「SHIROBAKOを最後に会社を畳もうと思っていた」――永谷P再起の理由
文●渡辺由美子(@watanabe_yumiko) 編集●村山剛史/ASCII.jp
2015年07月12日 15時00分
<前編はこちら>
「じつはこの作品が終わったら、アニメ業界を辞めようと思っていました」。
アニメ業界を舞台にしたテレビアニメ『SHIROBAKO』のプロデュースを務めた永谷敬之氏から、衝撃的な発言が飛び出した。
24歳のときにアルバイトから業界に入った永谷氏は、『新世紀エヴァンゲリオン』のプロデューサー大月俊倫氏の元で仕事を学んだのち、独立して会社を立ち上げた。
会社が掲げる目標の1つは「作品を10年運用する」こと。けれど自身には、30代後半になって業界に居続けることへの不安があったという。
「『SHIROBAKO』に教わった」と語る永谷氏の“心変わり”とはどんなものだったのか。
すべての仕事を続ける人必読の、発見と再起の物語。
プロフィール:インフィニット代表 永谷敬之氏
1977年生まれ。広島県出身。株式会社インフィニット代表取締役。
スターチャイルド、バンダイビジュアルのプロデューサーを経て独立、株式会社インフィニットを設立。
以降、P.A.Works作品『true tears』『CANAAN』『花咲くいろは』『TARI TARI』『凪のあすから』『グラスリップ』『SHIROBAKO』や、『はたらく魔王さま!』『天体のメソッド』等のプロデュースを手掛ける。
『SHIROBAKO』ストーリー
シロバコとは映像業界で使われる白い箱に入ったビデオテープの事であり、ひとつの作品が完成した際に、制作者が最初に手にする事が出来る成果物である。
イラストや写真等で華やかに作られている販売用パッケージと比べれば、白い箱に入っただけのテープは地味かもしれない。
しかし、そこにはクリエイター達の想いが詰まっている。
この物語は、5人の夢追う女の子を中心に、シロバコの完成を目指し奮闘するアニメ業界にスポットを当て、日々起こるトラブルや、クリエイティブな仕事ゆえに起こる葛藤や挫折、集団で作るからこそ起こる結束や衝突といったアニメ業界の日常を描いた群像劇作品である。
そして、5人が共に目指した夢への挑戦。その先に見出す希望へと続くサクセスストーリー。
そう、アニメの今がここにある……。
スタッフ
原作:武蔵野アニメーション、監督:水島 努、シリーズ構成:横手美智子、キャラクター原案:ぽんかん⑧、アニメーションキャラクターデザイン:関口可奈味、プロデュース:インフィニット、アニメーション制作:P.A.WORKS、製作:「SHIROBAKO」製作委員会
キャスト
宮森あおい:木村珠莉、安原絵麻:佳村はるか、坂木しずか:千菅春香、藤堂美沙:髙野麻美、今井みどり:大和田仁美 ほか
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発売日:7月29日、価格:1万1800円(税抜)、収録話数:19話~21話+『第三飛行少女隊』第1話
初回生産限定版特典
・キャラクター原案ぽんかん⑧描き下ろしイラスト三方背ケース
・キャラクターデザイン関口可奈味描きおろしデジパック仕様
・劇中劇アニメーション『第三飛行少女隊』第1話
・特製ブックレット(40P予定)
・9/20実施予定のスペシャルイベント優先販売申込券
映像特典
木村珠莉制作現場潜入取材VTRその7(仮)
音声特典 オーディオコメンタリー
キャストコメンタリー(収録話のうち1話)、スタッフコメンタリー(収録話のうち1話)
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7年前の作品『true tears』の新グッズが未だに発売される理由
「作品を10年運用する会社です」
―― アニメ業界を舞台にした『SHIROBAKO』で、永谷さんは企画会社のPとして資金集めや宣伝などを担当されていらっしゃるということでした。では、企画会社であるインフィニットならではの特色を挙げるとすれば?
永谷 インフィニットはほぼ僕の個人会社です。特に意識しているのは「作品を後世に残す取り組み」です。一緒に組んでいただく方には、「作品を10年運用します」という言葉で説明しています。
うちのインフィニットショップを見ていただくと、『true tears』など過去にテレビ放送した作品の商品も置いています。『true tears』は、P.A.WORKSさん(『SHIROBAKO』のアニメ制作会社)と最初に手がけた作品なのですが、未だに商品を作って売り続けています。
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true tears Blu-ray Boxバンダイビジュアル
―― 過去作品の商品も作り続けていると。そうした過去作品はどのくらいの利益を生むものなのでしょうか?
