フリーターから現場責任者へ
2006年、矢部氏はベトナム現地スタジオ「AXIS & キャッツ」設立のために派遣される。業務内容にはデータ送りシステムの導入、社内ネットワークの構築のほか、現地スタジオの制作責任者も含まれていた。
「僕でいいのかな、とは思います(笑)。この前まで、フリーターでフラフラしていた人間ですから。当初、『スタジオを立ち上げて』と言われても分からないことばかりでした。なんとかここまでやって来れたのは応援してくれる方々のおかげだと思っています。
日本アニメの「お約束」を覚えてもらう
インタビューの途中もベトナム人アニメーターが描き終わった動画が矢部氏の手元に渡される。今、作業をしているのは来年放送予定の「ファーブル昆虫記」で、動画にはアリの動きが描かれいる。
「あ、これはダメですね。描き直しだな。ほら、アリの左前足が抜けているでしょ? こういう抜けというか、見落としがあるんですよね。きっと原画でも左前足は少ししか描いていないから、分かりづらかったんじゃないかな」
矢部氏は通訳を通して、動画マンに修正を伝える。斜め上から見たアリの姿は、左前足がない。ただ、左前足は上半身に隠れているので、なくてもいいように思えるが……。
「そこは解釈の仕方なんですよ。原画に最初から足がない場合もあります。ただ、例えば原画の間違いをそのまま仕上げてても、結局はリテイクになります。だから、動画マンが気付かなければいけません」
ベトナム人アニメーターたちは、まだ自分で間違いに気が付けるレベルにまで達していないのだ。しかし、矢部氏は「大丈夫」と楽観視する。
「アニメはある程度『パターン』です。だいたい3年くらいあれば、ほとんどのパターンは覚えられます」
パターンは「お約束」と言ったほうが分かりやすいかもしれない。萌えアニメの美少女の頭にはアホ毛がある、巨大ロボットには角が備わっている、といったものだ。矢部氏は、アニメのパターンは、数を多くこなしていくことで自然に覚えていくものだと語る。そうしてパターンに慣れることで、原画や自分のミスにいち早く気が付くようになる。
「普段は日本と台湾のアニメーターが動画検査として定期的に滞在し、チェックしています。今、日本人のスタッフが帰国中なので、私が動画チェックを手伝っているんですよ。現在のベトナムスタジオのレベルはチェックさえしっかりやれば納品できる程度ですが、いずれ日本と同じように厳しいチェックがなくても初歩的なミスをしなくなるレベルまでいきますよ」