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石井裕の“デジタルの感触” 第17回

石井裕の“デジタルの感触”

思考とツールのインピーダンス・マッチング

2007年11月11日 01時41分更新

文● 石井裕(MITメディア・ラボ教授)

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アウトラインプロセッサー


 長いMacとの付き合いの中で、最も使い込んだ考えるためのツールは、前回紹介したドローソフト「MacDraw」ともうひとつ、「Acta※1」というアウトラインプロセッサーである。

※1 '86年にデスクアクセサリーとして世に出た「Acta」は、その後長きにわたって開発が続いたものの、OS X対応版が登場することはなかった。しかし、その流れを汲んだアウトラインプロセッサー「Opal」が米A Sharp社より発売されいてる。また、クラシック環境で動作する「Acta Classic」はフリーウェアとして同社のウェブサイトで配布中だ。

 思考のツールに求められるものは、ツールがサポートする情報表現の柔軟性と人間の思考スタイルとの間の「インピーダンス・マッチング※2」である。つまり、考えた内容をロスすることなく、ツールが思考をどこまで表現しうるのかということだ。

※2 本来「インピーダンス・マッチング」は工学分野の基本原理のひとつであり、電気回路において送信側と受信側のインピーダンス(交流抵抗値)が整合した場合に伝送効率が最大になるということを示す。

Acta Classic

Outline Processor "Acta Classic"

 前回論じた「視考」においては、空間的な広がりを持ち、即興的な作図表現を支援するツールが重要な役割を担った。視考の上流ではその手になじんだフリップチャートとカラーマーカー、中流・下流ではMac上で動作するMacDrawが活躍した。

 一方、論理的な流れを重んじるテキスト系の思考では、階層リスト構造(ツリー構造)を基本としたアウトラインプロセッサーが威力を発揮する。古くは「THINKTANK512」(後の「MORE」)などのソフトがMac用アウトラインプロセッサーとして存在していたが、私が最も使い込んだ製品はActaであった。残念ながらOS Xの時代まで生き延びることはなかったが、長らくほとんどすべてのライティング作業や情報の整理に、このツールを使ってきた。なれ親しんだ習慣が途切れることはなく、現在はActaに代わって「Omni Outliner」を使う日々だ。

 アイデアのメモをとるとき、To Doリストを作成するとき、あるいは論文の構想を練るとき、アウトラインプロセッサーはさまざまな思考のシーンを支援してくれる。思いつくままにアイデアをリストとして打ち込み、ツリー構造を導入しながら徐々に情報を組織化していく。

 鳥のように高く飛んで森(情報構造の全体)を俯瞰しつつ、必要に応じて特定の木(情報のグループ)あるいは枝(個々の情報)まで急降下(ズームイン)。適切な詳細さで情報を編集し、また空高く舞い上がる──この繰り返しの中から、情報の組織化と論理の構築が進展する。アウトラインプロセッサーを駆使した思考の技術は、前回の「視考」と同様、現代人に必須の知的生産技術だと考える。

 「Microsoft Word」や「egword Universal」といった現在も店頭に並んでいるワープロソフトにも、その一機能としてアウトラインプロセッサーが搭載されている。アウトラインプロセッサーが思考のための重要な基本ツールとなると期待される一方で、この機能を駆使している人があまり多くないように思える。今後は情報リテラシー教育の中で、アウトラインプロセッサーを用いた知的生産の技術をしっかりと教え込むプログラムを導入していくべきだろう。


(次ページに続く)

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