永谷 過去作品による金銭的な利益は……あればあったに越したことはないですけれども、ショップを見ていただければわかるように、店構えからしてオフィスビルの地下ですし、「お客さんを入れてどんどん売ってショップとしての売り上げを確立しましょう」といったことを目指している会社ではありません。
商品を販売することは、利益が第一目的ではないんです。
―― 利益ではない?
(次ページでは、「「僕がやりたいです、以上。」で終わらせるために起業した」)
永谷 たとえば、今年はのと鉄道で『花咲くいろは』のラッピング列車を走らせたのですが、これはどこからか宣伝費が出ているわけではなく、うちの会社が――僕がそうしたいから自費でやった企画です。
―― ビジネスの仕組みとしてはどんなものになりますか?
永谷 単純化してお伝えすると、うちは、商品化をして回収したお金の利益を宣伝費に充てています。逆に言えば、うちの会社的に大きく帳尻が合いさえすれば、過去作品に投資することは可能なんです。
これが、うちが重宝していただいている理由でもあると思いますが、過去作品で(大がかりな費用がかかる)ラッピング列車を走らせるようなことは、ほかの会社では難しいかもしれません。
これは2つの理由からです。
1つは、製作委員会方式では2年経った作品に宣伝費を投下することは難しい。Blu-ray、DVDパッケージの最終巻が出た段階でビジネスとしては1回終了という形になりますから。
もう1つは、タイミングですね。「『花咲くいろは』のファンが石川県に舞台探訪に来てくださっているので、今投下しなきゃ、この瞬間すぐやらなきゃ」と言われても、大きな組織ではなかなか難しいと思います。
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会社をつくった最大の理由は
作品にとってのジャストタイミングで仕掛けるため
―― それはなぜですか?
永谷 組織に属していると、タイミングを逸することのほうが多いと思うんです。いわゆる段取りを踏みます。企画書を上げて、稟議を通して、みたいな話になる。
そして最大のハードルとしては「これはどうやって回収するんだい?」という話になるわけじゃないですか。会社である以上、ラッピングをしたことによって、どんな利益として跳ね返ってくるのかというのは、会社としては気になりますよね。
けれども、回収しませんよと。「(その代わり)この費用はうちで持ちます」と委員会の方に言えば、誰の腹も痛まない(笑)。個人会社なので、僕の裁量でできる。そこが強みですね。
―― でも、御社の腹は痛むかもしれない。「費用うち持ち」とはいえ、お金が回収できなくてもやるというのは、企業のあり方としては少々特殊なように見えますが。
永谷 僕個人の趣味ですよね。もう。
―― 趣味!?
永谷 全部で6両しかない鉄道会社の車輌の半分をラッピングしたい。それをみんなが喜んでくれたらうれしい!
うちの会社は、いろんな人に話をすると、謎な会社だと言われます。何がしたいのかという理念に関しては、「自分が好きなことをやりたい」と明確な一文で片付くのですが、会社としてどうなのと言われたら、「それは知りません(笑)」。企業体としては不健全かもしれません。
けれども、「エンタメ産業ってノリと勢いでしょ」ってところがあるわけですよ。今ここで、こういうものが求められているから、この瞬間に投下すれば話題になるかもしれないというときに、稟議を通すだなんだで「2ヵ月先になります」では……2ヵ月先まで話題になっている確約はないわけです。
ですからそれを「僕がやりたいです、以上。」で終わらせるために、うちは会社になっているんです(笑)。
人からはたまに「青くさいね」と言われることもあるけれど、会社をつくった最大の理由は、自分が好きなアニメを自分で好きなように運用したいからですし。
「製作委員会が解散した後は、うちが宣伝を引き受けている」と言うと、おこがましく聞こえるかもしれないけれど、その先にあるのは、そもそも企画に乗ってくださった製作委員会の皆様にうちができることといったら、そのぐらいしかない、というのもあるわけです。
(次ページでは、「「後世に残したい」とは『絶対に売ってやる!』という覚悟を示す言葉」)
「後世に残したい」とは
『絶対に売ってやる!』という覚悟を示す言葉
永谷 現在、年間160本前後のアニメがつくられています。そのなかには、人々の記憶に残らない作品があります。さらに言えば、良い作品と呼ばれたにもかかわらず、忘れ去られて後世に残っていかないこともあるんです。
これが、うちの会社が存続させていただいている理由の1つではないかと。僕は「後世に残す」という言い方をしていますが、これはつまり「作品の寿命を伸ばす」という意味になると思います。
過去作品のどれが売れた、売れなかったという区別はせずに、等しく作品を残す努力というものをうちの会社はさせていただいています。自分で立ち上げた企画ですから、最後まで面倒は見る覚悟はあるという姿勢を見せるわけです。
「作品を10年運用します」というのは、言うだけなら誰でも言えますが、『花咲くいろは』はテレビ放送から5年経ってもラッピング電車を走らせていますし、まだ折り返しポイントなので向こう5年はやり続けます。後世に残すためには、売らなきゃいけない。必然的に「売りましょう!」というプロデューサーとしての覚悟の話ですね。
……と、そんなことを言いつつ、僕は『SHIROBAKO』が終わったら、会社を畳んでアニメ業界を引退しようと思っていたのですが(笑)。
―― えっ。それは本当ですか?
