Ryzen 5000Gシリーズに2つのコアが混在する理由 AMD CPUロードマップ

文●大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII

2021年01月11日 12時00分

 前回のインテルに続き、今回はAMDのCPUロードマップを更新しよう。AMDのCPUの話題そのものは頻繁に更新しているが、ロードマップそのものは前回いつだろう? と思ったら2019年11月の連載536回とずいぶん前だったので、久しぶりにロードマップそのものの更新となる。

2019年~2021年のAMDプロセッサー ロードマップ

 前回はPicassoベースのRyzen 3000Gシリーズがリリースされた直後だったので、今回はその後から。といっても大きなイベントは以下の2つしかない。

  • 2020年3月にRenoirベースのRyzen 4000Gシリーズを発表
  • 2020年10月にVermeerベースのRyzen 5000シリーズを発表

 まず前者について。昨年のCESでRenoirが発表されたという話は連載548回で紹介した通りで、これは3月にまずモバイル向けが投入された

 製品としてはTDP 15WのRyzen 3 4300U、Ryzen 5 4500U/4600U、Ryzen 7 4700U/4800Uの5製品の他、TDPが35W/35WのRyzen 5 4600H/4600HS、Ryzen 7 4800H/4800HS、Ryzen 9 4900H/4900HSの6製品も用意され、合計11製品という計算になる。

 ただ、直近でモデルを確認すると、Ryzen 7 4800HSとRyzen 5 4600HSが抜けて9製品のみになっている。やはりTDP45WでRyzen 5やRyzen 7のニーズはなかったのかもしれない。

モバイル向けのRyzen 4000Uシリーズ5製品

Ryzen 4000Hシリーズ6製品。Ryzen 7 4800HSとRyzen 5 4600HSは現在のラインナップにはない

 一方デスクトップへの投入はだいぶ遅れて7月になった。しかも倍率アンロックの通常版はOEMのみでリテールマーケットには一切流れず、その代わりにAMD Proを搭載して倍率ロックのRyzen Pro版が流れるという謎の状況である。

 どうもAMDとしては、このPro版にかなりの期待をして製品を製造したものの、予想したほどにはOEMマーケットを開拓できず、結構ダブついた模様だ。それもあって、Pro版をリテールマーケットに流すというかなり変則的な動きになったようだ。

 ハイエンドのRyzen 7 4750G Proであっても5万円切りというわりとお手頃価格で提供されるとあってそれなりに人気を博した結果、市場では早いタイミングで品薄状況に陥った。もっとも、そもそも流した量がそれほど多くなかった、という話もある。

 これに続くのが2020年10月に発表され、11月に発売が開始されたRyzen 5000シリーズである。まずRyzen 7 5800XとRyzen 9 5900Xのみのレビュー、次いで完全版レビューがKTU氏により掲載されているので御覧になった方も多いだろう。

Ryzen 5000シリーズ

 こちらは現在も絶賛発売中であって、昨年中は結構品薄感が強かったが、年があけて若干改善した感がある。とはいえ、まだ潤沢に供給されているという状況からは遠い。次のRyzen 6000シリーズ(?)はおそらく今年第4四半期になると思われるが、間もなく発表されるであろうRocket Lakeとはいい勝負になるだろう。

2019年~2021年のAMDプロセッサー ロードマップ

MilanをベースにしたEPYCがまもなく発表
MilanをベースにしたThreadripperもありうる?

