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パウエルFRB新議長が直面する「前門の虎、後門の狼」

2017年11月15日 06時00分更新

文● 井上哲也(ダイヤモンド・オンライン

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 11月2日、米国のトランプ大統領は、来年2月初めに任期満了となる連邦準備制度理事会(FRB)のイエレン議長の後任の議長に、パウエル理事を指名すると発表した。正式に任命されるには連邦議会上院の同意が必要であるが、上院議員からも目立った異論はないだけに、任命に向けた支障はないとみられる。米経済は長期の景気拡大が続いており、一見、順風満帆の船出になりそうだが、先行きを展望するとそうでもなさそうだ。

景気後退で再びゼロ金利のリスク
共和党には量的緩和策への不信感

 前回の本コラム「本命が消えた次期FRB議長人事にトランプ大統領の影」で指摘したように、トランプ大統領は、次期議長の条件として緩和的な金融環境の維持を望んでいるとみられる。これは、米国経済が堅調に拡大していることを考えれば、イエレン議長が進めてきた緩やかな利上げと、保有資産の慎重な削減という金融政策の「正常化」とも両立し得る。

 だとすれば、パウエル新議長は、イエレン議長によってセットされた金融政策の「正常化」路線を粛々と進めれば、トランプ政権との深刻な対立を招くことなく米国経済を導くことができる。しかし、現在のような景気拡大がパウエル新議長の任期(少なくとも2022年の2月まで)を通じて続く保証はない。

 米国のメディアの間では、パウエル新議長を「良識ある経済人」と評価する報道が目立ち、パウエル新議長の下で地道に金融政策を執行する「古き良き中央銀行」の姿がイメージされているが、果たしてそうだろうか。

 仮に景気減速が明確になれば、FRBは今年6月に公表した方針に沿って、まずは政策金利の引下げによって対応するだろう。ただ、その時点まで穏やかなペースで利上げが続いていたとすれば、十分な幅の政策金利が確保できているとは限らない。つまり、景気後退が止まらない中で利下げを繰り返すうちに、再びゼロ金利に直面する可能性は小さくない。

 もちろん、FRBはこうした可能性を十分認識しており、再びゼロ金利に直面した場合の政策オプションについて様々な議論を示してきた。実際にゼロ金利制約に直面してみなければ分からないにしても、少なくとも6月の方針や10月のイエレン議長の講演によれば、その際にはFRBとして再び量的緩和策──つまりバランスシートの規模や内容の変化を通じた金融緩和──を行うことを想定しているようだ。

 だが実は、このことがトランプ政権との対立に繋がるリスクがある。なぜなら、政権与党である共和党には、量的緩和に対する不信感が根強いからだ。

 その背景には、民間の経済活動に対する公的機関の直接介入を嫌う基本的な哲学が共和党にある他、過去の量的緩和が広範な資産価格に影響しただけに、FRBが経済活動におけるプレゼンスを膨張させることに対する批判的な意見があるようだ。その意味では、共和党の「量的緩和嫌い」は、金融危機以降に議会に提示した少なくとも4つの法案が、FRBによる金融政策の裁量を極力制限するためにルール化を求めている事実とも軌を一にする面がある。

 トランプ大統領自身による量的緩和についての考え方は、昨年の大統領選まで振り返っても必ずしも明確ではないし、最近はイエレン議長の政策運営をポジティブに評価していることを踏まえれば、量的緩和を毛嫌いしていないかもしれない。

 しかし、逆に見れば、量的緩和についてトランプ大統領が強い意見を持っていないだけに、政権与党の意向に流されるリスクが決して少なくない。さらに言えば、米国の市場関係者と面談すると、FRBは政権与党の量的緩和嫌いを十分意識しており、だからこそ量的緩和の結果として保有した資産の削減の開始を急いだのだとの指摘を受けることも少なくないし、一時は新議長の有力候補とされたウォルシュ氏が量的緩和嫌いだったことで注目されたことも記憶に新しい。

景気拡大長期化すれば
「緩和維持」の大統領と衝突

 一方で、パウエル新議長の金融政策が逆方向で、トランプ政権と摩擦を起こすことも考えられる。

 日本の経験が示すように、金融危機後の景気回復は勢いこそ強くないものの、緩やかだが長期の拡大を続けることになりやすく、米国も平均して見れば2%強の成長率に過ぎないなど、実際にそうなりつつある。そこに、法人と家計の実質的な負担の軽減を伴う税制改革が実現したとしたら、──長期間の3~4%成長といったばら色の世界でなくても──短期的には経済成長が加速することになるだろう。

 それによって、すでに逼迫している非熟練労働力への需要が増え、賃金上昇率が加速することになれば、すでに前年比で1%台中盤にあるインフレ率も、FRBにとっての警戒レンジに容易に入ってくることになろう。

 そこで、トランプ大統領が次期議長に求める条件である「緩和的な金融環境の維持」に反して、FRBが緩やかな利上げから転換して利上げを加速させることができるかどうかは大きな課題となり得る。

 これは、金融政策の独立性を巡る中央銀行と政権との「古典的な対立」でもある。

 冒頭で見たパウエル新議長の指名発表の際には、大変興味深いことにトランプ大統領もFRBについて「独立的な中央銀行」という表現を使った。本当に独立性に対する理解が定着しているのなら、経済のファンダメンタルズに照らしてFRBの判断に合理性が認められる限り、金融市場も、政権による政策運営への介入に対して不安定な動きをすることになり、それが結果的に政府への反対意思を示し、FRBの政策判断をサポートすることが期待される。

 それでも、パウエル新議長の率いるFRBが政権の意向に反して金融引締めを本格化しうるかどうかにはリスク要因がある。

新議長のサポート役で
注目される二つの人事

 その際の最大のポイントは、前回の本コラムでも指摘した理事会メンバーの構成だ。

 現状、FRBの理事会メンバーは、フィッシャー副議長が辞任した一方、クォールズ理事が任命されたため、定数7名に対して3名欠員の状況だ。イエレン議長が来年2月に理事も退任すれば欠員は4名になる。

 トランプ大統領の意向を映じた理事がこの後、続々と任命されたとしたら、FRBが上記のような金融引締めの必要な事態に直面した場合、政策決定の場である連邦公開市場委員会(FOMC)での議論や議決が分かれたり、メッセージが市場に十分伝わらなかったりして、金融市場自体も不安定化するリスクもある。

 このようにパウエル新議長の任期全体を展望した場合、金融政策の運営は決して容易でない課題が浮上するリスクがあるだけに、組織面では二つの人事の重要性が一層高まってくる。

 一つはFRBの副議長ポストだ。政権の意向にかかわらず、政策運営の合理性を国内外に対して発信する重要性を考えれば、法律家であるパウエル氏を補完する意味でも、副議長は影響力のあるエコノミストや経済学者など経済の専門家、あるいは政府と民間のいずれかの組織で活躍した経済人から選任されることが望ましい。任命における上記のような政治的影響を考えると不確実性は残るが、今後の人選が注目される。

 そしてもう一つの人事は、ニューヨーク連邦準備銀行の総裁だ。

 このポストはFOMCで常に投票権を持ち、金融政策の執行面からFRB議長を支えるだけでなく、金融市場に最も近い存在でもあるだけに、政策決定の合理性について金融市場の理解を得る上で最も重要な役割を負う。イエレン議長体制を支えてきたダドリー氏が2018年半ばでの退任を表明したため、すでに後任の人選が始まっているが、こちらは金融市場に精通し、市場関係者の敬愛を集める人材の選任が期待される。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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