永谷 はい。本気で。『SHIROBAKO』終了後、どうやって会社を閉じようかな……と。
アニメ業界を引退しようと思った
永谷 心理的な経緯としてはまず、やりたいことをやるために会社を立ち上げたわけですが、おかげさまで5年間やってきて、そういった作品をたくさんつくれましたと。
それでいて、決してアニメ業界というのは好景気ではない。うちのような企画会社がこの先どれだけ必要とされるかは、自分のなかで今でも未知数な部分があります。
そして、歳をとって自分の感性が視聴者とズレてしまうこともあるかもしれない、とも思いました。
そんなふうに思うことが多くなってきたときに、P.A.Worksの堀川さんが『SHIROBAKO』をやろうと。じゃあ、アニメ業界ものをやって、5年目のタイミングでこの業界を去るのも一興かなと、じつは思ったんです。
―― では、現在は会社を畳もうとは――?
永谷 思っていません。なぜ心変わりしたかと言いますと、『SHIROBAKO』の制作中、放送1年半前からシナリオを読みつつ制作に携わっていくうちに、思うところがいっぱいありまして。
自分のアニメへの関わり方に関しても、考えが変わってきたんです。それに僕自身、主人公・宮森あおいの心理と重なるところが多かったのですね。
19話で、あおいが子どもの頃大好きだった『山はりねずみアンデスチャッキー』のセル画を見つけたり、映像を見て「ああ、すごい」って感動するシーンは、僕がアニメ業界に入った頃の心理とすごく重なる気がしました。
―― あおいが劇中アニメ『チャッキー』のセル画を見ているところから、武蔵野アニメーションの丸川社長たちの若い頃のシーンへとつながる名場面でしたね。
永谷 僕は、『新世紀エヴァンゲリオン』や『機動戦艦ナデシコ』を見て憧れて、それらを手掛けたキングレコードのスターチャイルドにアルバイトとして入れてもらいました。
働き出すと、お客さんだったときには見えなかった苦労がいっぱい見えたりするんですよ。それでも、昔のセル画や絵コンテとかを見つけて「ああ、すごい」って感動して、仕事への喜びを思い出す。
だから最終回で、ロロがあおいに向かって「このままアニメを作りたいのか、作りたいとしたらなぜなのか」という問いかけと、あおいが出した結論が、心にすごく響いたんです。
“アニメを作ることが好きだし、アニメを作る人が好きだから、これからもアニメを作りたい”。
―― 物語が現実のご自身と重なったのですね。
永谷 はい。そして業界に留まろうと思ったもう1つの理由は、こちらは現実の話ですけれども、うちの会社に初めて新入社員が入ったんですよ。
あおいたちのように、「アニメをつくりたい」という若い子たちが入ってきて、さらに、うちの会社で働きたいと言ってくれる子たちがいることにすごく喜びを覚えまして。
(次ページでは、「部下を持つことで得たものは後世に引き継ぐ喜び」)
部下を持つことで得たものは後世に引き継ぐ喜び
―― 新入社員が、そんなにも大きな契機になったのですか。
永谷 これまで部下というものを持つことがなかったので。
僕は経歴がちょっと複雑で(笑)、高校を卒業してからフリーターを2年間やって、それから大学に行って、卒業したら24歳。そこからスターチャイルドにバイトで入ったんです。
その頃のアニメ産業は業界不況で、新卒をあまりとっていませんでした。2000年初頭ですね。LD(レーザーディスク)が終焉を迎えて、DVDが売れ始める前の狭間の時期でした。
アニメ業界全体で見ても、同い年のプロデューサーはあまりいません。必然的に部下に関する事柄について考えることがなかったんです。
―― “部下を持つ”というのはどういった喜びでしたか?
