メルマガはこちらから

PAGE
TOP

オープンイノベーションの落とし穴にハマらない エコシステムの在り方

「JAPAN INNOVATION DAY 2020」セッションレポート

 2020年3月19日、「JAPAN INNOVATION DAY 2020 by ASCII STARTUP」が開催された。新型コロナウィルスの影響で無観客となってしまったが、開催形態を映像アーカイブ配信に変えて実施されたので、その様子を紹介しよう。

 セッションB-4では、「大手とのオープンイノベーション&自治体が進めるベンチャーエコシステム スタートアップとVCが語る、知らないと失敗する落とし穴」と題して、エコシステム作りや大企業の協業についてディスカッションが行われた。

 登壇したのは株式会社Compass 代表取締役CEOの大津 愛氏と株式会社KVP 代表取締役社長の長野 泰和氏、そしてモデレーターはCon代表の権 基哲(コン キチョル)氏が務めた。

 権氏はもともと監査法人トーマツで会計監査やベンチャー支援をしていたが、2019年11月に独立し、現在は関西を中心にベンチャー支援家として活動している。権氏が大阪市のシードアクセラレーションプログラムを立ち上げた時に長野氏にメンターとして入ってもらったという。その第4期で採択されたのが大津氏というつながりだ。

 大津氏は以前、キャリアコンサルタントとして、引きこもりやニートを対象に、人材紹介で正社員として紹介する就労支援を行なっていた。2017年にはCompassを設立し、神戸に拠点を置いて、年収500万円以下の人にLINEを使ってオンラインでキャリアカウンセリングサービスを提供している。「最近、コロナの影響で内定取り消しが凄く増えていて、その相談が増えています」と大津氏。

 長野氏はシードに特化したベンチャーキャピタルKVPを2015年に設立。1号ファンドは投資し切って、30億円くらいの2号ファンドもできて投資活動をしているところだという。日本で最も数多くのシードを次のステージへ導くというミッションを持っており、大津氏のCompassにも出資している。

 「やはり、格差社会というのは課題なので、素晴らしいビジネスだと思って、プロトタイプのタイミングで投資させていただきました」(長野氏)

ベンチャーエコシステムの理想はお金が循環している状態

権氏(以下、敬称略):今回はエコシステムが大きなテーマですが、自治体や大企業、ベンチャーキャピタル(VC)で考え方がみんなばらばらじゃないかという気がしています。いかがでしょうか。

長野氏(以下、敬称略):4年前にKVPを設立しましたが、その前にもVCを立ち上げたことがあって、合計8年やっています。僕がVCを始めたときと今とでは状況が変わっていて、大企業の方でもベンチャーに興味を持っている人や投資をしたい人が増えてきています。

 昔はベンチャーといえばあまり信用できない怪しい人が多かったのですが、今はそこの境がなくなりつつあります。ベンチャーの活動に対して、参加している人の数が増えて、ベンチャーエコシステムが拡大しています。

権:ベンチャーエコシステムの理想ってどういう形ですか?

Con代表 権 基哲(コン キチョル)氏

長野:お金が循環していくというのが、ベンチャーエコシステムが回るということです。たとえば、何かの会社に投資をして、成功してリターンが返ってきて、さらにまた投資する。または、自分が投資してM&Aで億万長者になって、そのお金をエンジェル投資するといった循環ができているかできていないかというのがポイントです。

大津氏(以下、敬称略):うちはソーシャルベンチャーとして取り上げていただく機会も増えています。今までは行政の案件は入札で、プロダクトをつくる、相談を受けるところの事業などを切り離しながら、専門分野の会社に投げていました。今は、課題解決しようとしているスタートアップに直接連携のお話がきたので、それを作るための予算取りをするといった機会がもらえるようになりました。従来は受託といった上下の関係だったのですが、今は対等にシナジーがあるのではないかとご理解いただく機会が増えたと感じています。

権:大企業とかだとお金を投じてIPOやM&Aをしてリターンがあると思うのですが、自治体の方はどういう観点でベンチャーを活用する感じなのですか?

大津:よく神戸市さんが言ってくれているのは、スタートアップに関わることで、職員のモチベーションや意識がとても変わってきているということです。スタートアップと一緒に事業をやっている部署の皆さんは、すごくITリテラシーが高く、市民目線のところから視座を高くして日本経済に目を向けるようになったと褒めていただいています。

長野:そこについては大津さんの考えとは若干の乖離があります。我々は70社に投資しているので、成長するスタートアップと成長が遅いスタートアップの差異はわかっています。成長が早いスタートアップはPDCAのスピードが圧倒的に早いです。スピードこそ命です。

 僕らは色々な事業会社との資本業務提携をコーディネートしているので、各社の動向を読めます。たとえば、投資先から〇〇という会社と業務提携しようと思っていると相談されたときに、あそこは遅いから話半分に聞いておいて、他のところ当たろうなどと平気でアドバイスします。遅いところと付き合うというのは、スタートアップにとって悪影響でしかないわけです。

 投資先には、遅いプレーヤーと付き合うのはできるだけやめてほしいと思っています。十把一からげにはできないと思いますが、自治体は全体的に遅いです。スタートアップの命であるスピードを損なう可能性があると思うので、ある程度会社が成長してからでいいじゃないかな、というのが僕の考えです。

株式会社KVP 代表取締役社長 長野 泰和氏

大津:本当に遅いですよね(笑)。ただ、行政もスタートアップとの連携に力を入れているところがあります。私たちは、安心や安全が必要不可欠になってくるので、他のスタートアップに比べると相性がいいのかなと思います。

権:2014年くらいから行政としてもいろんな予算をベンチャーに対して付け始めています。大企業もオープンイノベーションに取り組み、コーポレートベンチャーキャピタルの設立が相次いでいるなかで、実際にどれだけ効果が出ているのかを教えてください。

大津:2016年くらいにピッチをさせていただき、そのあとで大企業の人と名刺交換すると、イノベーション事業部のような肩書がついている人が多くいました。でも、なかなか話が進まないということが多いので、結果が出ているのか、というと、まだなんじゃないかなと思います。

長野:プレーヤーは相当変わりました。たとえば、僕らがシードで投資をした企業がシリーズAに進む時、過去はほとんどVCでした。今は、僕らの投資先がシリーズAに進む率は84%で、さらにそのうち65%が事業会社のリードになっています。

権:デメリットはあるのですか?

