ドイツの24歳の若者が作った
日本テレビで『週刊パソコン丼』という番組をやらせてもらっていたことがあった。当時やっていた月刊アスキーがページ数的にパツンパツンなので、テレビにまではみ出した感じだった。ちょうどインターネットが使われはじめたタイミングの'96年~'97年、深夜時間帯の情報番組である。その中に、「私とパソコン」という30秒ほどのユーザー訪問コーナーがあった。
古谷徹さん、いしかわじゅんさん、チャック・ウィルソンさん、爆笑問題、谷山浩子さん、杉田かおるさん、ヒロコ・グレースさん、渡辺香津美さんなど、実に、たくさんの方々に出演いただいたのだが(約90人)、先日、そのうち何本かを見ていたら、『サクラ大戦』シリーズなどで有名な広井王子さんの回があった。
モバイルギア(NECが発売していたフルキーボード端末)を取り出した広井氏は、「これからのコンピューターの使い方」と断った上で、「デジカメで撮った画像をこいつ(モバイルギア)に取り込んで、写真日記みたいなものを毎日あげること」と言ったのだ。これって、いま見ると20年後のいま、我々がTwitterやInstagramでやっていることである。
さて、そんなタイムラインつぶやき文化に関して、海外でいまホットな話題が出てきたのでこれを書いている。
それは、先週金曜日、『MIT Technology Review』の編集長Nくんが、「エンドウさん、これですよ。遠藤さんのところでサーバーを立ち上げてください」と言ってきた。一体なんのことやらと聞くと、たしかにその10時間くらい前から海外のネットメディアが、異常なペースで「Twitterのライバル出現」と騒いでいる。オープンソースで提供されていて独自にサーバーを作ることができるらしい。
「マストドン」(Mastodon)というドイツに住むEugen Rochkoという24歳の若者によってつくられたTwitterライクなサービス。ちなみに、Mastodonというのは、約4000万年前から11000年前まで生息していたゾウやマンモスに似たゾウ目マムート科マムート属に属する、大型の哺乳類の総称(Wikipedia)。ただし、検索すると分かるが同名の人気バンドがあって、実は、こちらから名前を取ったものらしい。
私も、早々アカウントを作ろうとしたが、本家である「mastodon.social」が落ちていたため、ほかのサイトで作るしかなかった。アクセスしてみると、TweetDeckに似た画面が登場する。
使い方は、Twitterにとてもよく似ている。160文字のプロフィールを作り、画像を登録。自由に画像入りでつぶやいたり、気に入ったアカウントをフォローしたりできる。ただし、つぶやける文字数はTwitterの140文字に対して、500文字と3.67倍もある。これはMastodonを成功に導く可能性があるのではないかと思う。
日本でTwitterが盛んなのは、漢字かな混じり文の140文字のほうが、アルファベットの140文字よりもずっと多くのことが語れるからだという意見があるからだ。ちなみに、Mastodonでも2バイト文字が1文字としてしかカウントされないので、日本語では、原稿用紙1枚以上のことがつぶやける計算になる。
Twitterよりも気が利いていると感じさせる使い勝手もいろいろと工夫されている。Twitterでは、アカウントごとに公開/非公開となるが、Mastodonでは、投稿時に「Public」(公開)、「Unlisted」(非公開)、「Private」(フォロアーのみ閲覧)、「Direct」(ダイレクトメッセージ)を選ぶようになっている。
「CW」(コンテンツワーニング)は、ソーシャルメディアのユーザーに対する配慮として新しいものだと思う(私が知らないだけかもしれないが)。投稿時に「CW」というボタンを押すと、あらかじめ投稿内容を表示する前に「注意文」だけ表示されるようになる。「お腹が減っていない人だけ読んでね」とCWして投稿すると、注意文だけ表示され「SHOW MORE」ボタンを押してはじめて「マトンカレーが旨すぎる!」なとと表示される。
投稿500文字まで(それでいてプロフィールは160文字)も含めて、このあたりのセンスはなかなかだと思う。ちなみに、マストドンでは、「つぶやく」(Tweet)ではなく「吠える」(Toot)となる。なにしろ、ゾウやマンモスに似た大型の哺乳類ですからね。
クラウドファンディングが生み出した
Mastodonが、Twitterと異なるのは、広告(プロモーションツイート)やつぶやきデータの販売などのビジネスではなく、「Patreon」というクラウドファンディングによって調達したお金で動いていることだ。「Patreon」は、クリエイター向けの定期的な支払いが可能なクラウドファンディングだが、彼の目標額は月800ドルだったそうだ。
このあたり、2014年にFacbook対抗として注目された「Ello」(エロー)や、履歴を収集しない検索エンジンの「Duck Duck Go」(ダックダックゴー)などを連想させるものがある。Elloでは、匿名性、広告ナシ、ユーザー情報の収集もナシが特徴だったが、有料機能を提供することで収益源としていた。Duck Duck Goのほうは、情報は集めないが広告モデルである。
Elloはフリーミアムモデル、Duck Duck Goは原始回帰、Mastdonはクラウドファンディングと、それぞれエコノミクスが異なっている。しかし、このような「〇〇対抗」という形で注目されたサービスというのは成功するのだろうか?
そこで、もう1つむしろこれがMastodonの最大の特徴といえるのが、最初にも触れた本家のサービス以外にサーバーを立ち上げることができる点だ(インスタンス一覧参照)。Mastodonのサイトをよく見ると、「Local」(ローカル)と「Federated」(連邦)の2つのタイムラインがあることに気づく。自分の所属するインスタンスのつぶやきが「Local」に、自分の所属するインスタンスと繋がった(連邦の)インスタンスのつぶやきが、「Federated」に表示されるしくみだ。
Twitterは、どこまでもだだっ広くて、なんの垣根もない草原のような感じだった。それに対して、Mastodonは、土地に根差して活動しやすくなっている。ちょうど、なんの制約もなく空を飛んでつぶやいているTweet(さえずる)と、集団をつくってはToot(吠える)の違いだろうか?
たとえば、Twitterにあてはめたらトランプ陣営と非トランプ陣営で真っ二つのインスタンスの連邦ができそうである。
正直なところ、私は、どこまでもあけっぴろげでサービス提供側が用意することよりユーザーが勝手にどんどん活用法をひろげた(ハッシュタグなど)Twitterが好きだった。そんなTwitterが強いことが日本のネットのチャンスになるとさえ思っている。つまり、限りなくパブリックなサービスがネットを活性化する。しかし、世代やクラスターごとにコミュニティができやすいのも事実なのだ。
この原稿を書いている段階で、351のインスタンスがあって、合計127083のユーザーがMastodonを使っているとある。この種のサービスは、数百万ユーザーあたりで利用者が伸びなくなることがある(最近では「Yo」がそうだ)。そうしたラインを越えたら、1つのサービスがブレイクした以上の新しい動きが出てきたと見ていいというくらいのものがある。LocalとFederatedのしくみの上で、どこまで受け入れられかは注目なんじゃないですかね?
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。著書に『ソーシャルネイティブの時代』、『計算機屋かく戦えり』など。最近、久しぶりに書いたプログラミング記事は「人生のたいていのことはPythonでできる?」(http://ascii.jp/elem/000/001/279/1279516/)。画像は、昨年4月にbohemia氏がディープラーニングで生成してくれたもの。
Twitter:@hortense667
Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667
参照リンク
マストドン(Mastodon.social)https://mastodon.social/about
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