夏コミの前日、8月12日に「2016年春アニメで「一番見られた作品」は? なぜか東芝が公開」という記事を書いた。突如、東芝のサイトに掲載されたアニメ視聴の分析データについて紹介したものだ。
その後のネット検索で“アニメ視聴ログ分析ギルド”というサークルを発見。このデータを活用して2016年春の36作品の視聴状況について解説した同人誌を作っているとのこと。ちなみに、東芝がTimeOnのブログで公開したデータは、誰でも自由に使っていいものだそうで、こういう活用方法はむしろ歓迎しているようだ。
同人誌のほうにも興味を持ったので、メンバーのmarginian Kさんに連絡を取ってどんな内容か聞いたところ、見本誌もまだないので一番に手に入れたいなら「コミケの会場まで買いに来て」とのこと。ということで、取材班(筆者一人だが)はコミケ会場に向かった!!
え~と、なんでいらっしゃるのですか?
さて、ブースを探して会場を行ったり来たりする筆者。デコラの長机を並べた一角で見つけたのは見慣れた顔だった。
……片岡さん!? ていうかなんでいるんですか!! ASCIIの読者なら知っている人も多いと思うが、片岡秀夫氏はRD Styleやレグザのクラウドサービス(TimeOn)を手掛けてきた人物(簡単に言うと、中の人だった)。そして、筆者の周りでは、毎クールほとんどのアニメ作品を見ている、大のアニメファンとして知られている。
そんな片岡さんが、目の前の机に同人誌を並べてなぜか筆者の前に座っている。一緒にサークル参加していた東芝映像ソリューションの坪井創吾さん、中村さやかさんと合わせてお話しをうかがった。
ちなみに今回の取材は東芝の片岡さんではなく、アニメ視聴ログ分析ギルドの片岡さんとして伺っています。
そもそもなんでコミケなの?
── 突然で驚きました。そして取材に応じていただきありがとうございます。夏コミは暑さとの戦いですが、比較的涼しい場所でよかったですね。
片岡 「初参戦なのにラッキーでした~。暑さには弱いので」
── 単刀直入に聞きます。そもそもなんでコミケなんですかっ!!
片岡 「データをたくさん持っているので、それを形にしたいという思いがもともとありました。でもその機会がない。そんな忸怩たる思いを持っている中でFlashAirという無線LAN機能を持ったSDカードの有志が集まって、同人誌をコミケでやっているという話を聞きました。「われわれも同じようなことができないかな」「分析したデータを一気にまとめた同人誌を頒布したら面白いはずだ」と。
で、応募したところ、見事夏コミに、初応募で受かってしまって。「ラッキー~」と思いつつ、「さあ大変だ」と。そんな感じで、いま(コミケ当日)から1ヵ月しかない騒動の中で慌てて準備を始めたと……」
── なんとまあ……。
片岡 「もうひとつ。われわれはログを取って製品の利用状況を解析できる仕組みをもっているのですが、これまでREGZAのユーザーに還元できていなかったんです。もちろん“おすすめ”を出したり、“みるコレ”といったサービスで反映していますが、画面に表示するだけでは、データが実際に使われている印象は乏しい。収集したデータそのものを形にして触れてもらいたい。だから、アニメという我々が力を入れているジャンルのひとつで公開しよう。そして、もう「アニメファンにばらまいちゃおうぜ」って、実は昔から収集したデータはどんどん公開したほうがいいと言ってたんです(笑)。でもばらまくのには、そのきっかけがないとダメで、なかなか仕事の合間じゃできません。コミケがいいきっかけになったんです」
会社に怒られるって言われても、私が責任者だし
── 非常に貴重な情報だと思いますが、会社に怒られないんですか?
