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三菱UFJが子会社でフィンテックを推進する2つの理由

2017年11月28日 06時00分更新

文● 週刊ダイヤモンド編集部(ダイヤモンド・オンライン

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11月6日に「ジャパン・デジタル・デザイン(JDD)」の開所式が行われた Photo by Takahiro Tanoue

「乾杯!」の合図とともに始まった喧噪もつかの間、会場に集まっていた銀行員たちの視線は、ステージに登壇した人物に吸い寄せられ、一瞬にして静寂が訪れた。

「学生時代からeコマースサイトを立ち上げ――」という言葉からから始まったわずか3分足らずのスピーチ。話し手は、楠正憲氏だ。

 楠氏といえば、マイクロソフト(現日本マイクロソフト)やヤフーなどIT企業で要職を歴任しながら、政府では情報化統括責任者(CIO)補佐官などを務め、マイナンバー制度の構築などといった功績を残したことで知られる人物。

 情報セキュリティやブロックチェーン分野への造詣が深く、今回、三菱東京UFJ銀行の持ち株会社である三菱UFJフィナンシャル・グループ(FG)が立ち上げた新たな子会社、「ジャパン・デジタル・デザイン(JDD)」の最高技術責任者(CTO)に着任したことで、業界の話題をさらった。

 このスピーチは、11月6日に行われたJDDのお披露目の場でのもの。会場にいた銀行員の大半にしてみれば、楠氏の話は、自分たちと“異次元”の物語のように感じたことだろう。また、楠氏が技術部門の責任者に着任したことで、上原高志JDD社長は、「社内のエンジニアのモチベーションを高めるだろう」と期待を寄せる。

 では、このJDD発足の意味することは何なのか。言わずもがな、金融業界には、金融とテクノロジーの融合を示す「フィンテック」の荒波が押し寄せている。

 例えば、これまで銀行が担ってきた決済分野では、米国の「PayPal」(ペイパル)に代表される銀行口座を介さない決済サービスが誕生。また、資産運用の分野では、資産配分や投資商品の買い付けまで機械が自動で行うロボアドバイザーと呼ばれるサービスが、続々と登場している。

 これまで金融機関が担ってきた既存のサービス領域は、今まさにフィンテックの名のもとに置き換わろうとしているのだ。

 無論、三菱UFJFGも、手をこまねいてきたわけではない。

 2016年1月にデジタル戦略を担う組織、「イノベーション・ラボ」を立ち上げ、自らフィンテック事業の開発に力を入れてきた。

 だが、ラボの立ち上げから2年近くが経過した今、100億円規模の予算があったにもかかわらず、目立った業績を挙げるには至っていない。最大の理由は、ラボが内部組織であるという点だ。

「JDDは(銀行)本体から完全に切り話す」――。三菱UFJFGの平野信行社長は、こういい切る。

 すなわち、内部組織であるラボでは銀行内部の障壁に阻まれ、思うような成果が挙げられない。そこで、外部組織であるJDDを立ち上げるというわけだ。

 では、銀行内部の障壁とは何か。大きく二つある。

 1つ目は、銀行という組織そのものだ。従来、銀行といえば、失敗が許されない減点主義の環境にある。それ故、新規事業を立ち上げる際にも、「プランニングばかりで、事業化するまで遅い」(メガバンク幹部)と言われてきた。

 もっとも、ラボでも、そうした課題を解決しようとしてきた。例えば、予算の確保。銀行では1ヵ月かかるものがラボでは1週間、3ヵ月かかるものが1ヵ月で決定できるといった具合に、優遇処置が取られていたからだ。

 だが、ラボの所長とJDDの社長を兼任する上原氏にすれば、そのスピード感でも不十分だった。プロジェクトの試行錯誤の方に時間を割くためには、予算取りは「せいぜい1日か2日で決めたい」と考えていたからだという。

 既存の銀行のやり方から離れる必要がある――。上原氏が抱えていたこうした問題意識は、三菱UFJFGの経営陣に伝わった。平野社長は、顧客目線のサービスを生み出すには、「銀行という組織の枠に縛られない、自由な発想とスピード感をもった開発が必要」と反省の意を込める。

