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【コラム】今、明かされる初代iPod発表会の真実──記者100人、予算5万ドルの幻のイベント

2006年10月24日 23時36分更新

文● ITジャーナリスト 林信行

デジタル音楽プレーヤーの代名詞となったiPodが発表されたのは今からちょうど5年前。日本時間で2001年10月24日の深夜(米時間で10月23日朝)のことになる。


メディアも見抜けなかったiPodの可能性

iPod今日からちょうど5年前に発表された、記念すべき最初のiPod

「ヒント:それはMacではありません」と書かれた謎の招待状が届いたのは、あの悲惨な9.11テロのショックも癒えない10月中旬のことだった。

米アップルコンピュータの本社講堂で静かに発表されたiPodは、まだMac専用で音楽再生以外の機能は一切備えていなかった(ブロック崩しゲームは隠し機能として用意されていた)。

写真左が『Rio 800』、右が『Rio Volt』
写真左が『Rio 800』、右が『Rio Volt』

iPodがどれだけ革新的な製品だったかを知るためには、当時のMP3プレーヤーの状況を知る必要がある。この分野でそれなりの知名度を築いていたのが米ソニックブルー社で、同社はiPod発表の2カ月前にメモリー型MP3プレーヤーの『Rio 800』とCD-R対応プレーヤーの『Rio Volt』を発表している。

Rio 800の内蔵メモリは128MBで、130分強の音楽データーを収録することができた。一方のRio Voltでは、CD-Rに焼いたMP3音楽を聴くことができた。CD-R1枚当たりの容量は約640MBなので、Rio 800と比べるとかなり容量は大きいが、その代わり本体はCDウォークマンほどの大きさになる。



プレゼンに立つスティーブ・ジョブズCEO

そんな中、突然、発表されたiPodは、スティーブ・ジョブズCEOいわく「トランプほどの大きさで、5GBの容量を持ち、あなたが持っている音楽ライブラリーをすべて(1000曲)を持ち歩ける」という製品だった。

ジョブズ氏は自信満々に、われわれは「成功する音楽プレーヤーのレシピを知っている」と訴え、「音楽プレーヤー市場でナンバー1になる」ことを公言していたが、取材に集まった記者達の中で、この料理がどんな味なのかを理解できている人は正直少なかったように思う。

周りの記者からは「高い。399ドルもする音楽プレーヤーが売れるわけがない」「そんなにたくさん音楽を持ち歩いても全部聴けない」「ナンバ-1といってもMac用音楽プレーヤー市場だろう」といった声も聞こえてきた。

しかし、アップルはそれからわずか半年ほどで、音楽プレーヤー市場でナンバー1の座に輝き、iPodはWindowsユーザーがもっともうらやむ周辺機器となった。




“プラグ、アンプラグ&プレイ”のユーザー体験

iPodは、その基本コンセプトや工業デザインも素晴らしいが、5年前の発表会では、これに加えて2つの事柄に重点を置いていた。

ハンズオンの風景

1つは“ユーザー体験”だ。ジョブズが言葉でそう説明したわけではないが、発表会の後、参加記者は全員、プロトタイプのiPodを受け取り、実際に曲をCDから取り込んで、iPodに転送する手順をハンズオンで教えてもらった。

ジョブズ氏は「プラグ、アンプラグ&プレイ(接続、接続解除そして再生)」と呼んでいたが、ご存知の通り、この一連の流れはiPodでは驚くほど簡単だ。

これが他のプレーヤーとなると、そうはいかない。当時は、まだMP3エンコード用ソフトと、曲の転送用ソフトが個別になっていることも多かった時代だ。

CDを挿入したら、MP3のエンコードに時間がかかるので、持ち歩きたい曲だけ狙いを定めてMP3形式に変換し、これを適当なフォルダなどに入れておく。

取り込んだ直後の圧縮ファイルは、“00001.MP3”というような連番形式の名前なので、わかりやすいように“01Libertango.mp3”といった具合に名前を修正する。ここで冒頭に数字をつけるのは、アルバムの中での曲順などをわかりやすくするためだ。

フォルダの中にある程度、曲が貯まってきたら、これを転送ソフトなどを使って転送する。容量不足ですべての曲が転送できない場合は、少し曲を減らしたり、減らした分、短めの曲をいれたりして調整する。

そうした体験とiTunes&iPodの体験には、明確な差がある。では、このiTunesはそもそもどのようなコンセプトで誕生したのだろう。

2001年の1月、ジョブズ氏は、これから先10年の新しいパソコントレンドとして“デジタルライフスタイル”戦略とそれを支える“デジタルハブ”の構想を発表する。

今後、デジタルカメラやデジタルビデオ、携帯電話などのデジタル機器が、われわれの日常にとってさらに重要な意味を持つようになる。

そんな時代、パソコンはこれらの機器をさらに便利に活用するためのハブ(中継機)になるというのが“デジタルハブ”構想だ。大容量のHDDやフルサイズのキーボード、そして大きな画面は携帯型電子機器の補佐をするのに最適、という発想だ。

デジタルハブ構想が明らかにされた1月の時点で、アップルには自社製の携帯型デジタル機器がなかったので、その分、iTunesは努力して他社製の主要な音楽プレーヤー製品すべてに対応しようとしていた。これはMacに他のパソコンでは味わえない、素晴らしいユーザー体験を生み出した。

Windows機では、デジタルカメラやDVカムコーダー、DVD-Rドライブといった製品を買うたびに、専用ソフトが付属してくる。製品を買い替えるたびに、新しいソフトの使い方を覚えさせられることになるわけだ。