長野:ベンチャーにとって大事なのは投資を受けて、事業に集中できることです。調達環境の全体を見ると非常にいいのですが、あまりにも投資プレーヤーがシリーズA、Bで混みあっています。我々のようなプレシードで投資するプレーヤーが少ないです。また、プレIPOラウンドになると、また極端に少ないです。今は投資家の多様性を損なっているエコシステムになっていると思います。

権:プレシードやシードに投資するところがもっと増え、上場前にもうちょっと金額を大きく張れる所が増えてくると、環境が変わるかなというところですか。

長野:そうですね。

権:スタートアップ目線でエコシステムに必要なところは何ですか?

大津:事業会社さんと話をする機会が増えていますが、ベンチャーキャピタルさんと温度感が違うなと思っています。投資をする側にとってはユーザー数や売り上げなどは大切な指標だと思いますが、事業会社さんはそれが占める割合が高いです。今後、その企業とのシナジーに力を入れるのか、とかを見られます。

株式会社Compass 代表取締役CEO 大津 愛氏

長野:今の話はよくあることで、たとえば、投資先の事業がうまくいかなかったのでピボットするとなったときに、ベンチャーキャピタルはどちらかというと人に投資したという感覚ですが、事業会社だと、シナジーありきで投資しているのだから、それは困ります、となり、最悪買い取り請求などのもめごとに発展することもあります。シナジーありきの前提の下での付き合いだということをスタートアップ側が理解していないと、痛い目をみることがよくあります。

権:大企業にギャップがあるという話ですが、ベンチャー側と協業するにあたって知っておいた方がいいことはありますか?

長野:色々なCVCの相談を受けるのですが、よく言うのが、結局ベンチャー投資は「千三つ」だと。ある程度投資しないと、成功するのは出てきません。事業会社とCVCでやりがちなのは、その会社に集中してしまい、失敗すると社内で責任者探しなどが始まったりして、皆不幸になるのです。ある程度確率論と割り切って活動しないと、痛い目を見ると思うので、失敗を許容しましょうと言っています。

大津:行政と一緒にやる時にベンチャー側から見て意外だったのは、行政の人って暇じゃないってことです。スタートアップとやりたいというのはすごい数の窓口から連絡をいただくのですが、それをやる人がいないということになるのです。すると、意識の高い方が、プラスアルファのボランティアのようにやります。

 しかも、スタートアップはリソースが足りなくて、VCの方からは時間のかかることはやるなと言われるわけです。すると、色々なところでお互いにフラストレーションが溜まってきます。たとえば、普通の企業さんに対するように、会う時間を密に求めてきたり、書類を提出してもらおうとしたりします。それぞれのカルチャーでどこまでをいつまでやるかという枠組みを作れると、お互いに助かるなと思いました。

長野:過去に一番大きい落とし穴だったのが、投資先を某社が結構いい条件でM&Aをしたいというケースでした。その役員レベルまでは口説いていこうとなったのです。決まる前提で他社とM&Aの交渉をしないでくれという覚書を締結したら、そのあと社内政治がどうのこうので全然進まなくて、結局社長がNOと言って流れたのです。その間、投資先はキャッシュをだらだら使って、生きるか死ぬかの感じになってしまいました。

 大企業の社内調整に付き合わされることってたくさんあるので、プランBプランCを持つということの重要性は意識した方がいいと思います。

権:この大企業は動きが遅いからやめておけよ、という話ってベンチャーの中で情報が回るじゃないですか。これって、大企業側の落とし穴でもありますよね。

長野:そうです。このビジネスって、レピュテーションベースなので、そのM&Aでトラブルになった会社には、二度とうちの投資先は紹介しないと心に決めています。

権:最後に、コロナの影響もありますが、今後のエコシステムがどうなっていくのか、というのを一言お願いします。

大津:コロナの影響はありますよね。人材をやっている以上は、打撃を受けるのかなと思いつつ、そこを同じように考えている企業さんと力を合わせながら、ピンチを乗り越えていく仕組みを作ろうと思っています。

長野:正直、コロナの騒動でうちの投資先も相当打撃を受けています。決まりかけていた資金調達が流れるケースが多発しています。僕は令和恐慌って呼んでいるのですが、かなり長引く可能性があると考えています。ベンチャーサイドに言えることは、キャッシュイズキングということです。この1年はお金を大事にして活動しなきゃいけない。調達ができない可能性があるということを踏まえて、活動する必要があります。


 スタートアップの大津氏とベンチャーキャピタルの長野氏による赤裸々トークは、生々しくてとても説得力があり、参考になるものだった。大企業とのオープンイノベーションというキラキラしたイメージも、しっかりとした知識と戦略がないと大トラブルの引き金になりかねないということがわかった。新型コロナウィルスの影響もあり、これまでにない状況に直面しつつある現在、スタートアップと大企業はいい関係を築いて経済を牽引していってほしいところだ。

合わせて読みたい編集者オススメ記事