テクニカルクリエイターとはどんな仕事なのか? サイバーエージェントでチーフ・クリエイティブディレクターを務める佐藤洋介さんに話を聞きました。
テクニカルクリエイターは「役職」ではなく「役割」
——「テクニカルクリエイター」職の新設を発表したのが昨年12月(日経新聞)。現在、求人中とのことですが、反響はどうでしょうか?
最近では結構、応募があります。「もともとFlashをやっていたけど最近仕事がない」とか「デザイナー出身でフロントエンドにもこだわりたい」とか…キャリアに悩むクリエイターの駆け込み寺みたいになっていますね(笑)。
厳密には「テクニカルクリエイター」という職種が社内にあるわけではないので、実際はデザイナーかエンジニアとして採用されますが、制作会社でデザイナーをしていて、HTMLやCSSも書いていて、3Dのモデリングもできる…そんなテクニカルクリエイターを意識した方が応募されています。
——あらためて、テクニカルクリエイターとはどんな人材なのでしょうか?
ひとことで言うと、“一人多才(いっとたさい)なクリエイター”。デザイナーにせよエンジニアにせよ、一人でいろんな技術に明るい多才な人ということですね。
サッカーで足が速いディフェンダーをリベロと呼びますが、本来ならリベロだけじゃなく、みんな足が速いほうがいいじゃないですか。より良いアウトプットのために、技術の垣根を越えてクリエイティビティを発揮できる人が、僕らが考えるテクニカルクリエイターです。
——フルスタックエンジニアのように、何でもできるスーパーマンを生み出したいということですか?
いいえ、そうではありません。いろんな知識を満遍なく持つ人を求めているのではなく、デザイナーかエンジニアに軸足は置きつつ、その時々によって持ち味を生かす人がテクニカルクリエイター。ずっと上がりっぱなしのディフェンダーはいらないですよね(笑)
よく誤解されるのですが、中途半端にいろんなことが広く浅くできる「器用貧乏」ではなく、あくまでも何かの技術に長けたスペシャリストが、アウトプットの質を高めるために職域を広げる感じ。そういう意味で、テクニカルクリエイターは職種ではなく役割なんです。
「デザインだけ突き詰められる人って、もういないんじゃないかな」
——「デザイナーもコードを書けるべき」という話はよく出ますが、サイバーエージェントでテクニカルクリエイターを作ったきっかけは何だったのでしょうか?
5年ほど前になりますが、Amebaの事業戦略としてたくさんのコミュニティサービスを作っていた時代があって。年間100本ぐらいアプリを作って、AmebaのIDでユーザーを呼び込みAmeba内を回遊させるという戦略だったので、開発手法としてWebViewを使ったいわゆるハイブリッドアプリの手法を採用していました。
でも、実際にはその戦略には限界があって、個々のアプリのファンを作っていく方針に転換したんですね。ちょうど、音楽配信アプリの「AWA」を作った2年ほど前から、フルネイティブで単体のアプリを作り込むようになった。スマホゲームもブラウザーゲームからネイティブアプリにシフトした時期でもありました。
ネイティブアプリになると、表現の幅も広くなって、クオリティの高いアプリがどんどん出てくる。すると、デザイナーも静止画だけでなく動きとセットで考えないといけなくなったんですよね。僕らは「デザイナーに羽が生えた」と呼んでいるんですけど、このとき台頭してきたのが、もともとFlash開発をやっていたような、デザインだけじゃなくエンジニアリングもできる人たちだったんです。
——ネイティブアプリを作る上で、デザイナーとエンジニアの世界が入り混じるようになってきたと。
スマートフォンアプリが始まって5年くらい経って、ちょうどみんなキャリアに悩んでいる時期でもあると思うんですよね。「このままデザインだけやっていていいのか」とか。もうデザインの世界にアニメーションやインタラクションが入り込んできているので、(静止画としての)デザインだけを突き詰められる人って、もうこの業界にはいないんじゃないかな。
逆にデザインに詳しいエンジニアも増えていて。マテリアルデザインはAndroidのエンジニアのほうが断然詳しかったりしますし、エンジニアとデザイナーがお互い教えあう環境になっていますね。
エンジニアとデザイナーの共通言語を増やしたい
——テクニカルクリエイターがプロジェクトに参加することを、エンジニアは嫌がったりしませんか?
