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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第374回

業界に痕跡を残して消えたメーカー Seagateから独立したHDDメーカーConner

2016年09月19日 11時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII.jp

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Seagateの創業者が3.5インチHDDを
作るために独立

 Seagate退社後のConner氏は、いったんCMI(Computer Memories Inc.)に加わり、低価格のHDDの製造に携わるが、高い不良率(25~30%に達したらしい)のせいで1985年末でIBMとの契約を打ち切られる。これもあってConner氏もCMIを離れ、自身で3.5インチHDDの会社を作ることを決断する。これが、Conner Peripheralである。

 幸いだったのは、すでに3.5インチHDDに取り組んでいる会社は他にも存在したことだ。当時、この急激に立ち上がったPC向けHDDという市場に、10社以上が参入しようとしていた。このうちの1つが、コロラド州で1980年に創業したMiniScribeという会社である。

 同社の製品はやはりST-506互換のフォームファクターで、より大容量を提供できるというもので、このMiniScribeの第2世代製品となるMiniScribe 2700シリーズは、IBMにOEM供給する契約を勝ち取っている。

 これは、HDDの需要が高すぎてSeagate1社では供給しきれなかった、という話ではあるのだが、それでもIBMへの供給契約はまとまった数の注文が来るということでもあり、MiniScribeは1983年に早くも株式上場を果たしている。

 MniScribeはIBMのHDD部門やMemorex、さらにStorage Technology Corporation(後のStorageTek)などを務めてきたTerry Johnson氏が設立した。

 しかし、株式上場後の1984年にIBM-PC/XTの売上げ不調の影響をモロに喰らって売上が急落、社員の26%を解雇する事態に陥り、責任を取ってJohnson氏は辞任する(MiniScribeそのものは1990年まで存続した)。

 このJohnson氏に加え、MiniScribeで実際の製品の設計に携わっていたJohn Squires氏が1986年1月、設立されたばかりのConner Peripheralに参加したことで、開発は一気に進んだ。

 というのは当時MiniScribeは5.25インチHDDに加えて、3.5インチHDDの開発も始めており、ここでのアイディアやノウハウ、さらにはMiniScribe 2700シリーズなどでの経験がそのまま生きることになったからだ。

MiniScribeの技術者を迎え
ソフトウェアでのサーボ制御を実現

 具体的には、さまざまな制御基板を1つにまとめたことだ。これはSquires氏のアイデアだったらしい。ST-506を初めとする多くの製品は、HDDのモーター(サーボ)制御やヘッド制御などに、それぞれ別の回路を用意していた。

 HDDではないが、Shugartの5インチミニフロッピードライブ「SA400」の写真を見ると、I/F基板とモーター制御基板が別々に実装されているのがわかる。

SA400を上から見た図。緑色の基板が制御基板だ

底面。黄色い基板がモーター制御用と思われる

 互換メーカーの中には2つの基板の機能を1つにまとめたメーカーなどもあったが、これは単に実装密度と回路を工夫しただけで、本質的には2つに分かれていた。

 さらにこのもう少し後にSCSI I/Fが登場すると、今度はSCSIプロトコルの処理のためにもう1つ基板が加わるという有様だった。

 一方、MiniScribeの系列では、基板中央にプロセッサー(当初は68H11が利用されていたが、その後より高性能なものに置き換わっていった)が置かれ、この上で簡単なリアルタイムOSが動作し、そのリアルタイムOSがサーボ処理やI/F処理などをすべてまかなうという方式が採用された。

 この方式のメリットは、単にコストダウンだけではなく、ハードウェアで実装すると大掛かりになる機能をソフトウェアで実現できた点も大きい。実際サーボ制御は5インチ以上のHDDではすでに実装例があったが、3.5インチに実装したのはConnerが最初である。

 また、ステッピングモーターを最初に広く利用して成功したのもConnerと言って良いだろう。ST-506はブラシレスDCモーターを採用しており、確かに相対的に重いプラッタをぶん回すには適当でコストもこなれていたが、精度には欠ける部分があった。というより、当時も今もよほどの理由がなければ精度が必要な用途でブラシレスDCモーターは使わない。

 対してステッピングモーターは精度こそ高いものの、駆動力の少なさと発熱の多さが問題であった。ただHDDの容量を増やすためには、プラッタ上に正確にデータを書き込む必要があり、そうなるとステッピングモーターの精度の高さが効いてくる。

 これもあって、多くのベンチャーメーカーが80年代からステッピングモーターを使ったHDDの製造にトライし、失敗を繰り返した。CMIの高い不良率もこれに起因するものだったらしいのだが、Connerはこれを乗り越えることができた。

HDDの9割をCOMPAQが買い取り
記録的な売上をあげる

 こうしていくつもの技術的な障壁を乗り越えてできた最初の製品が、容量40MBの「CP341」である。

3.5インチHDD「CP341」。わかりにくいかもしれないが、アルミのシャーシがマウントブラケットにゴムブッシュを挟んでマウントされている

制御基板面。中央にCPU(XC68HC11A)が鎮座しているのがわかる。隣のAdaptecのAIC-010FLはProgrammable Storage Controller

I/F面。コネクターはIDE準拠だが、まだ外側のガイドがないタイプ。ゴムブッシュのマウントの仕方がわかるはずだ

 実はこのCP341はプロトタイプの時点でCOMPAQ Computerに持ち込まれた結果、当時COMPAQがSASIの代替として推進していたIDEを標準装備することになった。そして1987年にConnerが出荷したHDDの9割をCOMPAQがそのまま買い取るということになった。

 この結果としてConnerは1987年第1四半期に1000万ドル、第2四半期に3000万ドル、1987年通期では1億1300万ドルもの売上げを立てた。翌1988年は2億5600万ドル、1990年には13億3700万ドルに達しており、これは当時のスタートアップ企業の売上としては新記録であった。

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