 ということでここからは今後の話を。インテルだけでなくAMDもCESで発表を予定している。というよりLisa Su CEOが基調講演を1月12日の午前11時(日本時間では1月13日の午前1時)に行なうので、この中で新製品が発表されるのは間違いない。

 ここで発表される最初の製品はおそらくMilanベースの第3世代EPYCである。要するにZen 3コアを搭載したEPYCだ。連載590回の最後に掲載したスライドにもあるように、すでにMilanは一部の顧客に出荷開始されている。

CES2021で発表されるはずの第3世代EPYC。すでに一部の顧客には出荷開始されている

 おそらくその一部の顧客の1つはローレンス・バークレー国立研究所で、同研究所が2021年から運用を開始するPerlmutter向けである。他にもいくつか、MilanベースのEPYCで先行テストをしっている顧客はいるはずで、このあたりは基調講演の中で説明されるかと思う。

 このMilanをベースにしたThreadripperが、ひょっとするとやはり基調講演の中で紹介される「かもしれない」。Genesisというすさまじいコード名を与えられた第4世代のThreadripperであるが、プラットフォームそのものはsTRX4がそのまま継続される形になるだろう。

 もっとも、これがThreadripperのままなのか、それともThreadripper Proブランドになるのか(もしくは両方出るのか)は、現時点ではまったくわからない。前回のインテルCPUロードマップでも書いたが、コンシューマー向けに関してはRyzen 9がいい感じに利用されており、Threadripperは完全にワークステーション用途になっているため、競合はすでにXeon-Wである。それもあって、もうThreadripper Proブランドでしか製品が登場しない可能性もある。もっともそれで別段困ることはないと思うが。

Ryzen 5000Gシリーズは
CezanneコアとLucienneコアが混在

 さて、問題はおそらく同時に発表されるであろうRyzen 5000Gシリーズである。こちらは少し複雑なことになっている。Cezanne(セザンヌ)というコード名で知られる新しいコアはZen 3+Vega 8の組み合わせで、やはりTSMC N7で製造される。3次キャッシュはユニファイドで16MBに強化された。さすがに32MBにはならなかったが、このあたりはダイサイズとのバーターでもあるだろう。

 GPUは引き続きVega 8のままで、Naviは次世代に持ち越しになった。これもちょっと残念といえば残念なのだが、GPUを強化してもメモリーバスがDDR4-3200×2chのままでは性能改善の効果は薄い。だからといってRadeon RX 6000シリーズのように大容量のインフィニティーキャッシュを搭載すると、ダイサイズが大幅に増えることになってしまい、こちらも難しくなる。

 このあたりを勘案すると、Vega 8のままでも十分(これ以上GPUの性能を上げてもメモリーバス側が追い付かない)という判断だったと思われる。結果、GPU性能に関して言えばRenoir世代と大きく変わらないと思われるが、CPUコアの方はZen 3に切り替わったことでIPCが大幅に改善すると見込まれており、その意味ではトータルの性能は間違いなく引きあがっているだろう。このCezanneはRyzen 3/5/7の各SKUに投入される。

 厄介なのはこのRyzen 5000GシリーズにはCezanneの他にLucienne(ルシエンヌ)というコアが混じることだ。このLucienneとはRenoir Refreshである。コード名のLucienneというのもそれを物語っている。

 そもそもMatisse/Picasso/Renoir/Cessanne/Vermeerはいずれもヨーロッパの有名な画家の名前であるが、Lucienneは1881年生まれのLucienne Bissonである。彼女も画家ではあるが、決して有名とは言えない。それにもかかわらずコード名として使われたのは、彼女がRenoirの隠し子(ちなみに母親はやはり画家のFrederique Vallet-Bisson)だったことに因んでいると思われる。

 名前の由来はどうでもいいのだが、この世代ではZen 3ベースのCezanneとZen 2ベースのLucienneの2種類のコアが混じる形で提供されることになる。2021年のCESではまずモバイル向けのSKUが発表され、ロードマップ図に書いたデスクトップ向けは後追いになると思われるのだが、そのモバイル向けのSKUは下表のようになると伝えられている。

