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なぜトーレスは世界中から愛されるのか、「神の子」の知られざる素顔

2018年12月05日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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フェルナンド・トーレス
トーレスは、甘いマスク、スリムな体型の一方、ピッチ上では泥臭く体を張る「強さ」も見せています 写真:YUTAKA/アフロスポーツ

ヴィッセル神戸へ移籍した盟友アンドレス・イニエスタとともに、J1の舞台でプレーする姿が世界中を驚かせたサガン鳥栖のフェルナンド・トーレス。甘いマスクとスピード感あふれる華麗なプレースタイルから、若くして「エル・ニーニョ(神の子)」と呼ばれた元スペイン代表のエースストライカーは、2年目となる来シーズンもサガンでプレーすると明言。サッカー人生で初めて残留争いを経験したサガンを、極東に位置する日本という国を、その中でも地方都市となる佐賀県鳥栖市を心から愛する34歳の素顔に、世界中の老若男女から慕われ、応援されてきた理由が凝縮されている。(ノンフィクションライター 藤江直人)

甘いマスク、スリムな体型の一方、
ピッチ上では泥臭く体を張る「強さ」も

 昌子源は3度驚いた。ホームにサガン鳥栖を迎えた、1日の明治安田生命J1リーグ最終節で実現したフェルナンド・トーレスとの初対決。ワールドカップ・ロシア大会で評価を急上昇させた25歳のセンターバックは、ピッチで対峙した元スペイン代表のエースストライカーに意外な第一印象をまず抱いた。

「正直に言うと、顔が小さくて……」

 甘いマスクでヨーロッパのファンを魅了し続けてきた34歳が持つ、モデルをほうふつとさせるようなスリムな体型。昌子はいわゆる「柔」のイメージを抱いたと明かして、試合後の取材エリアでメディアを笑わせた。しかし、実際にキックオフを迎えてしばらくすると、先入観は鮮やかに覆された。

 ワールドカップとヨーロッパ選手権でともに頂点に立った、スペイン代表で魅せてきたプレーだけではない。今も愛してやまない古巣アトレティコ・マドリードに加えて、リヴァプール、チェルシー、ACミランのビッグクラブで、スピードと加速力を武器としながらゴールを生み出してきた。

 しかし、カシマサッカースタジアムのピッチで、左腕にキャプテンマークを巻いてサガンを牽引したトーレスは違った一面をも見せる。身長186センチ体重78キロのボディには、世界と対峙してきた過程で刻まれたデータにはない「強さ」や「泥臭さ」も搭載されていた。昌子が続ける。

「全盛期のプレーをそれほど知っている、というわけではないですけど。それでもスピードがあるというイメージだったし、ガッチリしているとは感じていなかった。でも、最初のプレーでアプローチに行った時に強くて、これはちょっとヤバいと、今までの選手とは違うなと」

 クサビのパスを受けたトーレスの背中越しに、ボディコンタクトを介してプレッシャーをかけた。センターバックとしてのセオリーであり、ロシアの地で繰り広げた戦いを通しても手応えを得ていた。なのに、トーレスは動じない。なおかつ体を巧みに駆使して、ボールがどこにあるのかを昌子に見せない。

 ある場面ではトーレスの方から意図的に体を激しくぶつけてきた。その際に生じた衝撃を生かしながらトーレスが体を反転させると、気がついた時には目の前にスペースが生まれていた。一瞬のうちにトーレスに主導権を握られた駆け引きの上手さにも驚かされた昌子は、試合中に対処法を修正している。

 自分自身が生かされるのではなく、サガンのチームメイトたちを生かすために、泥臭く体を張ろうと歯を食いしばり続ける。そして、スコアレスドローに終わった一戦でトーレスがチャンスメイクに徹し、放ったシュートがわずか2本だった事実が昌子を最も驚かせている。

「もっとボックス内での勝負を楽しみたかったかな、というのが正直なところなんですけど……」

 ボックスとはペナルティーエリアのこと。相手ゴール前で勝負を繰り返してきた、いわば体に染みついたプレースタイルがサガンで変わった。正確に言えば、前代未聞の大混戦状態に陥っていたJ1残留争いの真っ只中で迎えた、残り5試合になってトーレスは自らの意思で変えた。

