人は生まれることだけが選べない
野村 次の、怪獣の後にインスピレーションを受けたのが、クワガタとカブトムシ。
宇川 これもね、最近って、南米のクワガタをようやく買えるようになってるじゃないですか。
野村 アトラスとか……。
宇川 90年代末ぐらいからとか。それまでは輸入が禁止されてたわけですよ。怪獣って空想の生き物なので、リアルに動いている生きてるのは存在しないじゃないですか。でもクワガタ・カブトムシって、未知なる領域の、人間と違うエイリアン的なフォルムをしてる存在で。
カブト・クワガタって生態系を崩すので、南米の種の強いクワガタ・カブトの輸入は規制されてたんですけど、途中からそれが出来るようになったと。「ムシキング」とかで流行って、そこから「今まで図鑑でしか見たことなかったアイツが所有できる!」ということで、一時期、カブト・クワガタを超買ってたんですよ。
野村 大人買いしてた。
宇川 大人買いしてたんですよ。ひどいよね。で、コーカサスオオカブトって強いって知ってたんですけど、さっき出てた。角がこういうふうに生えていて。あれ飼ってみたんですけど、やばい、ギャングスター。恐ろしいっすよ、コーカサスオオカブト。あれね、子どもがムシキングで流行ったからって言って購入するんだけど、恐ろし過ぎて飼えなくなって、いま公園とかに放して生態系が崩れていってるんですよ。
野村 繁殖力が強すぎて。
宇川 今までのカブト・クワガタが、樹液をすすってたクヌギの樹に来てしまうわけですよ、そのギャングスターが。「おらが町に南米のギャングスターがやってきた」みたいな。もう、ヤクザまがいな行為よ。
で、カブト・クワガタ、実際にコーカサスを飼ってみたんですけど、1日で脱走して。めっちゃくちゃ恐いですよ。水槽のフタ、栓抜きみたいに開けるんですよ、自分であの角で。めっちゃくちゃ力強いし、大の大人でも立ち向かえないみたいな。手に負えない怪獣なわけですよ。言ってみればね。子どもの頃は図鑑で見てたカブト・クワガタはもちろん所有できなかったんで、やっぱり日本のものをたくさん怪獣がわりに飼ってたという形ですかね。
野村 これもまた空想行為を具体化するってやつですよね。
宇川 はい。それとかなり近いことを。それと……強い種の、血統書の子どもを生ませるとか、配合していきつつ強い種を育てるという行為も、この時学んだというか。生き物と慣れ親しむというか。そこから進展したのがたぶんこれ(次の作品)だと思うんですよ。
最近僕がドローイングシリーズやってるやつなんですけど、「BIRTH DEATH EXPERIENCE」というタイトルなんですよ。それホワイトハウスというノイズのアーティストがあって、そのファーストアルバムのタイトルと同じなんですけど。これ何だと思いますか?
野村 これは……カブトムシから遠いところにいるような気もするんですけど。
宇川 そうでもないんですよ。何だと思いますか。難しいですよね。単なる曼荼羅に見えるんですけど、これね、ナウマン象が射精してる姿なんですよ。
野村 (笑)
宇川 ナウマン象って絶滅種なんですけど、これナウマン象のペニスの亀頭の部分。それから射精して精液が回ってると。ここから始まっているシリーズなんですよ。何をやってるかと言ったら、来場者の皆さんにアンケートを取って、そこに書いてもらいたい生き物を書いていくんです。そのアンケートボックスは800枚くらい溜まってるんですけど、手を入れて俺がランダムに選び取るんです。で、そのDNAを、連続性を持って描いていく。
ナウマン象の次に引いたのがオカメインコだったんですよ。引いたから、俺は書かないとならない。ライブで。で、この映像がすべて収録されているんですよ。描いてる手元には書画カメラで、描いてる行為が壁にでっかく映ってると。オカメインコって誰かが(リクエストに)書いたから、ナウマン象の遺伝子を持ったオカメインコを描かないといけないんですよ。
野村 ハイブリッドな感じなんですね。
宇川 この辺がナウマン象の毛になっていたりするんですよ。ハイブリッドでどんどんキメラを生んでいくと。次に引いたのが、シマウマ。オカメインコのほっぺたも引きずっているし、足がオカメインコになっていたりとか。
野村 ナウマンのDNAもここでは……
宇川 ナウマンのDNAはここでは出てきていません。また出てくるんですよ、徐々に。次に引いたのが、なんと女郎蜘蛛だった。ナウマン象、首のあたりに出てきてるでしょ。オカメインコのほっぺたはまだあると。ゼブラはお腹のあたりで。偶然、ゼブラ柄と女郎蜘蛛のパターンが一致してたんですよ。やばいでしょ。
次に引いたのがタコで、女郎蜘蛛と8本足同士で繋がっちゃったんですよね。怖いでしょ。蜘蛛の足になってるし、オカメインコは頭のあたりに出てきてますね。これナウマンがまた出てませんが、ゼブラから引きずったアウトラインが足のあたりに出てきてる。
次出てきたのがウサギ。タコから生まれたウサギなんですよ今度は。だから8本足のあるウサギで、微妙にオカメインコを引きずりながら……。
野村 言われてすぐライブで描くんですか?
宇川 描くんですよ。面白いのが、やっぱ男の子じゃないですか、ウサギって40歳になるまで1回も描いたことなかったんですよ。
野村 なんか、ちょっとこれだけ愛らしいですよね。
宇川 でしょ(笑) 童心に戻ってる絵というか。俺が次に描く絵がわからないんですよね。わからない状態に無理やり置いて、DNAをずっと伝承しながら今後ライフワークとしてやっていくんですよ。
これはね、何が面白いかといったら、俺は選び取れない。描くことしかできない。にもかかわらず誰かの意思が入ってるって感じなんですよ。それは何かといったら、生命誕生の神秘の原点というか。よく考えたら、人間や生き物すべて、生まれることだけが選べないんですよ。あとはすべて選べるんですよ。死ですらも選べるじゃないですか。
野村 まぁ……好きにはできますよね。
宇川 選択肢としてはあるというか。で、生まれることだけができない。その不条理な感覚を作品のコンセプトにしているというか。この作品自体も「生」だけは選べないんですよ。誰かが(リクエストを)書いて、俺は(リクエストカードを)選び取ったとしても、(リクエスト内容を)選び取ったわけではない。偶然、手が当たっただけなんですよね。そういうものなんだと思いますね。
野村 そういう生というものに対してのインスピレーションみたいな、元をただすとクワガタ。
宇川 クワガタとか、今から見せる鳥とか。
野村 じゃ次の……次のインスピレーションは言葉をまねる鳥という。
※後編に続く