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ブロックチェーンで「エシカル消費」を保証、宮崎県綾町の挑戦

2018年06月07日 07時57分更新

文● Yuko Miura

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ビットコインに代表される暗号通貨の基盤技術であるブロックチェーンの用途が広がっている。日本では、食のトレーサビリティの分野で新しい信頼を担保するための仕組みに使われようとしている。

エシカル消費(Ethical consumerism)をご存知だろうか? エシカル(Ethical)は倫理的、道徳的を意味する言葉で、エシカル消費とは、環境、人間の体への負荷、さらに社会貢献などを考えて生産された商品、サービスを選んだ消費行動を指している。

「20世紀は価格が最大の評価基準となっていた。21世紀である現在、これを変えたい。新たな評価基準を定着させていきたい」――こう話すのは、電通国際情報サービスのオープンイノベーションラボ(イノラボ)の鈴木淳一プロデューサーだ。

鈴木プロデューサーらが中心となって立ち上げたのが、有機農作物の生産から最終消費までのサプライチェーン全体のトレーサビリティをブロックチェーンで担保しようという試みである。

ブロックチェーンを活用し、確かにエシカル消費に合致する農作物の生産、流通、輸送によって届いた食材であることを保証はできるのか。レストランでその食材を使った料理を食べる実証実験で話を聞いた。

神保町のレストランで実験

今回の実証実験の舞台となったのは、神保町にあるレストラン「REALTA(レアルタ)」。宮崎県綾町の協力農家が生産した人参、ジャガイモといった野菜がレアルタで提供されたメニューに使われ、昼のランチ、夜のディナーに提供される。

実証実験が実施された神保町のレストラン・REALTA(レアルタ)

レストランは昼、夜ともに満員。ただし、今回の実証実験が実施されることを聞いて訪れた客は少ない。レストランを訪れて初めて、通常メニューのほかにエシカル消費に合致したメニューであることを知った客が大半だ。

「今回はまったく同じメニューを綾町産野菜版、綾町産野菜を使っていない版の2種類用意してもらいました。同じ食材ではありますが、生産品質、流通品質にどういった違いがあるのか、ダイヤグラムで比較する案内を作成し、それを見てもらってどちらかを選んでもらいました。この案内には、価格は表示してありません。選択肢を価格にしてもらいたくはなかったからです」と鈴木プロデューサーは話す。

ランチメニューでは2種類のメニューのうち非綾町産を選んだのは1人だけ。残りの来店客は綾町産食材メニューを頼んだ。綾町産野菜を使ったものの方が値段は高くなるものの、支払いの際にクレームをつけた客はいなかったという。

イノラボはもともと、綾町で生産される有機農産物の安全性、品質の高さをブロックチェーンで保証し、消費者にアピールする仕組みに取り組んできた。この仕組みによって管理された農産物を東京都内で販売し、購入客から得たフィードバックも含めた知見を蓄積している。取り組みをさらに一歩進めたのが今回の実証実験で、次の行程がブロックチェーンに記録されている。

  1. 宮崎県綾町の生産者および管理者(役場の検査官)が、町独自で定める自然生態系の保護評価指標に基づいて、生産履歴や土壌品質検査の結果をブロックチェーンに記録
  2. 出荷用ダンボール1つ1つに、照度、加速度、温度を検知できるIoTセンサーを同梱して出荷。これにより、輸送中に箱が開閉されていないか、適切な温度・場所で保管されていたか、過度な衝撃が加わっていないかなどがモニタリングでき、逐次ブロックチェーンに自動記録される
  3. レストランでは、綾町野菜を使った実験用エシカルメニューを提供。来店客が店内でストレスなくエシカルメニューを認知・選択できるようにデザインされた専用のメニューを用意するほか、スマートフォンに差し込むだけで綾町野菜の動画を閲覧できる機器(バッテリーレス型イヤホンジャックドングル)を提供する
  4. エシカルメニューの注文客だけに別途渡されるドングルをスマートフォンに差し込むと、消費履歴がブロックチェーンに記録される。記録はSNSアカウントと連携でき、注文客だけでなく、エシカル消費に貢献した綾町の生産者にも同じタイミングで「エシカルトークン」が付与される仕組みだ。これにより生産者は自身の手がけた農産物が出荷後に適切な流通品質を伴って配送されたこと、付加価値について理解ある消費者にエシカルメニューが提供されたことを知ることができる

これらの行程に、実証実験を企画したイノラボ、生産地である綾町、レストラン レアルタのほか、多くの企業、メンバーが関わっている。生産履歴および流通履歴をブロックチェーン「Broof」にて管理し、消費者のエシカル消費履歴をエシカルトークンとして付与する技術を提供したシビラ、スマートフォンのジャックに挿入することで情報コンテンツを呼出せるバッテリーレス型イヤホンジャック・ドングルのプロトタイプ設計・試作協力、技術ノウハウを提供したパナソニック Wonder LAB Osaka、流通品質を可視化するIoTセンサー「World Keeper」及び「なんつい」を提供したUPRなどだ。来店用メニューや店内のUXデザインにはCANAの横田法哉氏、エシカルメニューの注文を誘発するための動画コンテンツおよび関連記事の制作には映像作家のスズキケンタ氏がクリエイティブディレクターとして加わっている。