司令塔役不在のチームで“キャプテン”も
攻守両面で奮闘しJ1残留へ

 サガンは北海道コンサドーレ札幌、湘南ベルマーレに連敗を喫した10月6日の段階で、自動降格圏となる17位に順位を下げていた。そして、国際Aマッチウイーク明けのJ1再開を2日後に控えた10月18日に、大きな決断が下されている。

 2016シーズンからサガンを率いてきた、イタリア人のマッシモ・フィッカデンティ監督の解任が正式に発表された。すでに練習の指揮を執っていた、サガン鳥栖U-18の金明輝監督が正式に昇格。トップチームを率いた経験のない37歳の青年監督は、それまでのサガンに欠けていたピースを全員に求めた。

「現代のサッカーは、やっぱり走ってなんぼなので。相手を追い越して走るとか、そういった部分にはしっかりトライしてもらった。フェルナンドに関しても、90分間を通して運動量が増えたと思う」

 輝かしい肩書きを持つ超大物でも特別扱いはしない。背水の陣を敷いて臨んだ5試合を3勝2分けの無敗で乗り切り、最終的に5チームが勝ち点41で並んだ中で、得失点差で14位に踏ん張って残留を決めたアントラーズ戦後の公式会見。金明輝監督はトーレスに課したミッションを、運動量という言葉で説明した。

 もちろんトーレスも異存はなかった。自陣に戻って守備でも体を張り続けかと思えば、後半17分にはハーフウェイラインを超えたあたりから超ロングシュートを放った。アントラーズのGKクォン・スンテが前方へ大きく出ていたことを見逃さずに、一瞬の隙を突いた一撃はポストの左側をわずかに外れた。

 ヴィッセル神戸に加入したスペイン代表時代からの盟友で稀代のプレーメイカー、アンドレス・イニエスタに続いて世界中を驚かせた、アトレティコ・マドリードからサガンへの移籍。しかし、希望と興奮を交錯させて臨んだ新天地で待っていたのは、司令塔役の不在に導かれる産みの苦しみだった。

 J1で待望の初ゴールを決めたのは、デビューから8試合目だった。8月1日の清水エスパルス戦では、シュートを1本も放てないまま後半20分にベンチへ退いている。敵地IAIスタジアム日本平の取材エリアで、トーレスは「新しいチームに来たばかりなので」と前置きしながら、こんな言葉を紡いでいる。

「できればディフェンスラインの後ろにボールがほしい。今日も何回もラインの後ろに走ったけどスルーパスが来なかった。残念だけど、練習からチームで何回も合わせればコンビネーションはもっともっとよくなるはずだし、全員で頑張れば私のチャンスも来ると思う。難しいシチュエーションであることは理解しているけど、これまでも移籍するたびに、新しいチームメイトたちとコンビネーションをよくするための努力を積み重ねてきた。サガン鳥栖でも絶対によくなると信じている」

 試合中に悔しさや苛立った表情を浮かべるのは一瞬だけ。ストライカーなら誰でも胸中に抱くエゴイストの一面を、謙虚な人柄で覆い隠しながら昨日よりも今日、今日よりも明日を信じてきた。終盤戦では金明輝監督から託されたキャプテンマークを介して、フォア・ザ・チームの思いをさらに増幅させた。

 もしも最終節でアジア王者アントラーズに屈していたら16位に転落して、東京ヴェルディと対峙する8日のJ1参入プレーオフ決定戦へ回っていた。初めてJ1に昇格した2012シーズンから、国内最高峰の舞台で戦ってきたサガンに最大の危機が訪れていることを、今夏に加入したトーレスももちろん理解していた。

「勝つためにしっかりと準備してきたが、引き分けでも十分だということも分かっていた。もちろん勝つためにプレーしていたが、課された仕事は果たせたと思う。難しい状況だったからこそ、チームメイト、スタッフ、そしてサポーターもみんな喜んでいると思う」