片岡 「会社の方……? 結局、僕が責任者なので、責任者出てこい!と言われたら、「はい」って僕が出てかないといけませんね……(笑)。でも自分がやっているプロジェクトや“みるコレ”などのサービスには責任があります。
どうやって世に伝えていくか。
そもそも存在が知られてない。
せっかくあるのに宝の持ち腐れ。
そんなデータたちに日の目を見させたい。
なんかこう、このままでは浮かばれんと。
それなら、大好きなアニメというジャンルだろうと。同じやるなら、いまの2つの理由に加えて、アニメ視聴データ分析という観点でやってみよう、と。今まで深夜アニメは、母数が少なくて、既存の視聴率という軸では、優位な動きが見えにくかったのです。しかしわれわれのデータなら1%でも1000人の人が見ていることになります。だからたった1%の変動でも意味がある。これを世に出せる機会があるなら、「“責任者の片岡”という立場としてもありかな」と思いました。こういうデータがあるんだと、世の中の人に知ってもらえるので」
── コミケで同人誌を手に取った人の反応は?
片岡 「こんなのあるんですなって素直に驚いてくれた方が多いですね。そこで10万台から収集した情報ですよと説明すると、「何ですか?」って。本のタイトルだけだと、実際にとったデータには見えないようなんです(笑)。もっと印象に寄った研究をしたように思えるみたいですね。言ったら実感するというか、すごいデータだと驚いてもらえる感じです。そういうギャップはありましたが、運よくサークルの机も近いジャンルのアニメ視聴やデータベースに混ぜていただいたので、何気なくきて気付いてくれた方が多かったようです。おかげさまで、好評でした」
おそ松さんを見ていた人達が、春アニメ何を見たかもわかりますよ
── 陽の目を浴びた暁には、どんなことが起こると思いますか?
片岡 「まずわれわれとしては、「毎クール苦労して作品を作っているアニメ業界の人たちの力になりたい」という気持ちがあります。テレビで多くの人が見て、パッケージが売れてくれないと、続編や新作も出てこないだろうと。その循環だと思うんです。だから、まずコンテンツをテレビでより多くの見られるよう、強くする情報を提供したいと思っています。
お願いになるのですが、仮に、アニメ業界の人たちが“欲しているデータ”があって、もっと“こういう情報”が分かればできることがあるのに……と思っているなら、ぜひ我々に聞いてください。そもそもこういう情報は今まで世の中になかったと思いますし、公開した結果をみて、単純ないい・わるいではなくて、何かに使える情報として活用いただけないかと思っています。興味を持って私にコンタクトいただければ、別の掘り下げ方もできると思っています」
── もっといろいろなデータが出せるということですね。
片岡 「はい。今回見せたのは膨大なデータのほんの一部です。ぜひコンタクトしてほしいなと思っています。相談だけでも構わないんですよ。締め切り後、最後の最後で、無理に追加した情報なんかもあるんですよ。例えば集合。“ある作品”を見た人達が“いまどこにいるか”がわかるデータです」
── ヒット作を見た人の嗜好が分かる。
片岡 「単純にヒットしたかどうかではなく、こういう興味を持っている人は、こういうものも好きだと分かります。キュレーションという観点で考えると、次々と興味を持ち続けてくれるから、コンテンツの受容が活性化していくわけです。
音楽で言うと、好きなアーティストができたら、その人が影響を受けたり、尊敬しているアーティストをどんどんたどって昔にさかのぼれる。そんな楽しみ方ができますよね。それと同じようにアニメも、いまこの作品が好きなら、昔こんな作品があったよっていう会話ができるはずです。
こういう掘り起こしがないと、一過性になってしまうのではないでしょうか? データを見れば、その裏付けが取れるんです。これまでは勘でやっていた部分かもしれません。分かっている人は分かっている、ではやはり限界があるはずです。データと勘を結び付け、マーケティングを手助けする役割を我々にお手伝いさせてもらえないかと思っています」
中村 「月刊ニュータイプの9月号で“おそ松さん”を見た人がいま何を見ているのかを特集しているのを読みました。そういう方向性もあるのだろうなと思いました」
