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3月19日、東京ミッドタウンのデザインハブで「テレビの未来」と題するセミナーを開催させてもらった。テレビをお題にセミナーをやる理由は前回記事も書いたが(関連記事1)、20世紀最強のメディア「テレビ」が、いま大きく様変わりしそうだからだ。2011年7月24日には、アナログ波が停止する。YouTubeやニコニコ動画に加えて、NHKオンデマンドなどの映像配信も始まっている(関連記事2)。なんとなく「ネットが絡んできそうだ」とは見当がつくのだが、あるべき未来のテレビが見えないと思う。
「メディア」という言葉はもともと霊媒(medium)の複製形(media)に由来する。ちょうど、コンピュータのソフトウェアなどで使われる「バージョン」(version)が、聖書の「~版」の意味だったのに似て、宗教的な雰囲気を持った言葉なのだ。メディアの語源に関しては、たまたまセミナー第二部の京都大学大学院教育学研究科 佐藤卓己准教授のトークの中でも出てきた。こんなところで宗教的な言葉が使われるのは、メディア技術が、時空を超えた本来スーパーナチュラルなものだからだとも思える。
グーテンベルグがブドウ絞り機から活版印刷機を発明したように、あるいは銀板写真がセルロイドフィルムが出てきて映画になったように、光電管やブラウン管ができたおかげで実用的なテレビが作られた。メディアというのは、ひたすらテクノロジーによって成立・進化してきたものなのだ。しかも、人々の文化や社会や政治などの営みは行ったり来たりを繰り返しているのに対して、テクノロジーだけは進化しかしない。
だから未来のテレビがどうなるかを問うときに、もっぱらテクノロジーの視点から見てみるのも価値がありそうだ。そこで、セミナー第三部では、オーディオビジュアル評論家で津田塾大学講師の麻倉怜士氏と、プレイステーションの生みの親ことソニー・コンピュータエンターテインメント名誉会長の久夛良木 健(くたらぎ けん)氏に語っていただいた。