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福島の被曝調査で分かった安全基準の過剰、除染の意義揺らぐ

2017年03月22日 06時00分更新

文● 週刊ダイヤモンド編集部(ダイヤモンド・オンライン

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いまだ7万9000人が避難生活を送る福島県。住民が全町・全村避難を強いられる多くの自治体で、この春一斉に避難指示が解除される。そんな中発表されたある英語論文が福島の放射線問題の関係者に静かな衝撃を与えている。原発事故後に、政府が避難や除染の目安としてきた、住民の外部被ばく線量の推定値が、実測値より大幅に過大だったことが明らかになったのだ。(「週刊ダイヤモンド」編集部 鈴木洋子)

 JR福島駅から阿武隈山地の裾野に抱かれた桃の果樹園を眺めながら、ワンマン運転の阿武隈急行に揺られること30分で伊達市に到着する。福島市のベッドタウンであり、東京電力福島第1原子力発電所から約50キロメートル離れた農業が盛んな地域だ。伊達市では、約6万人の市民ほぼ全員が参加して、ガラスバッジ(個人線量計)を使った個人ごとの積算外部被ばく線量の測定が行われてきた。

 ガラスバッジはガムやミントタブレットの外箱ほどの大きさの機械で(下写真)、これを首から堤げるなどして身に着けて生活すると、一定期間に自分がどのくらい外部被ばくしたかが計測できる。放射性物質の拡散による住民の被ばくを心配した県内の自治体がガラスバッジを住民に配布する例は多かったが、伊達市ほどの数を配布したところはほかにない。

 市は配布したガラスバッジを定期的に回収して、個々人が調査期間中どのくらい被ばくしたかを測定してきた。

 昨年12月6日。こうして集まったデータを、個人情報を消したビッグデータ化した上で分析した、宮崎真・福島県立医科大学助手と、早野龍五・東京大学教授の共著による英語論文が、英国の放射線関連の論文サイト、Journal of Radiological Protectionに掲載された。専門論文のサイトでありながら全世界で2万4000以上ものダウンロード数を記録したこの論文で分かったのは、「これまで政府が除染・住民避難の根拠としてきた外部被ばく線量は、実態よりかなり大きく見積もられていた」ということだ。

 論文では、上記の伊達市の実測値のデータを、同時期に政府が行った航空機による上空からの放射線モニタリング検査のデータと比較。その結果、住民の外部被ばく線量は空間線量(地上1メートルでの1時間当たりの放射線量)に「0.15」を掛けた数値となり、国が設定した「0.6」という係数の4分の1にとどまったのだ。

 ちなみに国の0.6という係数は、「1日のうち屋外に8時間、屋内に16時間滞在」と仮定して設定されている。その根拠となっているのは、「空間線量を毎時0.23マイクロシーベルト以下に下げれば、年間の外部被ばく線量を1ミリシーベルト以下に抑えることができる」という、机上の計算だ。県内の除染は、この0.23という数値を達成することを目標に行われてきた。

 加えて、同じサイトで近日公開される第2論文では、第1論文で得られた空間線量と個人の外部被ばく線量の関係係数、およびそれが年月を経てどのように減衰するかの傾向を基に、その地域で生活する住民の生涯積算被ばく線量を試算した。

 結果、伊達市内でも空間線量が高い地域の住民がそこに70年間住み続けたと仮定した中央値は18ミリシーベルトで、国が住民に避難指示を出す根拠としている年間20ミリシーベルトに達しないことが判明した。また、居住を継続した人の9割は、70年間の推定積算被ばく線量が35ミリシーベルト以内に収まることも分かった。

 人は大地や空中などからの自然放射線により生涯で約45ミリシーベルト被ばくするといわれている。つまり、原発事故で放射性物質が拡散した今回の調査地域に一生住み続けても、積算被ばく線量は自然に得るものとほぼ変わらないということになる。

論文が揺るがす除染活動の効果と避難指示の根拠

 第2論文ではさらに衝撃的な結果が明らかになった。ガラスバッジ調査を基に、伊達市で2012年10~12月に環境省のガイドラインに基づいて行われた除染の結果、個人の外部被ばく線量がどの程度変化したのかを調べた。すると、除染後の空間線量は60%下がったが「対象となった家屋に住む住民の個人被ばく線量は、集団として見た場合、期待したほど大きく下がらなかった」(宮崎助手)のだ。

 そもそも外部被ばく線量は、個人の生活習慣によってかなり違ってくる。例えば、もともと屋内で過ごす時間が長い人にとっては、除染による屋外の空間線量の低減はあまり意味がない。

 また、空間線量が時間の経過で自然に減衰する度合いと、外部被ばく線量が減衰する度合いはほぼ同等であることも分かった。しかし、すでに線量が低い地域での減衰は鈍い。つまり除染は線量がある程度高い時期や高い地域については効果があるものの、個人の外部被ばく線量を全体として低減するという、除染本来の目的を達成するには至っていないのだ。

 個人の外部被ばく線量は空間線量だけでは明らかにならず、それのみを基準にした避難区域の設定の方法にも問題があった、ということが、実測値を基にした今回の論文であらためて証明された形だ。

「安全側に過剰な規制」だから問題がないかというと、決してそんなことはない。本来であれば不要だったかもしれない避難生活を送る中での精神的ストレスが原因と思われる福島県内の震災関連死者数は、現在までですでに2000人を超えている。この間、被ばくが原因での死者は一人もいなかったにもかかわらずだ。

 今回の論文では、空間線量だけではなく個人の被ばく線量と突き合わせることで、適切な避難や除染の計画を立てる手法が有効だと分かった。この3月末で避難指示が解除される多くの自治体や、さらにまだ解除される見通しの立たない地域で、こうした知見が応用できるのではないか、と関係者は期待する。

 福島県内で費やされた除染費用はこれまでに累計で4.4兆円に上り、各自治体は事故から6年後の今も、まだ独自の除染活動を続けている。本来であれば外部被ばくを低減するための除染活動が、目的を果たしていないということが実測データで明らかになった。国や環境省はこの事実を真摯に受け止め、自らが定めた過剰な基準に拘泥せず、あらためて今後の除染の在り方について問い直す必要がある。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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