといった具合です。そして、“ふたを開け”たら、何が出てくるかも表示されます。修理する部分に矢印が現れて、指示することもできる。VRのように閉じられた世界ではなく、シースルーという物理的行為が可能な世界だからこそ、実現できるのです」

手入力作業に頼っているかぎり、リアルタイム制御は実現できない


----夢のような世界ですね。

「ボーイングの例は、数少ない具体例です。あくまでも、アプリケーション事例ではなく、ダイレクトな取り組みが私たち専門家の仕事。画像処理の研究者の立場としては、どうやってきれいに創ろうかという問題ではないのです。目の前にあるものをカメラで撮影し、コンピューターで処理する。それをどういう形で、あるいは材質で実現するのかを明確にさせることが重要だと考えています」



「これ(実空間の3次元情報を自動的に取り込むこと)がうまくいけば、手入力の手間を省くことが可能になります。結局これまでネックになっていたのは、入力作業。ハリウッドの映画製作費があれほど膨らんでいるのは、ほとんどがCG制作にかかる人件費なんです」

「そのほかには、リアルタイム制御が可能になります。手入力ということは、実時間性を諦めていることでもある。ビジネスを考えると、どうしても動的な部分が必要になってきます」

----実際にはどのように研究を進められているのでしょう。

「カーナビゲーションがこれだけ普及していますが、地図というのは文章に近いものです。読まなくてはいけない。画像というのは、見ただけで直感的理解力を発揮できるもの。現在この両方を組み合わせたものを作ることを試みています」

「まず、車に乗って街をビデオ撮影します。この撮影した情報をどうやってデータ化させるかというのは大きな問題。一番有望なのは、建物の高さで判断する方法ですね。ビルの1フロアの高さはどこも3m前後で大体同じです。こういった固定的な情報を利用して、撮影した情報を、例えば、どこに何階建てのビルが建っているという情報をデジタル白地図に書き加えていくのです」

「こうして出来たデジタル地図と、GPS(位置検出システム)と組み合わせると、今車が走っている位置と向きと3次元地図から、見えているはずの街並の姿が計算でき、そこにビル名や会社名が重ねられます。そのデータをヘッドマウント型のディスプレーに埋め込み、かぶった人が見ているものと同化させるのです」

「ただ、この方法にも欠点はあります。車に乗って走りながら撮影すると、都合の悪いものもたくさん入ってしまう。例えば車。もちろん車だと判断できればデジタル地図から省けます。しかし、奥行きを撮影しなくては、車としての形が表現できない。ある程度の時間、写り続けていれば3点測量と同じ原理で奥行きがわかりますが、街路樹のすき間から一瞬だけ写った車には、それが適用できない。車を壁の平面に貼りついた模様と認識して、地図が作成されてしまう場合もあるんです。そのため、朝昼、四季を通じて何回も繰り返して走ることが必要ですね」

----具体的な利用方法として、どんなことが考えられますか。

「テーマパークの入場者に渡されるマップへの適用でしょうか。携帯端末を使って、立体的な地図を提供することが可能でしょう。表示されている建物をクリックすることで、その建物の中も案内できます。また、文字データを受信し、表示できる端末にすることで、アトラクションの混雑状況など、その場の状況を表示することもできるはず。限られた空間であるパーク内の地図だったら、情報も集めやすいし、実現までの予算目処もたちますからね」

「『鉄腕アトム』の世界のように、昔から画像処理というのは、ロマンのある研究でした。これらは、徐々に実現されつつあり、最も難しかった脳の処理の部分も克服されつつある。実用レベルにまで進めることが今後の課題ですね」

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