ずいぶん間が空いてしまったが、久しぶりに「業界に痕跡を残して消えたメーカー」をお届けしよう。今回はPalmを取り上げたい。
ソフトを販売するもハードウェアが売れず失敗
自社でハードウェア開発に踏み切る
Palm、最初の社名はPalm Inc.だが、1992年1月にカリフォルニアのサニーベルで創業された。創業者はJeff Hawkins氏で、彼はGrid Systems Corpの副社長を辞してPalm Inc.を創業、そのままCEOとなる。COOにはClaris Corp.の創業者の1人だったDonna Dubinsky氏が就いている。
画像の出典は、“VentureBeat.com”
Palm Inc.は当初、ソフトウェア会社としてスタートした。最初のターゲットはカシオがTandy向けに開発したZoomerである。このZoomerはカシオ、Palm、Datalight、Geoworksの4社の共同開発によるものである。
カシオがハードウェアを、DatalightがROM-DOSを、GeoworksがROM-DOS上で動くPDAの環境をそれぞれ提供、Palmはこの環境の上でアプリケーションと手書き認識機能(PalmPrint)を開発した。
このZoomer、製品としてはCasio Z-7000とTandy Z-PDA、AST GRiDpad 2390とそれぞれ異なった名前で販売されたが、基本的にはまったく同じ仕様である。他に、若干の仕様違いのものとしてHPのOmniGo 100やSharp PT-9000などもあった。
画像の出典は、“Vintage Computer.net”
残念ながらこのZoomer、どのメーカーのものも壊滅的に売れず消えることになる。1993年のクリスマスシーズンに発売されたものの、1994年1月までのトータルの販売数は1万台でしかなかったらしい。
もともとHawkins氏はペンコンピューティング向けのソリューションを提供する会社としてPalm Inc.を立ち上げたものの、肝心のハードウェアが消えてしまっては元も子もない。そこで自社でハードウェアを開発することを決断する。
ちなみに当時Palm Inc.には28人の社員がいたものの、ハードウェアの開発経験があったのはCEOのHawkins氏だけだったそうで、結局自らハードを開発することを決断する。とはいえ、ハードウェアの開発にはそれなりの時間がかかる。そこで自社のハードウェアが完成するまでの間、同社は他のPDA向けにソフトウェアを提供することを決める。
1994年9月、同社は手書き文字認識ソフトとしてPalmPrintよりもより精度の高いGraffitiを開発。これはアップルのNewtonやGeneral MagicのMagic Capなどに採用されることになる。
画像の出典は、“Wikipedia”
ちょうどGraffitiと同じ時期に、自社ハードウェアの仕様とモックアップも完成する。この自社ハードウェア、Zoomerの失敗を鑑みて299ドルという価格を最初に設定。またワイシャツの胸ポケットに入ることを重視し、寸法を3.1(W)×4.6(D)×0.6(H)インチに抑えた。
なんでもこの寸法を決めるまで、Hawkins氏は社員を捕まえてはワイシャツの胸ポケットのサイズを測りまくったという話がある。
ハードウェアはMotorolaのMC68328 16MHzをベースとしたものになったが、実際の設計は自社ではなく外部の設計会社に発注した。仕様はともかく、実際の設計をするにはそれなりの人数が必要であり、社内では賄えなかったのだろう。Hawkins氏もCEOである以上、設計に専念するわけにもいかなかった。
むしろ問題だったのは、量産のための資金である。当時はまだ同社は小さいスタートアップ企業に過ぎず、ハードウェアを量産するための資金は持ち合わせていなかった。
Hawkins氏による自社ハードウェアの設計と並行して、Dubinsky氏はあちこちのベンチャーキャピタルを回り、初期生産に必要な500万ドルをかき集ようとしたものの、Zoomerの失敗もあってか話はうまくいかなかった。結局彼女は18ヵ月に渡る資金探しの苦闘の末、U.S.Roboticsを口説き落とすことに成功する。
連載394回でも書いたが、1995年9月にU.S.RoboticsはPalm Inc.を4500万ドルで買収して子会社化する。この際に社名はPalm Inc.からPalm Computingに変更になった。これはPalmにとっては大成功であった。
なにしろ500万ドルあればなんとか製品が出せると苦闘していたときに、9倍の金が転がり込んできたわけだからだ。逆にU.S.Roboticsの方は、おそらくはラインナップの多角化を図ろうとしたのだろう。1995年の営業利益は6500万ドル超、1996年は1億7000万ドルもの営業利益を稼いでいる会社である。
ちなみに1995年の営業利益は、このPalmの買収費用を引いた後の数字であり、これをしなければ1995年の営業利益も1億ドルを超えていた計算になる。高いか安いかは判断が難しいが、当時の経営陣はPalmに賭けたのだろう。結果から言えば、これは割りの良い買い物だったと言える。
この連載の記事
-
第798回
PC
日本が開発したAIプロセッサーMN-Core 2 Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第797回
PC
わずか2年で完成させた韓国FuriosaAIのAIアクセラレーターRNGD Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第796回
PC
Metaが自社開発したAI推論用アクセラレーターMTIA v2 Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第795回
デジタル
AI性能を引き上げるInstinct MI325XとPensando Salina 400/Pollara 400がサーバーにインパクトをもたらす AMD CPUロードマップ -
第794回
デジタル
第5世代EPYCはMRDIMMをサポートしている? AMD CPUロードマップ -
第793回
PC
5nmの限界に早くもたどり着いてしまったWSE-3 Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第792回
PC
大型言語モデルに全振りしたSambaNovaのAIプロセッサーSC40L Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第791回
PC
妙に性能のバランスが悪いマイクロソフトのAI特化型チップMaia 100 Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第790回
PC
AI推論用アクセラレーターを搭載するIBMのTelum II Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第789回
PC
切り捨てられた部門が再始動して作り上げたAmpereOne Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第788回
PC
Meteor Lakeを凌駕する性能のQualcomm「Oryon」 Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU - この連載の一覧へ