 今後、JDDは、銀行の外部組織として独立することで、予算の使い方や開発の決定権は社長の上原氏に委ねられる。実証実験の途中でもサービスの内容を修正できるようになるなど、より開発がスムーズに進むことになるだろう。

 次に、二つ目の障壁は、平野社長が「銀行という雇用制度の中では問題が多かった」という、外部のIT人材の採用だ。

 実は、これまで銀行という看板で人材募集を掛けても、思うようにエンジニアは集まってこなかった。そこでJDDが外部組織となることによって、今後は、上原氏やCTOに就任した楠氏のネットワークを最大限に活用したエンジニアを確保し、外部委託してきた多くの作業を内省化する考えだ。

 加えて、フリーランスの技術者も活用し、事業開発を手伝ってもらうという。既存の銀行では想像すらできない雇用形態だが、外出しされたJDDならば、可能になるというわけだ。

二大障壁の解決に乗り出したメガバンクたち

 何もこうした2つの問題を抱えているのは、三菱UFJFGだけではない。他のメガバンクグループも同じで、すでにデジタル化の波に乗り遅れまいと、それぞれが動き出している。

 銀行の“外”に新しい組織を立ち上げる動きでいうと、今年6月30日に、みずほ銀行がベンチャー投資会社WiLと共同で設立した、新会社「Blue Lab」がこれに当たるだろう。目的は、ITを駆使し、銀行内外を問わず新しいサービスを作り挙げること。

 このBlue Labは、みずほ銀行の持ち株会社であるみずほFGからの出資比率は、15%未満に留まる。まさに、銀行の制約を受けずに自由な発想で事業連携することが、その狙いだ。

 実際、発足して1ヵ月足らずの7月25日には、民泊仲介サービス大手Airbnb(エアビーアンドビー)と業務提携を結んでいる。

「銀行主体で行うと、銀行の取引先にホテルがいるのに民泊を支援してもよいのか、という意見が出ただろう」(Blue Labの社長を務める山田大介・みずほ銀行常務執行役員)。その言葉が示すように、スピード感ある業務提携が実現したのは、銀行の外にあったからに他ならない。

 また、もう一つの外部のIT人材の確保については、今やどのメガバンクグループにとっても、大きな課題となっている。

 ソフトウェアロボットによる事務作業の効率化(ロボティック・プロセス・オートメーション=RPA)の活用という点で他のメガを先行する三菱UFJFG。目標に掲げる「9500人分の業務量削減」に向けて、大規模なエンジニアの中途採用を行うことで200人規模のRPA部隊を構築する計画だ。

 一方、三井住友FGは、今年9月にデータサイエンティストの育成を目的に、滋賀大学と連携を発表。こちらは新卒採用という形で、優秀な理系人材の獲得に動く見込みだ。

 このように、それぞれがIT人材の囲い込みのために動き始めている。だが、エンジニアやデータサイエンティストは銀行のみならず、あらゆる産業で引く手あまた。IT業界では、銀行という重い看板がむしろ足かせとなりかねない中、熾烈な人材獲得競争が繰り広げられることは間違いないだろう。

JDD社長が描く“脱銀行”の戦略

うえはら・たかし/1972年生まれ。東京工業大学工学部卒業後、95年に旧三和銀行入行。2016年1月にデジタルイノベーション推進部イノベーション・ラボ社長を経て、今年10月より現職 Photo by T.T

 三菱UFJFGが立ち上げた「ジャパン・デジタル・デザイン(JDD)」では、事業開発と人材採用の戦略をどう変化させていく考えなのか社長の上原高志氏に直撃した。

――JDD設立の背景には、銀行の内部組織であるイノベーション・ラボでは、事業開発のスピード感と人材獲得に限界があると聞きます。

 事業開発については、スピード感もそうですが、予算の確保のために1週間や1ヵ月をかけてしまうことで、エンジニアの時間を余分に割きたくないという気持ちがありました。

 エンジニアには、プロジェクトの開発に時間をかけてほしいところなのですが、予算を確保するために、プロジェクトを手で動かしているものとしての意見を聞く必要があり、その工程にエンジニアの時間を割いてしまっていました。