片岡 「特集はTwitterの情報を使っているようでした。ただ実際にデータを分析してみると、SNSでの反響はすごくあるけれど、実際の視聴者数や録画数とはずいぶん違うと感じる例もいくつかありました。そういう差を見ていくのも意味があると思います。ほかにも、グッズやブルーレイの売上にどう相関があるかとか。そういう情報を持っているメーカーさんが、自社のデータと照らし合わせて分析していただくことで、いろいろ見えてくるかもしれませんね」
ウェブで出すだけだと、データは読みにくいじゃないですか
── なるほど! そしてお二人はそんな片岡さんに巻き込まれたわけですね。
片岡 「いや、言い出しっぺは坪井さんです(笑)」
坪井 「もともとウェブでもこういう情報の一部を出していたんです。でも単発でちょこっとずつでは注目してもらえなった。ある程度まとまった規模が必要だろうと思いました。ウェブに目的をもって見に来てくれる人はいますが、我々はメディアを運営しているわけではないので、話題にはなりにくい。そうでない人にも来てほしいし、そもそもこれだけの量のデータを公開した場合、ウェブの画面でみるのはきつい。ならば「本にしてみよう」と思いました。
細かい話になりますが、東芝としては、だれでも参照・引用したり再利用できる情報として、集計グラフをウェブで公開しています。それを個人の立場で使って、放課後活動として同人誌を作りました。このデータを使っていろいろな本を作ってもらえるとうれしい! そういう気持ちです」
── 外に出してないだけで、社内ではいままでもやっていた?
坪井 「フェイスブックなどに、グラフを散発的に載せていたりしたんですが、読んだり参照してもらいにくいなって思っていました」
── 第2弾もあるのでしょうか?
片岡 「次回も買いに来ますっていってくれる読者がいました。第2弾もやりたいですね。実はカラーのグラフを作るだけなら簡単なんです。だから東芝(坪井)さんが今後もウェブでやるなら、それもできるかもねって思っています(笑)。ただし本にするとなると、紹介文だったり、データを埋めていく作業が発生します。この量をまとめてやるには、コミケみたいに締め切りがないとだめかな~って思います。仕事の時間以外でやるので、なかなかの負荷ですよね。自分でやったことだけど、よくやったなと思う」
坪井 「反響があるのは励みになりますし、それに後押しされる部分もあるので続けていきたいです」
片岡 「グラフをたくさん作って出していくことができた。見せ方が決まっていれば楽でしたが、どう見せるかから開発したので生みの苦しみがありましたね。そして彼女(中村さん)は、私のでたらめな日本語を直してくれました」
中村 「私はもともとドラマ担当なのですが、アニメは大好きで、くまみこも全部見ました。ドラマを担当しながら、視聴率だけで語られるのは悔しいなって思っていたんです。そこでTimeOnのブログを始めて、録画×再生率というデータをみたら面白い傾向が出てきました。それと同じ可能性を感じますね」
委託販売もするかも……
── いろいろできそうですね。同人誌としても。
坪井 「同人誌としての完成度も突き詰めて行きたい。快速本で、入稿からわずか1週間で本ができて、サークルスペースまで届くっていうシステムは改めてスゴイですよね」
片岡 「カラーで全部作ると高いので、今回はできなかったけどね。表紙のデザインも無料のデザイナー(片岡本人)に頼んだので、リーズナブルにできました。そしてイラストは知り合いの娘さんに書いていただけました」
中村 「もともとは“みるコレ”のファンで、そのイメージキャラクターだったんですよ」
片岡 「イラストありきだったんです。いいなと思って、実はいまコミケやってて、イラストなくて困ってんるんですっていったら、どうぞどうぞ使ってくださいって。こういう手助けもあっていい感じの表紙にできました」
── 次は冬コミですか?
片岡 「まずはやってみて様子を見ようと思いましたが、次も必要だなって感じています。ここまで無料で出しているデータはあんまりないと思いますので、こちらも含めて注目いただければと思います。冬コミに当選で来たら、ですが」
以上、筆者としてはかつてない驚きの展開を見せた夏コミ。コミケは終わってしまったが、会場で聞いた際には、こちらの同人誌は委託販売も計画されているとのことだった。興味があったけど、ゲットできなかったという人はこちらの機会を狙ってみよう。