日本のアーチストにはチャンスがある理由
11月30日、12月1日と大阪で「ISCA」(INTERNATIONAL STUDENTS CREATIVE AWARD 2018)の受賞作品発表会・上映会がある。大阪駅から直結するナレッジキャピタルが主催で、国内外の学生対象の映像、デジタルコンテンツのアワードだ。
私は、このコンテストのデジタルコンテンツ部門の審査をやらせていただいている。「いまやコンテンツでデジタルを使うのは当たり前でしょ」と言われそうだが、どっこい現状はまだまだと言わざるを得ない。昨年のグランプリはECCコンピュータ専門学校。上位入賞も、情報科学芸術大学院大学 IAMAS、奈良先端科学技術大学院大学、電気通信大学などと並んでいて、理工系大学・専門学校がほとんどだ(IAMASはあるが)。
公式サイトにもそう書いてあるのだが、芸術系、情報メディア系の大学や学部、専門学校の応募を期待しているコンテストなのだが、いざテクノロジーを生かすとなると話は簡単ではない。コンピューターを絵筆のような道具として使うのは誰でもやっているが、オーサリング、プログラミング、Raspberry Piを使った自作基板とまでいくのは大変だろう(担当教官や研究室の事情もあり)。Adobeのソフトとエクセルを一緒にも語れないのだが。そんなわけで、とくにインタラクティブな作品で理工系に荒らされている(すいません言葉が悪い)。今年は、どこまでやり返せるか?
先日、BBCのIT番組『CLICK』を見ていたら日本でいくつか取材しているのだが、お家芸のはずのロボットに関してやや冷ややかな感じだった。その代わりに2週に渡って登場したのはお台場でやっているチームラボの「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」である。日本のしなやかさとテクノロジーの関係は、我々が考える以上に求められている。テクノロジーを手にしたなら日本のアーチストはチャンスに溢れている。
目下、注目のAI(人工知能)やVR(仮想現実)は、芸術・メディア系の学部で大いに可能性を広げる素材である。実際にそうしたテクノロジーを使った作品についてのニュースは、海外からはどんどん飛び込んできている。新しい道具で表現の幅を広げようと貪欲になるのは当たり前だからだろう。ISCAでは、表彰式や上映会だけでなく会期中デモ展示も行われる。美術・メディア系と理工系の学生は、積極的にナンパし合うべきなのだ。映像では私好みの作品がいつもあるので(去年だと『人もをし 人もうらめし』とか)、とくにそう思う。
「ビジネスモデルがない」と突っ込む審査員にはビジョンがなかった
大阪といえば、今年は、もう1つハッカソンに関わることになった。角川アスキー総研でお手伝いしている「SDLアプリコンテスト」に応募しようというハッカソンがMashupAwards主催で開催される。SDLというのは、クルマとスマートフォンを繋ぐ国内では自動車メーカー10社が採用する国際規格。ガレージで、実際にカーナビみたいな車載機をクルマに搭載して自分で書いたプログラムで操作(逆にカーナビからスマートフォンを操作)しようというもの。米国では9月に同様のハッカソンが行われたようである。
そういえば、このハッカソンをやってくれるMashupAwardsの久田智之さんは、以前、NTTドコモのハッカソンでお会いしたことがある。ウェアラブルをテーマにしたもので、かねてから開発中の「ミミミル」という視覚障がい者向けのメガネを持って登場。目の不自由な人がかけて、クラウドソーシングを活用して文字や景色などをクラウド経由で伝えるというしくみ。ただし、このときは私を含めた審査員たちから「ビジネスモデルはどうするのか?」という意見が出ていた。
ところが、この久田さんのアイデアそっくりの視覚障がい者用のメガネ「Aira」が、アメリカ、カナダ、オートスラリア、イギリスと広がっているのを知った。会員制でメガネは無料。100分89米ドル、または使い放題で329米ドル/月で使える。在宅のエージェントが彼らの目の代わりになる。利用料金が高くはないか? と思えるが、たとえば、空港では無料で使える(空港が料金負担)。私など審査員が「ビジネスモデルは?」と突っ込んだ部分を「障がい者がAiraを使う料金を負担してみませんか?」とやって成立させたのだ。
なお、Airaの利用者は「障がい者は助けを求めると車椅子に座らせられる。それが避けられるので使う」とコメントしていた。世界には約3億人の視覚障がい者がいるそうだが、サービス設計というのは、頭の中でだけ考えているだけではうまくいかないものだ。だからこそ集まってハッカソンなどの機会に意味があるわけなのだが。SDLアプリコンテストの公式ページはコチラ。
エッシャー展は子どもたちにこそ見せて欲しい
なぜか3つ目も大阪の話でこちらはすでに開催されているイベント。今年6月、このコラムで「M・C・エッシャー展とでんぐりでんぐりの話」というのを書きました。コンピューター業界には、このオランダが生んだ画家・版画家M・C・エッシャー(Maurits Cornelis Escher、1898~1972)が好きという人は多い。そのエッシャーの主要な作品を集めまくった「ミラクル エッシャー展」(大阪展)が、あべのハルカス美術館で11月16日から始まっている(1月14日まで)。
今回のミラクル エッシャー展の公式サイトでのコメントでも書かせてもらったのだが、物理学者ロジャー・ペンローズとエッシャーの関係が興味深い。ペンローズの不可能物体や同じ図形で平面を「敷き詰める」(テセレーションと言ったりする)問題で、エッシャーはその影響下にある。ペンローズは、量子重力理論、量子脳理論で知られる当代最高の科学者のひとり。エッシャーのパズルのような錯視のような、ある意味とてもシンプルなモチーフが、実は、そのままいくと宇宙の根本原理にたどりつくような気分になってくる。
聞くところによると、エッシャー展、カップルの来場者が多いそうだ。たぶん、理系男子がむりやり彼女を連れだして「NP完全」とか「多次元宇宙」とか、関係ないところまで話がおよんでいるんじゃないかと思う。しかし、個人的には、子どもたちにこそエッシャーを鑑賞して欲しいと思っている。プログラミング教育で「もし~ならば」とか「~まで繰り返し」とやるのも大切だが、全体をつかむことも必要だと思うからだ。そこでペンローズやエッシャーと一緒にあの絵の中で何が起きているかを発見する瞬間がすばらしい。
実はこれ最初に触れた芸術系・メディア系と理工系の大学生は、一緒に組んで何かやれるだろうというお話ともちょっと似ている。チマチマ論理が理工系で、全体をつかむのが芸術系というと乱暴だが。さらにいうと、ハッカソンのビジネスモデルの話も無関係ではない気がしてくる。全体を捉えていないから「ビジネスモデルがない」とか「マネタイズが考えられていない」とか、虫の目になってしまうのだ。
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。雑誌編集のかたわらミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍の企画も手掛ける。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。アスキー入社前には80年代を代表するサブカル誌の1つ『東京おとなクラブ』を主宰するなどポップでキッチュな世界にも造詣が深い。著書に、『近代プログラマの夕』(ホーテンス・S・エンドウ名義、アスキー)、『計算機屋かく戦えり』など。今年1月、Kickstarterのプロジェクトで195%を達成して成功させた。
Twitter:@hortense667Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667
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