これに対して、Macのユーザーは、どこのメーカーのデジタルカメラを購入しても『iPhoto』(2001年当時は『Image Capture』)で写真を管理し、どこの音楽プレーヤーを買っても『iTunes』で音楽を扱える、という形でデジタルハブを体現していた。

先程、紹介したソニックブルーのRioといったMP3プレーヤーでもこの状況は変わらない。Windowsユーザーは付属の専用ソフトを使ってプレイリストを作成し、曲を転送していた。

一方、Macユーザーは普段、曲を聴くのに使っているiTunesを使い、いつも聴いているプレイリストをそのままRioなどのMP3プレーヤーに転送して持ち歩けた。

では、他社製品でそこまでの体験を実現できていたアップルが、なぜiPodを発表する必要があったのか。スティーブ・ジョブズはiPod開発の背景をこのように説明した。

「アップル社のiアプリケーションは、他社製のデジタル機器のことを“よくわかって”いる。だが、他社のデジタル機器はiアプリケーションについてわかっているわけではない。もし、ここでiアプリケーションのことをわかっているデジタル機器をつくれたら、もっと素晴らしいことができるんじゃないか」

1000曲に及ぶ音楽ライブラリーをすべて持ち歩ける大容量を用意した点も、既にMacユーザーが大量の音楽CDを取り込み活用していたiTunesに合わせたと言えるだろう。iTunesをそのまま持ち歩いているかのような錯覚を覚える、わかりやすい操作もiTunesの画面を参考にしている。

そして何より、iTunesがiPodに、iPodもiTunesに歩み寄って、ハードとソフトのあわせ技で製品をデザインしたおかげで、一切、操作が不要な、同期するだけでOKのユーザー体験――“プラグ、アンプラグ&プレイ”が生まれたわけだ。

実はこのハードとソフトの両側から製品をデザインするというアプローチこそ、アップルの大きな強みであり、パソコン製品のMacでも、まさにこれと同じことが行われている。




“Don't Steal Music”

第1世代iPodの発表会でもう1つ見落としてはならないのが、アップルがiPodの発表当初から著作権についての配慮を怠らなかったことだ。発表会でプレス向けに配られたプロトタイプのiPodは、“Don't steal music”と書かれた透明セロハンでラップされていた。

プレスに配られたiPodと20枚の音楽CD

さらに驚くことに、アップルはこのわずか100人ばかりのプレスしかいない記者発表会のために、5万ドルほどの予算をかけていたという。iPodの価格は1台399ドルなので、これだけでは3万9900ドルにしかならない。残りの1万ドル強の行方はというと、実はプレスに渡す音楽CDに費やされていた。

アップルとしては、集まった記者達に帰りの道すがら、さっそくiPodの魅力を試してみて欲しい。そのためにはiPodにあらかじめ曲を入れておく必要がある。先に触れた曲を転送するハンズオンのセッションには、iPodに曲を転送しておくという意味もあったのだ。

しかし、ただ曲をコピーして渡してしまったのでは、アップルが闘っている音楽違法コピーに自ら加担してしまうことになる。そこでアップルは、ハンズオンセッションで使ったCD 20枚の組み合わせを、参加した記者全員分、買い揃えて配ったのだ。

この20枚のCDは、iPod開発チームのメンバーが1枚づつ選んだお気に入りのようだ。Yo-Yo Maなどのクラシック系からロック、映画“オー・ブラザー”のサウンドトラック、そしてジョブズ氏が大好きなボブ・ディランの2枚組ベストアルバムまで多岐に渡るセレクションとなっていた。



プレゼンでも“Don't steal music”を強調

音楽配信サービス“iTunes Music Store”の登場は、まだ先の話だが、ジョブズはiPodの発表会の中で、すでにアップルが音楽著作権の見方であることを強調していた。

また質疑応答では、「iPodに入っている音楽をハッカーなどが無理矢理取り出して、パソコンに違法コピーすることはできないのか?」という質問が出たが、これに対してジョブズは「コンピューターに詳しい人間が技術を使えば、曲は取り出せる」としたものの「そうしたハッカー達とコピー保護のイタチごっこを続けるつもりはない」と付け加えた。

アップルは「あくまでも著作権の知識のない人が過って音楽を不正コピーしてしまうことを防ぐことにある」という立場を取ることを明らかにしたのだ。後にiTunes Music Storeで採用されることとなるデジタル著作権管理(DRM)技術の“FairPlay”も、基本的にはこの理念に基づいている。

アップルはこうやって、音楽レーベルの側に立つわけでもなく、違法行為に後押しされるでもなく、普通のユーザーが音楽をより楽しむためにはどうしたらいいのかを真剣に追求する形で、後に爆発的に成長することになるデジタル音楽ビジネスの扉を開いた。

最近、注目が集まる動画配信ビジネスでも重要なのは、このバランスではないかと思う。

長きにわたってデジタル音楽プレーヤーの最先端を走り続け、いよいよ5周年を迎えたiPod。アップルにはそろそろ、ぜひiPodに続くデジタル携帯機器の第2弾に手を伸ばして欲しいところだ。



林信行
フリーランスITジャーナリスト。ITビジネス動向から工業デザイン、インタラクションデザインなど多彩な分野の記事を執筆。『MACPOWER』『MacPeople』のアドバイザーを経て、現在、日本及び海外の媒体にて記事を執筆中。マイクロソフト(株)の公式サイトで執筆中の連載“Apple's Eye”で有名。自身のブログ"nobilog2"も更新中。オーウェン・リンツメイヤーとの共著「アップルコンフィデンシャル(上)(下)」(アスペクト)も発売中。



お詫びと訂正:初出時、“FairPlay”を“FreePlay”と記載しておりました。訂正してお詫び申し上げます。


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