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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第38回

【前編】『SHIROBAKO』プロデュース 永谷敬之氏(インフィニット)インタビュー

『SHIROBAKO』永谷Pの覚悟――「負けはPの責任、勝ちは現場の手柄」

2015年07月11日 15時00分更新

文● 渡辺由美子(@watanabe_yumiko) 編集●村山剛史/ASCII.jp

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(C)「SHIROBAKO」製作委員会

今だから言える
「『SHIROBAKO』の成否は賭けだった」

―― これは勝てると確信された――?

永谷 いえ、必ず勝てるとは、とても思いませんでした。

 アニメ業界ものがビジネスになるかどうかは、最終回が終わった後なのでハッキリ言っちゃいますけど、これはもう“賭け”でした。丁半バクチみたいなもので、成功か失敗かどっちに出るかはわからない。ただ、『花咲くいろは』は実績があったので、そういった意味では、捨て身ではなかったですけれども。

―― 賭けに勝利するために、永谷さんはどんなことをされましたか。

永谷 たとえば、ぽんかん⑧さんにキャラ原案をお願いしたいという提案をさせていただきました。

―― ぽんかん⑧さんの絵は、どんなところが『SHIROBAKO』に合っているとお考えになりましたか?

永谷 うちが手がける作品はオリジナルが多いので、キャラクター原案がかなり肝になります。面識のないイラストレーターさんでも口説いてくるのは僕の仕事なのですが、イラストレーター系の画集を見ていたりするなかで、ぽんかん⑧さんの絵がすごくいいなとずっと思っていました。

 その後、ぽんかん⑧さんがイラストを担当する『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』のアニメを拝見したのですが、アニメとしての色塗りが入った絵にも清涼感があったんです。アニメ業界はとかくブラックと言われがちだから、爽やかな風は入れていきたいなと。

地雷覚悟で

「アニメの視聴者は基本的に減っていくものだと思っていますので、そういった意味では最初の分母を最大限に取っておく必要があります」

永谷 爽やかな絵柄にしておくことで、表現をギリギリのところまでリアルなところに“地雷”覚悟で踏み込むこともできるかなとも思いました。アニメ業界について、理想論や美化はしたくないという方向性でしたから。

―― “地雷”ですか。『SHIROBAKO』の作品内ではどんなことが地雷だと思いましたか?

永谷 たとえば23話「続・ちゃぶだい返し」で、原作者と木下監督が直接対決する話は、物語としてはスリリングな丁々発止になりましたが、プロデュースサイドとしては冷や冷やしたエピソードでした。

―― 武蔵野アニメーションが作っている『第三飛行少女隊』の原作者である野亀が、アニメのオリジナルのストーリーに納得がいかず、制作をストップしてほしいと要請するところから始まって、木下監督が出版社に直接乗り込む、というお話でしたね。

(C)「SHIROBAKO」製作委員会

永谷 ひょっとしたら視聴者の方々のなかには、原作者って面倒くさいのかなと思った方もいるかもしれません。特に編集者の茶沢は、原作者の意図をアニメスタッフに伝えない悪い人物として描いたりもしました。

 それは物語の作り方として、最終的に木下監督と野亀がわかり合うシーンを描くために必要だったからなのです。

 僕らは、編集者はああいう人たちだと思っているわけではありません。現在、「電撃大王」誌で『SHIROBAKO』のコミカライズを連載していただいていますが“彼女たちの高校時代を描く”という方向性は、編集さんからの提案でした。それに対して「それ面白いですね、やりましょう」というようなコミュニケーションは常にできていると思っています。

―― お客さんやアニメ現場の“地雷”になるかもしれないと思いつつも描いたのはなぜでしょうか?

永谷 原作とアニメの良い関係を、ちゃんと見せたかったからです。

 原作者の野亀は「過去に1回アニメ化でミスっている過去がある」という設定にすることで、原作者の立場や心情をより明確に出しました。やっぱり原作者にとって、作品は自分の子どものようなもので、人に預けることには不安もあるし、いろいろと参加して言いたいことはあるだろうというスタンス。

 一方のアニメスタッフは、自分たちがこの原作の最大の理解者として、ファンに喜んでもらえるフィルムにするんだというつもりでアプローチを提案する。原作を一言一句そのままやらなきゃいけないとなってしまったら、そこにはクリエイティブな発想が出なくなってしまうので。

(C)「SHIROBAKO」製作委員会

 お互いに立場が違うところはあるけれども、「こうしたらどうでしょう」と提案するやりとりが実際に多くのアニメの現場で行なわれています。

 野亀のセリフで「自分の作品が誰かによってつくられる喜びを感じました」的なことも、アニメ制作側にも原作側にもお互いにあると僕は思っています。原作者とアニメ業界の溝というものが埋まっていく様子が描けていればいいなと。

 放送されるまでは冷や冷やしていましたが、お客さんからはおおむね「茶沢最高でした」という感想が多くて、水島さんのケレン味の部分をくみ取ってくださったことに、ちょっと安心しました。

―― 監督を原作者の元に行かせまいとする編集サイドが、ゴルフボールを飛ばしてくるという漫画チックな点も、ケレン味として出したものでしょうか。

永谷 僕は、あの辺は監督の照れかなと思っています。水島監督は原作ものをやることが多くて、(原作側と)いろいろなお話をする機会が多いと思うんです。

 ただ、シラフの状態で自分が普段やっていることを描くというのは、ちょっと恥ずかしいところもあったのではないかなと。プラス、相手をあまり傷つけない描き方をするための、うまいバランスのとり方として、ああいうシーンになったのかなと僕は思っています(笑)。監督に聞いたわけではないのですが。

 冷や冷やしたエピソードとしては、14話「仁義なきオーディション会議!」のキャスティングオーディションもそうでした。

(次ページでは、「この子を『SHIROBAKO』と一緒に伸ばしてあげたい」)

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