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ヤマトが値上げの先に見据える“アマゾンとの交渉”の中身

2017年03月14日 06時00分更新

文● 西村 旦(ダイヤモンド・オンライン

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ネット通販の隆盛で物流現場は激変

ヤマト現場からの悲鳴「いつからアマゾンの下請けになったのか」

 宅配便最大手、ヤマト運輸の総量抑制を巡る動きが各メディアで連日報道されている。

 物流専門紙を発行する筆者としては、テレビを含めた一般メディアの過熱ぶりにいささか驚くと同時に、これが物流現場が抱える厳しい現状への理解が深まる契機になると思っている。

 今回の動きをひとことで要約すれば、ネット通販の急増によって配送現場の疲弊が臨界点に達したということだ。

 数年前からその兆候は見え始めていたが、昨年12月の年末繁忙期に至ってついに限界レベルを超えて“決壊”した。2月上旬に開かれたヤマト運輸労働組合の集会では、組合員から「我々はいつからアマゾンの下請けになったのか」と怒声に近い声も飛び交ったという。

 窮状を訴える現場に対し、長尾裕社長は2月21日付で社員に向けて発信したメッセージで、(1)ヤマト運輸にとって最大の資本である「人」を守るため、取扱数量の適正化を図る、(2)労働時間管理については、カウントを入退館管理に一本化し、シンプルに始業・終業を確認できる仕組みを早急に構築する、(3)多くの社員からの指摘を踏まえ、時間帯区分および再配達受付時間の見直しを行う――という3つの方向性を示した。

 おそらく、ヤマトはこの方針に基づいた具体的な施策を早ければ4月中にも示すことになるだろう。同時に「働き方改革」の原資ともなる宅急便の運賃を値上げする方針を打ち出すはずだ。

 今回の運賃値上げが一部報道にもあるように、個人利用者を対象にした基本運賃の改定にまで踏み込んだものになれば、1990年以来、27年振りのこととなる(消費税アップ時の値上げは除く)。このことが持つ意味は大きい。何故ならば、ヤマトにとって、個人向け運賃の値上げはタブーにも等しい行為だからだ。

小倉昌男会長が許さなかった「値上げ」

 前回の値上げ時に社長を務めていた都築幹彦氏から直接聞いた話だが、値上げを強硬に反対する小倉昌男会長(当時)に対し、辞表を懐にしのばせながら説得を続けたという。

 当時はバブル全盛であり、取扱個数の伸びに労働力確保が追いつかない中、やむなく値上げに踏み切ったという経緯があり、構図自体は今回に近いものがある。都築氏は「後にも先にも1回限りの値上げ」と主張し、なんとか小倉氏を説き伏せたという。

「サービスが先、利益は後」という企業理念が示す通り、利用者に不利益を与えることをもっとも嫌うのがヤマトのDNAだ。

 逆に言えば、そうした矜恃を捨ててまで値上げに踏み切らざるを得ないということは、同社が置かれた現状がそれほど切迫していることを裏付けている。

 もっとも、現在の個人利用の宅急便取り扱いは全体の1割程度であり、基本運賃の値上げによる収益貢献は限定的だ。

 筆者はむしろ、真の狙いは、アマゾンをはじめとする法人顧客対策にあると考える。聞くところによると、アマゾンは常に値上げにはシビアであり、仮に値上げを受け入れたとしてもサービスレベルのアップを交換条件として突きつけるという。

 そうした厳しい大口顧客に法人契約運賃の値上げを呑ませるには、宅急便の運賃体系そのものを変えることで理解を得る必要があるということではないだろうか。

 さらに、結論を急げば、アマゾンは値上げを受け入れざるを得ないだろう。何故ならば、数年前に佐川急便と決裂して以降、同社の膨大な荷物を運ぶことができる会社はヤマト以外にはいないからだ。

 厳しい時間指定ノルマや再配達の増加が長時間労働を引き起こし、配達員の疲弊を招いたことは想像に難くない。だが、これに加えてもうひとつ指摘しておきたいのは、ネット通販荷物の急増が配送現場の「創造性」を奪ったということである。

