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電子図書館、読者と作家の目線で進めて

2013年07月05日 18時00分更新

文● 盛田 諒(Ryo Morita)/アスキークラウド編集部

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 昔も今も、本好きの聖域だった図書館。そこでいま、業界の思惑が錯綜している。

 図書館専門の取次会社、図書館流通センター(TRC)は「電子図書館」の無料体験サービスをはじめている。図書館の蔵書データが専用のiPadアプリで読めるもの。図鑑や参考書など50タイトルが1ヵ月限定で借りられる。今年度、全国30館で実施するという。

 TRCではこれまでも電子図書館を有料サービスとして提供していたが、認知率は低く、普及も進まなかった。現在、サービスを導入しているのは全国3200ヵ所のうちわずか8館。TRCでは今後5年間で200館へのシステム導入をめざしている。

 海の向こうを見てみれば、電子図書館で先行しているのはアメリカのアマゾンだ。

 アマゾンは2011年、米オーバードライブ社と提携し、アプリを使った電子図書館サービス「キンドル・ライブラリー・レンディング」を開始した。電子しおりなど付加機能も多く、サービスが使える図書館は全米1万1000ヵ所以上とケタが違う。

 先日、KADOKAWA・講談社・紀伊國屋書店の3社は、東京国際ブックフェア会場で、アマゾンに対抗すべく、図書館向けの電子書籍レンディングサービスを発表した(関連記事)。紀伊國屋書店の高井昌史社長は“黒船上陸”への危機感をあらわにする。

 「オーバードライブが日本に上陸しては困る。紀伊國屋書店は(アマゾンに)電子書籍で負けている。大学図書館や法人向けでも敗北すると、出版業界を守れない」


なにより大事なのは図書館利用者
まずは読者と作家の利益を考えて

 だが、図書館は公共利益とビジネスの交差点。利用者側も敏感になり、業界が積極的に関わることには賛否両論がある。たとえば佐賀県の武雄市図書館。同図書館の指定管理者は、TSUTAYAを運営するカルチャー・コンビニエンス・クラブ(CCC)だ。

 同図書館には蔦谷書店や、スターバックスによるカフェスペースも併設されている。

 西日本新聞によれば、同図書館には平日で約2000人、休日には5000人が来館。4月の入館者は前年比で5倍、開架書庫も前年比2.2倍の約5万6千冊に増加した。武雄市はCCCに年間1億1千万円の委託料を払っているが、それでも回収の見込みはあるという。

 議論になったのは、図書館の利用がTSUTAYAのTカードと紐つけられていること。

 図書館の利用でTポイントがたまる仕組み。それならCCCが貸出履歴などの個人情報を得ることもできるのではないか、という憶測がネットで流れ、騒ぎとなった。武雄市は、あくまで貸出履歴は図書館運用に使われ、「本人の特定はされない」と噂を否定した。

 当のTSUTAYAはTカード効果で書店事業が好調だ。2013年3月期決算では、書籍・雑誌販売がともに前年比5.9%増の1109億円。これで18期連続の増収となった。

 CCCでは、大型店を増やしたこと、カフェを併設して滞在時間を増やしたこと、そしてTカードのデータをマーケティングに使った、顧客目線の商品展開が増収要因としている。

 いずれにしても重要なのは“顧客”の扱いだ。

 出版業界そのものは、1996年をピークに長期低落傾向にある。理由は、出版社が営業利益を目的に商品点数を増やしつづけたことで市場在庫が過剰になり、売り場の疲弊と読者の混乱、早期絶版による作家の意欲低下を招いたためという説もある。

 アマゾン最大の勝因は、出版社や取次会社ではなく、作家と読者の利益を最大化したことにあるとも言われている。そのアマゾンに対抗する日本の出版業界こそ、利用者と作家の利益を第一に考えた電子図書館サービスをつくれるものと期待が集まる。

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