モバイル向けCezanneとLucienneのSKU
Model Codename Core数 Thread数 L3 Cache (MB) 動作周波数(GHz) GPU TDP(W)
Boost Base CU数 動作周波数 (GHz)
Ryzen 7 5800U Cezanne 8 16 16 4.4 2.0 8 2.0 15(10~25)
Ryzen 7 5700U Lucienne 8 4.3 1.8 1.9
Ryzen 5 5600U Cezanne 6 12 12 4.2 2.3 7 1.8
Ryzen 5 5500U Lucienne 8 4.0 2.1 1.8
Ryzen 3 5400U Cezanne 4 8 8 4.0 2.6 6 1.6
Ryzen 3 5300U Lucienne 4 3.85 2.6 1.5

 ちなみにこれで全部ではなく、TDP 35/45WのH/HSシリーズもあるが、これはRyzen 7のみになりそうだ。もう見ておわかりの通り、Ryzen 3/5/7のすべてのセグメントでCezanneとLucienneが混在する形で提供されることになる。Cezzanneの方が若干動作周波数も高く、かつIPCも上なのでその分性能は高くなる。

 一方LucienneはBaseまたはBoostの動作周波数をRenoirから1bin(100MHz)程度引き上げたもので、基本的にRenoirと大差はない。なのでCezanneとLucienneは性能的には結構大差になるわけで、その分価格を引き下げての提供になりそうだ。

CezzanneとLucienneが混在する理由は
絶縁フィルムの供給不足

 なぜ2つのコアが混在するのか? 理由を1月7日付のExtremeTechが報じているが、要するに生産が間に合っていないという話である。

 それもTSMCの7nmそのものではなく(いやこちらもギリギリらしいのだが)、後工程のパッケージの方である。7nmで製造したチップのパッケージには味の素のABFと呼ばれるフィルムが利用されているが、こちらの供給が逼迫しており、需要に追い付いていないらしい。

 結果、Cezzanneの量産も十分でなく、それもあって供給が改善するまでの間は在庫しているRenoirも投入しないと間に合わない、という苦肉の策と思われる。ちなみにABFはRyzen 5000GだけでなくRyzen 5000シリーズやEPYCなどにも使われるわけで、こちらの供給不足にもつながる。

 厄介なのはABFを利用したパッケージは別にAMDだけでなく、TSMCで7nmプロセスを使ったチップでは広く一般に利用されているようで、これらが全部供給不足に陥ることになる(おそらく5nmプロセスで製造したチップもだろう)。もちろん需要に追い付いていないだけであって生産が止まっているわけではないので、時間が解決してくれる問題ではある。

 ちなみにデスクトップ向けの方はやや遅れて投入(おそらく第2四半期中)になりそうである。ロードマップ図では「2021年4月?」と書いていが、6月末などの可能性もある。こちらもCezzanneとLucienneが混在する形になるようだ。

 なおこのRyzen 5000Gに関して言えばPro版だけでなく通常版がリテールマーケットに流れると思われる。そもそもRyzen 4000Gシリーズをリテールに流さなかった理由は「型番だけ見てるとRyzen 3000シリーズよりも性能が高いと誤解されるから」という側面もあったようで、それもあってVermeerコアはRyzen 4000シリーズをスキップしてRyzen 5000シリーズとして投入されたようだ。ここで同一世代のコアを持つCPUとAPUの型番を統合しておきたいわけだ。

 そしてRyzen 5000シリーズにRyzen 3がラインナップされていない理由は、Ryzen 3やAthlonなど低価格向けSKUはAPU統合が強く求められる分野であり、ここは今後APUでまかなう方向だからだと思われる。したがって、今年のAMDのラインナップは面倒な形になるようだ。

 その先の話をすると、おそらく第4四半期には5nmプロセスを利用したZen 4コアベースのRyzen 6000シリーズが投入されると思うのだが、まだこちらは詳細が一切わからない。ひょっとするとCESの基調講演の最後で“One More Thing”とか言ってラボで稼働するZen 4コアのデモとかが示されるかもしれないが、こちらはプラットフォーム変更も必要になるだけに、大がかりな話になるだろう(この話はまたいずれ)。

2019年~2021年のAMDプロセッサー ロードマップ

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