 もちろん、銀行の経営陣にも最低限は納得してもらうことが必要ですが、イノベーションを生み出す予算を取るために、銀行というレガシーの存在から、これまで銀行が提供してきたサービスとは異なるものを納得してもらうという形をとっていると、どこかで矛盾が生じて、その分、余分に時間がかかってしまいます。

 こうした問題を解決するためにJDDでは、予算配分の決定は私だけでできるようになっています。

 また、銀行本体だと、採用の予算は人事部が持ち、事業開発の予算は経営企画部持つといったように、予算の捻出先が分かれていましたが、今後はこれらの予算の執行をまとめて私が判断できるようになります。この点も、新しい会社をスタートダッシュさせる上で重要だと考えています。

――人材採用の面における問題点は何でしょうか?

 一番の問題は、私たちが必要とする人材にとって、銀行が就職の範囲内に入っていないことでした。エンジニアは、LINEやサイバーエージェント、クラウドワークスやガンホーなどに入社したいわけで、私たちが大々的に募集をかけても応募してくれません。

 だからこそ、JDDというこれまでとは全く異なるブランドを立ち上げました。私自身の人脈や、CTOの楠などのネットワーク上で募集をばらまいて、「あの人がやっている会社なら」と来てもらえないかと考えています。

 楠も、Facebook上で3000~4000人ほどと繋がっていますからね。

――具体的に、今後はどのような人材獲得や採用戦略を取っていくのですか?

 プログラマーやウェブデザイナーといった人材を30人ほど獲得する予定です。その分の予算として、10億円ほどの人件費を計上しています。

 また、今後、開発は内製化することになります。これまで社外のエンジニアに外部委託費として支払っていた経費が、内部に振り分けられるイメージです。

 JDDの給料は、メガバンクよりも、他の企業のエンジニアより高くする予定です。

 もちろん、採用にあたっては、応募者に実際に簡単なプログラムを書いてもらったり、すでにGitHub(世界中の人が、自分が作成したプログラムコードを公開できるウェブサービス)に公開されているものを見たりして、それなりに質の高い人材を求めます。

 ですが、面接自体は、最短1日で決めることもあります。結局、そんなに石橋を叩いてみてもわからないものですから。

――今後、他のメガバンクやIT企業と、人材獲得競争が起きるのではないでしょうか?

 すでに人材確保については、グローバルで競争が始まっています。タイ、インドネシア、ベトナム出身のエンジニアの活躍の場が広がっています。私たちもそういった人材を採りにいきます。

 また、サービス競争の面について、私と三菱UFJFGの経営陣は、他のメガバンクの動向は見ていません。むしろ、競争相手としては「GAFA」と呼ばれる企業(Google、Apple、Facebook、Amazonの頭文字)を見ています。

 他のメガバンクの動向ばかり見ていると、どこかが新しいサービスを開発しても、抜きつ抜かれつの競走にしかならず、その繰り返しなので仕方がありません。それくらいの進歩ではいけないと思うほど、デジタル化の波への危機感は高いのです。

 JDDを立ち上げたのも、時期として早すぎるという感覚はありません。むしろ、ようやくここまで来たか、という思いです。

 これからは、半年や1年という短いサイクルでサービス開発への取り組みを見つめ直し、より良い形を探して行きます。

――すでに、「移動式ATM」の開発を打ち出しましたが、他にはどのようなサービスを考えていますか?

 まだ具体的なものは挙げられませんが、今やっているものは、三菱UFJFG内のカード事業を行う三菱UFJニコスや消費者金融を担うアコムと事業範囲が重なるため、彼らが怒るものばかりです。

 今後は、親会社の三菱UFJFGと喧嘩してもいいと思っています。実績だけを見ると、スランプですが(笑)。今後も、とにかく打席の数にこだわります。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 田上貴大)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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