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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第230回

SoC技術論 プロセッサー製作のライセンス料とロイヤリティー

2013年11月25日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/

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互換CPUを自分で作るなら
アーキテクチャーライセンス

 ここまで説明したプロセッサーライセンスとまったく異なるのが、アーキテクチャーライセンスである。これは、ARMの特定の命令セットを利用した独自CPUを自由に実装できるライセンスである。

 ベンダーで言えばQualcommのSnapdragonシリーズに搭載されているScorpion/Kraitコアや、MarvellのFeroceon/Sheeva、NVIDIAが現在開発中のDenverなどが、このアーキテクチャーライセンスを受けて開発されたCPUコアである。

Qualcommの「Snapdragon」

 誤解がないように記しておくが、アーキテクチャーライセンスはプロセッサーライセンスとはまったく別物である。なので、例えばARM v8のアーキテクチャーライセンスを受けても「Cortex-A57」のコアは利用できないし、ARM v8のアーキテクチャーライセンスと「Cortex-A57」のプロセッサーライセンスを両方入手したからといって、「Cortex-A57」の中身に手を入れることはできない。あくまでアーキテクチャーライセンスは、ARM命令互換のCPUを自分で作る権利だけである。

 なぜこのような権利があるかは、インテルとAMDの長年に渡る特許論争を思い出せばわかりやすい。CPUは命令セットもそうだし、その命令セットを実現するための内部メカニズムもそうだが、いたるところを特許で保護しており、第三者が簡単にこれを利用できないようにしている。

 これはx86だけでなく、商用に使われるほとんどどのプロセッサーがそうである。そもそもARMそのものは互換プロセッサーに対して寛容な会社ではない。2000年にはARM互換のCPU IPを開発したpicoTurboを訴え、最終的にARMがそれなりの金額を支払って販売差し止めに関して和解した(ニュースリリース)。

 ほかにもnnARMやBlackARMなどいくつか互換コアはあるが、いずれも途中で消えている。その反面、ARMは大学などの研究機関にARMコアの教育機関向けライセンスを出したり、あるいはARMベースの独自実装の共同開発を行なっている。

 要するにARMの手が届かないところで勝手に実装されることに対しては極めて厳しい態度で臨むのがARMという会社の特徴でもあり、アーキテクチャーライセンスはこうした訴訟騒ぎになることなく、自社で独自アーキテクチャーを実装するための安全な手段というわけだ。こうした抜け道を用意するところが実にきめ細かい、というべきなのかもしれないが。

 ではそのアーキテクチャーライセンスを受ける側は何を目的としているのだろうか。かつてMarvellはFeroceonを発表するにあたり、「ARM v7コア※1のライセンス料は極めて高いので、我々はARM v6のまま高性能化することを選択した」と説明している。ただしこれは例外で、そのMarvellもSheevaではARM v7のライセンスを受けているので、あまり説得力がない。
※1:初代「Cortex-A8」のこと。

 むしろ、技術力に自信のあるベンダーにとって、ARMの提供するプロセッサーIPよりも高性能化できるめどがあれば、アーキテクチャーライセンスは非常に自然な選択である。ARM v8の場合、APM※2、Broadcom、Cavium Incの3社がすでにアーキテクチャーライセンスを受けている。
※2:Applied Micro Circuits Corporationのこと。昔はAMCCと称していたが、最近はAPMに略称が変わっている。

 APMは2004年にIBMからPowerPC 400シリーズの資産を買収して自社で製造するとともに開発も行なっており、Broadcomは同社が買収したNetLogic(が買収したRMI Corporation)がMIPS64ベースのネットワークプロセッサーを長年製造・販売している。Caviumも同じくMIPS64ベースの製品を長年自社で開発・販売しているベンダーだ。

 例えばBroadcomの「XLP II 900」は、20のMIPS64コアが集積され、各々のコアは4スレッドの同時マルチスレッディング構成という化け物である。

Broadcomの「XLP II 900」

 もっともCaviumも負けてはいない。最新の「Octeon III」は、まだ4コア構成で、各々のコアは4スレッドの同時マルチスレッディングが最高だが、これはローエンドから製品展開を行なっているためだ。

Caviumの「OCTEON III」

 前世代の「Octeon II」の場合、最大32コアのMIPS64ベースコアが集積されていた。どちらのメーカーもMIPSからやはりMIPS64のアーキテクチャーライセンスを受け、4命令のアウト・オブ・オーダー構成のコアを独自に開発していた。

 BroadcomやCaviumがARM v8のライセンスを受けたというのは、既存のコアをベースに命令セットをMIPS64からARM v8に載せ替えるためと考えればいい。こうした既存の資産を持つメーカーにとって、アーキテクチャーライセンスは非常に都合がいいわけだ。

 話を戻すと、中長期的な製品展開を考える場合、ARMからプロセッサーライセンスを受けるか、アーキテクチャーライセンスを受けるかの選択肢があるわけだ。

 AMDが現在開発中のSeatleことARMベースの「Opteron」では、「Cortex-A57」のプロセッサーライセンスを受けており、まだアーキテクチャーライセンスは取得していない。

 Andrew Feldman氏はその理由を「AMDはARMアーキテクチャー自身は初体験であり、最初は手堅くプロセッサーライセンスを受けることにした。将来はアーキテクチャーライセンスを取得する可能性はあるが、それがいつになるかはまだわからない」としている。

AMDのVice President兼サーバー部門のGeneral ManagerであるAndrew Feldman氏。元々はAMDが買収したSeaMicro社のCEOであった

 AMDですらいきなりアーキテクチャーライセンスを受けるには難易度が高いと認めているわけで、現状アーキテクチャーライセンスを受けてきちんと製品が出せるメーカーはそれほど多くない。

 逆に言えば、ここで敢えてアーキテクチャーライセンスを受けて差別化できる製品が作れれば、それは大きな強みになる。これは、そのメーカーがどのくらいの体力と技術力を持っているかで決まるわけで、このあたりも勘案しながらどちらのライセンスを受けるか決断することになる。

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