ネット通販の隆盛は何によってもたらされたか

 かつての宅配現場の働き方は、朝に営業所に届いた荷物を午前中のうちに配達し、午後からはエリア内の顧客を回って荷物を集荷するというのが基本パターンだった。

 ときにはライバル会社から荷物を奪ったり、顧客の困り事に対して新たなサービスを提案することもあった。顧客との会話の中からヒントを得て、新商品の開発につながったケースもあったと聞く。ヤマトの配達員が「セールスドライバー」と呼ばれる所以だ。

 だが、通販荷物が急増したことで、配達員は時間指定や再配達に追われ、セールスに時間や労力を割く物理的、精神的余裕がなくなった。特にアマゾンの配達を請け負うようになって以降、午後にも大量の荷物が波状的に営業所に届くようになり、夜間まで配達に追われるようになっているという。

 物理的な労働条件の悪化に加え、こうした仕事の質的変化も、現場が疲弊を深めている要素ではないだろうか。

 世界No.1の高品質を誇る日本の宅配便システムをつくりあげたのはヤマトであり、その功績についてはここで言を弄するまでもない。現在のネット通販の隆盛も、ヤマトをはじめとした高度な宅配便サービスなくしてはあり得ないものだ。

 通販事業者は、いま一度そのことに思いを致してもらいたい。今後は消費者のお得感をいたずらに煽るかのような「送料無料」の表示は慎むべきだろう。

 その一方で、ヤマトにも反省点はなかっただろうか。

「日本のわがまま運びます」――。ヤマトが1991年に放映していたテレビCMのキャッチコピーだが、筆者はそのフレーズを聞いたとき、若干の違和感を感じたことを正直に告白しておく。

 もちろん、個人間荷物が相当数を占めていた当時と現在では状況がまったく違う。ただ、「サービスが先」という理念のもとで新サービスを次々と打ち出し、結果として消費者を「やってもらって当たり前のサービス」だと“錯覚”させてきた。そこに盲点はなかっただろうか。

 サービス強化の果てにいまの現場の疲弊があるとするなら、そこに一定の抑制が働くべきではなかったのか。もっと早い段階で対策が打てたはずだとの思いは残る。

輸送にも「売り切れ」がある

 今回の事態は、宅配便という一般消費者におなじみのカテゴリーだったため、大きく報道されたが、物流業界全体に目を転じれば“氷山の一角”である。ヤマトに限らず、国内物流量の9割を担っているトラックはどこも深刻なドライバー不足に苛まれている。

 トラック産別労働組合、運輸労連の難波淳介委員長は「輸送にも“売り切れ”があることを広く認識するべき」と語る。

「ヤマトに限らず、トラック運送事業者の多くは、荷主からお願いされると無理をしてでも運び切ってしまっていた。今回の件は単にヤマト労使の問題にとどまらず、社会全体で物流をどうしていくのかというテーマを孕んでいる」と指摘する。

 折しも、政府の「働き方改革」で残業時間の上限規制を巡る議論が大詰めを迎えている。トラックドライバーを含む自動車運転者はこれまで、36(サブロク)協定の適用除外となってきたが、今回の規制ではトラックも適用される方向で議論が進んでいる。

 筆者もこの動きに賛成だ。たしかに、現状の勤務実態からすればハードルが高く、一定の猶予期間を設けることは必要だ。しかし、引き続きトラックが例外業種となれば、ドライバー職は長時間労働職種としてさらに敬遠され、ドライバー不足はますます加速するだろう。

 トラック業界の労働環境を改善していくためには、荷主企業の理解と協力が不可欠だ。輸送力を“湯水のように”使うことができた時代は、いまや完全に終わりを告げた。これからの物流戦略は、輸送力に限りがあることを前提にして構築していかなければならない。その切り替えができない荷主企業は競争力を失っていくだろう。

(『カーゴニュース』編集長 西村 旦)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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