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ROE経営の先導役「伊藤レポート」の続編がまるで注目されない理由

2017年12月28日 06時00分更新

文● 週刊ダイヤモンド編集部(ダイヤモンド・オンライン

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2014年に公表された「伊藤レポート」では、上場企業が資本効率を重視する「ROE経営」への機運の高まりに大きな役割を果たした。ところが、ESG(環境・社会・ガバナンス)をはじめとする長期投資の観点から論考をまとめた報告書「伊藤レポート2.0」が今年10月終盤に新たに発表されたものの、ほとんど注目されていない。その理由を探った。(『週刊ダイヤモンド』編集部 竹田幸平)

2014年8月に発表された「伊藤レポート」は「ROE(自己資本利益率)8%」という目標がクローズアップされ、コーポレートガバナンス(企業統治)の世界に大旋風を巻き起こした

大旋風を巻き起こした
2014年の「伊藤レポート」

「伊藤レポート2.0」――。2017年秋、経済産業省が新たに発表した報告書はこのように題されている。だが、その存在は当事者であるはずの運用業界の界隈でも、ほとんど注目を集めていない。

「伊藤レポート」といえば、14年8月に「ROE(自己資本利益率)8%」という目標がクローズアップされ、コーポレートガバナンス(企業統治)の世界に大旋風を巻き起こした。しかし、あのいわば「1.0」とは大きな温度差がある。

 当時は「8%を上回るROEを達成することに各企業はコミットすべきである」とのメッセージが反響を呼び、大手経済誌をはじめとするメディアもこぞって取り上げたことで大きな話題となった。この約100ページにものぼる「伊藤レポート」とは、経産省のプロジェクトとして運用業界や企業のIR関係者、大学教授などが討議を重ねた末にまとめられた最終報告書のことだ。

 ROEとは、純利益を株主の持ち分である自己資本で割って求める指標で、海外を中心に重視する投資家が多い。報告書では資本コストを意識した経営の重要性が説かれ、座長として議論を主導した伊藤邦雄・一橋大学大学院特任教授の名が冠されている。

 一方で、今回の「伊藤レポート2.0」。これは同じく経産省が事務局、伊藤邦雄氏が座長という形で設けられた研究会(14年の伊藤レポートと議論の参加者は異なる)が17年10月まで1年超、10回の議論を経てまとめた報告書だ。研究会の正式名は「持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会」。このところ運用業界で世界的に関心が高まっている、ESG(環境・社会・ガバナンス)をはじめとする非財務情報の扱いや、その視点に基づく長期投資などに力点が置かれている。

 全60ページにわたるこの報告書、最終章で8項目の「提言」もまとめられているが、率直に言って何が言いたいのか、すんなりと頭に入ってこない。提言の項目名は「1.企業と投資家の共通言語としての『価値協創ガイダンス』策定」「2.企業の統合的な情報開示と投資家との対話を促進するプラットフォームの設立」「3.機関投資家の投資判断、スチュワードシップ活動におけるガイダンス活用の推進」……といった具合だ。論点ごとに「提言・推奨」と踏み込んだ指摘がなされていた当初の伊藤レポートに比べると、論点整理に終始していると言わざるを得ない。

 何より「明確な数値基準が示されなかったことが残念」だと、ニッセイアセットマネジメントの吉野貴晶・投資工学開発センター長は言う。ESGの動向に以前から注目していた吉野氏は「長期的視点で企業価値を上げていくべきだとのメッセージは評価できるが、ESGの重要性は関係者にはすでに認知されている」として、影響力を持つためには今回の「2.0」で何かしらの数値目標を示すべきだったと話す。

 実は、研究会を取り仕切った経産省の幹部によれば、今回の報告書において「数値を示すかどうか議論があった」という。着目されたのは、株価が企業の純資産に対し何倍まで買われているかを示すPBR(株価純資産倍率)。これは株価を一株当たり純資産で割って求めるもので、理論的にはPBRが1倍を割れている会社は解散価値の方が高い。つまり、解散して資産をすべて処分すれば、株主は株価以上の利益を得られることになる。

 報告書では、このPBR1倍割れの会社が日本企業では38%存在するのに対し、欧州は15%、米国では5%に過ぎないことが指摘されている。これは「日本企業が生み出す価値に対する投資家からの期待が極めて低いことを示している」(伊藤レポート2.0)だけに、PBRに数値基準を設けることが議論された、というわけだ。

 だが、計算上の分子となる株価は企業業績のほか、日本経済のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)や需給など様々な要因で決定され、目標とはなりづらい。このため、最終的に具体的な数値を示すには至らなかったという。

そもそも低ROEの状況も
「伊藤レポート」から変わらず

 加えて、「2.0」の報告書で皮肉めいているのは、そもそも14年の「伊藤レポート」のメッセージが本当に日本企業に浸透したのかと疑われるデータが載っていることだ。

 PBRに関する項に続き、報告書ではROEの分析がなされている。これによると、TOPIX構成銘柄の中央値で見た場合、伊藤レポートが発表された14年度は7.64%だったのに対し、15年度は7.40%、16年度は7.65%。09年以降は改善傾向にあるとはいえ、リーマンショック後の持ち直しの影響も大きく、ここ数年は企業統治改革が進んできたと言われている割に、数値的な状況はほとんど変わっていないのだ。

「2.0」の報告書では「日本(のROE)は全体として低い水準にある」という傾向が「『伊藤レポート』で指摘された状況と大きく変わっていない」としながらも、その理由について詳細な分析は見当たらない。「伊藤レポート2.0」というキャッチーな名称とすることは10回の研究会の中ほどで決まったそうだが、当初から目標であるROE8%への足取りが未だ不十分な現状の詳しい検証こそ、必要だったのではないか。

 さらに言えば、報告書の位置付けも分かりづらい。「2.0」の公表に先立つ17年5月、経産省は企業価値の向上を目的として、企業経営者と投資家が対話を行って経営戦略や非財務情報を開示し、評価する際などの手引きとなる指針「価値協創ガイダンス」を発表している(これは先述の通り「2.0」の提言にも示されている)。経産省側は、「2.0」はESGはじめ長期投資の重要性を幅広く分析したもので、経営者や投資家が実務に活かす場合は「価値協創ガイダンス」を手引きや「共通言語」と位置付けて参照してほしいと説明する。

 だが、その望みも薄いかもしれない。日本投資顧問業協会が12月下旬に公表した運用会社など機関投資家200社超へのアンケート(調査は17年10月実施)によると、先の「価値協創ガイダンス」を「活用している」と答えたのは全体の4分の1。半数超が「活用していない」と答え、1割の会社は「今後も活用する予定はない」、全体のうち15社はそもそも「ガイダンスを知らなかった」と回答した。

「2.0」の報告書でも主題のESGに関しては、これを考慮することで投資パフォーマンが向上するのか、世界的にも明確な結論が出ているわけではない。それだけに、数値目標を入れるのが難しかったとの事情もある。とはいえ、ESGに基づく長期投資は世界的な潮流であり、その重要性はもっともなだけに、「伊藤レポート2.0」という目を引く表題を掲げたなら、位置付けや訴求点をもっと明確に打ち出すべきではなかったか。

 当初の伊藤レポートでは、「ROE8%」という言葉が独り歩きした側面もあったものの、コーポレートガバナンスの改革を促す意味でインパクトは大きかった。「2.0」は効果的な打ち出しがされず、「看板倒れ」に終わってしまった感が否めない。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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