ドングルをスマホに挿してブロックチェーンに消費記録を書き込む

来店者、シェフは意外に冷静な見方示す

実証事件が実施されたレストラン レアルタへ、5月19日の土曜、夜にお邪魔した。レストランは満員。予約して来店した人も多かったようだ。実証実験を広く告知していたわけではなかったため、「実証実験」「ブロックチェーン」「宮崎県綾町」といった実証実験のキーワードを、店で説明を受けて初めて知った人が多かったようだ。

お客さんがドングルをスマートフォンに挿して、声を上げながら動画を閲覧している姿も見られた。エシカル消費に賛同したというより、1つのイベントとして楽しんでいるようだった。

実際に調理を担当したレアルタのシェフに、今回の実証実験に参加した感想を聞いてみた。

「もちろん、土からこだわって生産されている野菜も好きです。しかし、私自身は市販されている野菜に抵抗があるかといえば、そうではありません、市販されている野菜を使って調理もします」。

実証実験に参加しているレストランのシェフなので、土にこだわった野菜を使うことに強く支持しているのかと思っていたがそういうわけではないようだ。

「使えるのであれば、すべての野菜を綾町産のものを使ってみたいという気持ちはあります。しかし、どうしてもこういうこだわりがある野菜を食べてください、と来店してくれたお客さまに無理強いすることはできないと思います。お客さまにもいろいろな方がいらっしゃいます。普通の野菜でいいというお客さまもいらっしゃいますし、それ以上の価値を求めるお客さまもいらっしゃいます。そういったニーズに向けて、今回のチャレンジに参加させてもらいました」。

勝手なイメージだが、エシカル消費を拡大する実証実験と聞いて、ある種、宗教的にエシカル消費を推し進めている人たちが集まっいる――と会場に来る前には思っていた。会場でシェフから話を聞いて、それは勝手なイメージで、もっとカジュアルに、いろいろな人が参加しながら実証実験が進められていることが分かった。

店内でエシカル消費を実現するメニューを選択した若い女性2人組のお客さんは、メニュー選択の理由を次のように話してくれた。

「メニューを選ぶときに、使われている野菜がここに届くまで環境を配慮した生産・流通がされているものと、されていないものがあるといった選択肢は、これまで考えたことがない視点だったので新鮮に感じました。自分がいいことをしているな、と感じました」。

そう答えた後で、ちょっと笑いながら、「私たちは一般人なので、メニューに書かれていることが難しくも感じました。もっと分かりやすく、簡単に書いてくれればいいのに」と付け加えた。環境によいことに協力することはやぶさかではないが、聞き慣れない用語へのとまどいもあったようだ。

あえてエシカル消費を事前にアピールしていなかったからこそ、こうした素直な感想が出てくるのだろう。

金融だけではないブロックチェーンの可能性

技術面で今回の実証実験に協力したシビラ社の藤井隆嗣CEO(最高経営責任者)は、ブロックチェーンという側面から見て大きな2つの意味があると指摘する。

「ブロックチェーンが改ざんできないという特性を活かし、産地から店舗に運ばれて消費されるまでを一貫して管理できたことが1つ。もう1つは、今回のトークンを使っても儲からないけれど、人類にとって大事なことを実現できるのがブロックチェーンだと証明できたことです」。

イノラボの鈴木プロデューサーは、「日本ではブロックチェーン=フィンテックと理解されてしまっているが、欧州ではID認証にもブロックチェーンが活用されている。そういった使い方を日本に持ってくることができないかを考えました。今回提供するトークンは換金できるものではありません。トークンの多寡=信頼の堅さを示すものです。他の事業者が当該トークンを確認することで、これまでにない優遇策を取るといったことも可能になるでしょう」と、ブロックチェーンが持つ新しい可能性をアピールすることが狙いだったと話す。

農産物の生産地である綾町は、川の最上流地域にある。「綾川の生態系を守っていくために、有機農業に町ぐるみで取り組んできた地域です。しかし、環境のためにとがんばっても、そのがんばりは販売面で反映されることはありません。実際、統計情報によれば日本の農家の年収は250万円程度。有機農業は収穫量が安定しない傾向があり、約2割程度のブレが出る。子どもを大学に通わせることができない農家も多いのです。だから有機野菜を現行の2割増しで買ってもらうサイクルができれば、農家にとってはありがたい。しかし、これが定着すれば、有機=割高というイメージが定着してしまうことにもつながってしまうので、難しいところです」(鈴木プロデューサー)。

有機農法に取り組む宮崎県綾町の農家

そこで今回は、金銭ではなくエシカル消費という新しい価値基準を実現した農業をやっている町として綾町を評価することとした。

「誰かが評価し、その評価を誰もが見ることができる。それだけ多くの人に評価されているのか、ということが定着していけば、トークンの多寡が農家に対する与信基準となる可能性もあると思います」。

鈴木プロデューサーの言葉が実現すれば、ブロックチェーンは日本に定着していなかった新しい価値を定着させることになる。そういう意味で、今回の実証実験は意欲的な試みだったと言えそうだ。


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