 アントラーズ戦の後半終了間際まで攻守両面で奮闘したトーレスは、左腕に巻いていたキャプテンマークをMF高橋義希に託して、FW豊田陽平との交代でベンチへ下がって神へ祈りを捧げ続けた。数分後に訪れたスコアレスドローとJ1残留を告げる主審のホイッスルに、端正なルックスを思わず綻ばせている。

トーレスはなぜもう1年、
サガン鳥栖へ残留することを決めたのか

「アトレティコ・マドリードを離れると決めてから新しい挑戦ができる場所を探し、そしてサガン鳥栖に来た。残留争いという非常に難しい状況でプレーしたことがなく、ストレスフルな時期もあったが、新しい経験を積むことができた。日本に来る前より進化できたんじゃないか、と思っている」

 サガンとの交渉の過程で、ヨーロッパから見て東方の果てに位置する日本へ行くことも、日本のなかでもプロビンチア(地方)に位置する佐賀県鳥栖市でプレーすることも新たな挑戦として受け入れた。ただひとつ、今シーズンのサガンが置かれた状況に対してだけは、戸惑いを隠せなかった。

 加入が決まった7月10日の時点で、サガンは17位にあえいでいた。アトレティコ、リヴァプール、チェルシー、そしてミランでは経験したことのない戦いへ。最終的にはすべてを受け入れたトーレスは、身も心もすり減らす戦いを「新しい経験」とポジティブにとらえ、そして「日本に来る前より進化できた」と総括した。世界中の老若男女から愛されてきた、人格者の素顔がひしひしと伝わってくる。

 サガンとの契約は今年7月からの1年間。しかし、J1残留争いがいよいよ佳境に差しかかると、来年の去就に関するニュースが世界中を飛び交う。例えばイタリアの移籍専門メディアは、夏場にも獲得合戦を演じたオーストラリアのシドニーFCが、トーレスに興味を抱いていると報じている。

 だからこそ、17試合で3ゴールと数字としては物足りなかったものの、献身的な姿勢でサガンの残留に貢献してくれたトーレスの今後を誰もが気にした。アントラーズ戦後の取材エリア。核心を突く質問に「最初に言いたいのは」と前置きしたトーレスは、サガンに関わるすべての人々の心を震わせる言葉を紡いだ。

「少なくともあと1年は(サガンに)いるということ。もしかすると、(1年より)もうちょっと長くいるかもしれない。今はJ1に残留できたことをみんなと祝って、明日を迎えたら来年のことを考える。そして、いい休暇を取って、いいコンディションで戻ってきたい」

 もっとも、交渉に当たってきたサガンの運営会社、株式会社サガン・ドリームスの竹原稔代表取締役社長は「トーレスは残ると思います」と呪文のように繰り返してきた。その心は、竹原社長をして「クラブとして恋をした」と言わしめるほど、実直な立ち居振る舞いを見せたトーレスがのぞかせてきた本音にある。

「サガン鳥栖というチームを、そして佐賀県鳥栖市という町を心から愛してくれていることは事実なので。いろいろな報道が出ていますけど、他のチームに行くことはないと思っていました」

 トーレスはこれまでマドリードやロンドン、ミラノと大都会で暮らしてきた。それだけに、J3までを含めて54を数えるJクラブのホームタウンの中で、人口が約7万3000人と最も少ない鳥栖市で待っていた閑静な日々は、町中を自由に散歩ができる点を含めて新鮮な驚きがあった。すでに来日している最愛の家族、夫人と2人の子どもも鳥栖市を気に入っている。

「クラブはもとより、日本という国に対してもすごく満足している。来シーズンのサガン鳥栖はもっとよくならないといけない。日本における重要なクラブとなるために貢献していきたい」

 夏場から加わったがゆえに、今シーズンは準備期間もないまま戦いへ身を投じざるを得なかった。翻って来シーズンは、開幕前のキャンプから十分な時間をかけて、チームメイトたちのコンビネーションを熟成させる作業が可能になる。残留争いから一転して、タイトル争いに参戦できる日々を思い描きながら、トーレスは疲れ切った心と体へ新たなエネルギーを注入していく。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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