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TECH担当者のIT業界物見遊山 第23回

キーワードは「災害対策」「在宅勤務」、そして「クラウド」

大震災で大きく変わったIT導入の優先順位

2011年04月28日 09時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp

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東日本一帯を襲った大地震と津波は、ユーザー企業のIT導入にも大きな影響を与えることになる。まだまだ担当の「肌感覚」の域を脱していないが、今年の後半は「災害対策」、「在宅勤務」、「クラウド」という3つに比重が移ると考えられる。


待ったなしになったBCPと災害対策

 日本国内観測史上最大となった東北地方太平洋沖地震および地震に伴う計画停電は、われわれの生活や経済活動にとどまらず、ITの分野でも大きな影響を与えることになる。では、果たしてどういった影響があるのか? 大震災のあと、さまざまなベンダーやユーザーからこんな声を聞いた。

  • 「社内のメールをいますぐGmailに移行しろと言われている会社もある」(某ITベンダー)
  • 「データセンターへの問い合わせが殺到している。予約していたラックをいったん解除していいか打診された」(情シス管理者)
  • 「TV会議システムの問い合わせがいきなり多くなった。外資系の企業が数多く買っていく」(某ITベンダー)
  • 「夏までに計画停電への対応を練らなければならない。BCPの計画も白紙に戻ってしまった」(情シス管理者)

 こうした声を総合していくと、今までとIT導入の優先順位が大きく変わりつつあることが見て取れる。直近は今夏の計画停電を乗り切るのが最重要だが、今年後半を見据えたIT導入を考えれば、具体的にいえば、「災害対策」「在宅勤務」「クラウド」の3つの優先度が高くなると思われる。

 災害対策の練り直しは、言わずもがなである。報道でもあったとおり、外資系企業の多くは災害やテロの影響を考慮したBCP(Business Continuity Plan)が用意されており、都内での業務が困難になることを見越して関西に拠点を移したり、従業員を避難させていた。今後は多くの国内企業も本格的にBCPやDR(Disaster Recovery)を検討しなければならないことになる。

 ただ、問題はこのBCPやDRをどこまでやるかである。BCP自体はITの観点のみならず、ビジネスの観点で、綿密な計画を立てる必要があり、その内容によっては莫大なコストがかかる。本社システムやデータセンターを地理的に離れた支社などにリアルタイムでミラーリングしたり、バックアップをとるといったDR体制を構築するのも、手間とお金がかかってしまう。一方で、たとえば、バックアップのテープを物理的に違う場所に移すとか、オンラインバックアップを導入するとか、もう少し手頃なソリューションも存在する。業務やITの優先度をきちんと考慮せず、場当たり的なポイントソリューションを導入すると、のちのち負担が重くのしかかってくる。BCPなり、DRなりは保険的な面の強いソリューションであり、決して投資対効果が迅速に見られるモノでもない。情報システム部にとって、どこまで取り組めばよいのか、悩みの種になるはずだ。

在宅勤務とクラウドで社屋はいらなくなる?

 次の在宅勤務は、震災直後の事業継続を実現するためのソリューションとして注目を集めた。弊社でも、一時的に在宅勤務が許可され、Web系の編集部は自宅作業が行なえた。しかし、やはり紙という物理メディアを扱う出版という業態から考え、PCだけでの業務は限界が明らかになった。その一方で、私が驚いたのが、大手も含め外資系のIT企業のほとんどが迅速に在宅勤務体制に移行したことだ。おそらくインフルエンザ騒ぎの経験もあり、就業体制としても、インフラとしても、こうした非常時の体制ができていたということである。国内のベンダーに関しては、私に知る限り、けっこう出社されていた方も多かったようで、余震で揺れながら電話で話すようなこともまでやっていた。同じITの業種でもここまで違うのかというのが、率直な感想だ。

 在宅勤務というと、VPNで会社のシステムにアクセスできる環境を構築するというのが一番わかりやすいが、昨今はもっと進んでおり、シンクライアントやデスクトップ仮想化というのも1つの選択肢になる。つまり、データやアプリケーションを手元に置かないという手法である。さらにシンクライアントのバックエンドシステムやデータ自体をクラウドに設置するDaaS(Desktop as a Service)のようなサービスも増えている。また、在宅でもリアルタイムにコミュニケーションがとれるUC(Unified Communication)のようなソリューションやWeb会議などのシステム、あるいは情報漏えい対策やメディア管理まで含めると、一口に在宅勤務といっても対象も非常に幅広くなるだろう。そのため、災害対策と同様、どこまでやるか難しいところだ。とはいえ、こちらは災害対策だけではなく、節電効果やセキュリティ対策、TCOの削減といったメリットもあるため、これを機に導入したいというユーザーも多いはず。今年の後半の目玉となるかもしれない。

 さて、従業員だけではなく、サーバーやストレージも社外に移そうという動きも加速している。震災だけでなく、計画停電という事態が実際に発生したためだ。3月の計画停電では、地域を区切ってえこひいきなく停電に見舞われた。この段階で、自社屋内に保持しているIT機器はすべて利用できなくなる。こうなると、行き先はもちろんデータセンターであり、クラウドだ。

 前述したとおり、データセンターへの問い合わせは爆発的に増えている。NTTコミュニケーションズ曰く、以前の約3倍に問い合わせが増え、しかも資料請求ではなく、実際の移行スケジュールに関わる話が多いという。また、別の事業者の話では、関西など地理的に離れた場所への移転だけではなく、自社サーバールームからデータセンターへの移行のほうがむしろ多いらしい。

 国民性なのかも知れないが、日本の会社は自社にIT資産を抱えることが多い。これは過去のユーザー事例取材でなんとなく感じていたことだ。取材で話を聞き、「サーバーとかはデータセンターにあるんだろうな」と考えていると、「じゃあ、サーバー見てみましょうか」と担当者がおもむろに立ち上がり、実は応接室の横がサーバールームだったといったことは何度かある。首都圏以外ではほとんどそうだった気もするが、実は首都圏でもサーバーの自社所有率が高かったということなのかもしれない。もとより都内ではデータセンターの建設ラッシュだが、今後は関西も含め、第二次データセンターブームが来るだろう。

 在宅勤務の体制が整い、サーバーなどのIT資産がデータセンターに行くと、社屋はどういう役割を果たすのかという素朴な疑問も出てくる。震災以前からのトレンドであるPCからスマートデバイスへの移行、グリーンIT、クラウドの隆盛に加え、震災や計画停電が大きな契機となり、日本人のワークスタイルは大きく変化していくのかもしれない。

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