大前提として、エンジニアの持っている技術や知識量を尊重します。テクニカルクリエイターはコードが書けるといっても、エンジニアとの共通言語として使えるくらいでいい。当たり前ですけど、コードを書くプロはエンジニアなので。
現場のエンジニアは、デザイナーがSwiftを書いたりするのは基本的に歓迎なんです。画像の差し替えとか、マージンの調整とか、アニメーションの細かい動きとか、デザイナーにやってほしいと思っている。エンジニアには0から1を作るところをやってもらって、ユーザー体験の完成度を高めるところをテクニカルクリエイターも一緒にやっていく。そういったイメージですね。
もちろんソースコードを他人に触らせたくないエンジニアもいるので難しいところではあるんですけど、モックアップはデザイナーがコードを書いて本番ではエンジニアが実装する、といった分業パターンもあります。
——モックアップを作るにしても、コードがわかっていたほうがいいと。
デザインとエンジニアリングの実装の段階でギャップが生まれにくくなるメリットはあります。エンジニアと会話もしやすくなるし、表現したいことが実際にできるかどうか、イメージしやすくなる。ただ、デメリットもあって、デザイナーがエンジニアを理解しすぎるとチャレンジができなくなるので、そのあたりはエンジニアも気にしています。
たとえば開発中って、デザイナーは細かいマージンとかがすごく気になるんですよね。でもエンジニアからすると、そこは最後に調整したいんですよ。ほかにプログラムとして直すところがたくさんあるから、細かい見た目なんて最後でいい、って。そのとき、最終的なアウトプットのクオリティをデザイナーがちゃんと見てくれる、という安心感がエンジニアにあれば、放置できたりもする。
——そんな両者の関係が実現したら理想的ですよね。
結局のところ、お互いの共通言語を増やしながら、より良いものを作るっていうところに尽きると思っています。
エンジニア研修はデッサンから
——サイバーエージェントの社内にテクニカルクリエイターのスキルを持つ人材はどれくらいいるのでしょうか?
クリエイター全体のうち、まだ10%くらいでしょう。デザイナー向けとエンジニア向けにそれぞれ研修をして、まさに増やそうとしているところです。
エンジニア向けのデザイン研修としては、白い紙と黒い鉛筆を渡して黄色いレモンを描いてもらうデッサンから始めました。デッサンって、上手い人が描くと、白と黒だけでも黄色に見せる方法はいくらでもあるんですよ。そういったデザイナーの発想をエンジニアにも知ってもらいたい。
一方、デザイナーにはSwiftの研修を受けてもらいました。2日間で簡単なアプリを作る合宿です。自費だとある程度モチベーションがないと難しいですが、会社が用意するとみんなやってみたくなるし、受けたからには学んで帰ろうと思ってくれる。
もちろん、いくら研修をやったからと言っても、理解し難い部分はもちろんあります。でも、お互いを理解する共通言語を持つという意味で、誰もが通っていい道なんじゃないかと考えています。
——佐藤さんから見て、デザイナーはどんなキャリアを目指すべきでしょうか?
まず3年後に自分がどういう状態になっていたいかイメージして、それに向けていまできるもっとも近しい道を探す。もし中途半端な状態なんだったら、まずは1つを極める。デザイナーならデザインにどっぷり浸れる環境にまずは身を置くことですね。エンジニアでもそうだと思う。特定の技術で誰も追いつけなくなるくらい深いところまで行った後に、領域を広げるのが良いと思いますね。
個人的には、作り手はみんなテクニカルクリエイターを目指すべきだと思っています。フルスタックエンジニアも、紐とけば、サーバーサイドのエンジニアもHTMLやCSSをわかったほうがいい。それは特段、自慢することでもないでしょう。
テクニカルクリエイターも同じで、アニメーションやインタラクションがデザインの世界に入り込んでいるいまなら、デザイナーもエンジニアリングを意識しないといけないと思う。共通言語が増えれば開発の効率も精度もぐんと上がっていくはずで、そのあたりがいま、僕らが取り組んでいるところですね。
(撮影=松本順子)