永谷 後世に引き継ぐ喜び、ですね。
今までは、「自分が好きなアニメでこういうものがつくりたい」というモチベーションだけで働いてきましたが、部下を持つことで、かつて僕が先輩に“アニメのプロデューサーとはこうあるべき”と教わったことを、今度は後輩に教えてみたいなと思ったんです。
先ほどの19話でも、美術監督の大倉の若い頃が描かれていて、まだ実績もない大倉が「こうやりたいんだ!」という情熱を、上の世代が受け入れてくれるシーンがありました。自分のプロデューサー人生のなかで置き換えてみても、『僕が若い頃、上司はこんな風に思っていたのか』とか、そういったことが今の僕にはわかって、すごくじーんと来ました。
僕の上司だったキングレコードの大月俊倫さんは、様々な場面で、上の立場として責任を取ってくれる人だった気がしています。いろいろなところに対してのフォローをご自身でなさっていた。そうでないと、庵野秀明監督をはじめとするトップクリエイターからの信用は生まれません。
責任をとってくれていたというのは、つまり部下の僕らを守ろうとしてくれていたということだと思います。
―― 自分が仕事をやりたいだけではなく、下の方を育てたいと思い始めたのは、上の世代が見えたからでしょうか。
永谷 そうなんでしょうね。
僕は、心のどこかで常に「もう一回、いちファンに戻りたい」と思っているところがあったのですが、もしも自分がもう一度ファンの立場に回って、『アニメというものをこれからも見ていたい、業界が残ってほしい』と思ったときに、もう少し自分にもアニメと業界に対してできることがあるのではと『SHIROBAKO』に教えられました。
作中で、小諸スタジオで仕上げを一緒にやっていた人がハードディスクを届けてくれる話とか、あんな風に自分を助けてくれる昔の仲間がいたりするとか、そういうところで身につまされる部分がいっぱいありまして。
今、自分が会社を畳んでファンに戻りますというのは、ひょっとしたら“逃げ”なんじゃないかなと。なんとなく不況だから、自分の感性がズレるかもしれないから、早々にこの船から下りました、みたいな、ね。
そうではなく、まだ自分にも何かやれることがあるのではないかと。P.A.WORKSの堀川社長のセリフじゃないけど「明日も頑張ろう」という。
“仕事の楽しさ”をいかに見つけるか
―― 永谷さんのそうした心理が、『SHIROBAKO』制作の上で反映されたことはありますか?
永谷 キャストの方たちに、ラジオ番組の企画で実際にアニメをつくってもらったことにつながっていると思います。声優さんたちが作画した4分ぐらいのアニメが、少し前に完成しまして。
なぜ始めたかというと、声優だけどアニメをつくってみることで、思いもしない発見や可能性が生まれるかもしれない。より楽しむためにはいろいろなことに挑戦して発見して経験を積んでいくことが大事かなと。
特に、「新しいことを見つけたい」という欲求は、明日も仕事を続けていくための活力になるのではないか、と。そういうことを伝えたかったのです。
『SHIROBAKO』はアニメ業界ものではありますが、じつは一般社会と変わりはなくて、普通に働いていたら、あおいたちが体験していること、感じていることって会社員でもうなづけることだと思います。
声優志望の坂木しずかが周囲から思うように評価をもらえなくて悩んだり、あおいのように自分が頑張っても、周囲の状況のせいで作業が遅れてしまうとか、ストレスとかフラストレーションはいくらでもあります。
自分の仕事が大変だと思う人は大勢いると思いますが、僕が視聴者の方に『SHIROBAKO』で感じてもらえたら特にうれしいのは、「仕事の楽しさの見つけ方」なんだろうなと。
―― 「仕事の楽しさの見つけ方」ですか。
永谷 ……これは一度業界の仕事をやめようとした僕自身に言い聞かせていることなんですけれども(笑)、自分はひょっとしたら不満に思っている状況かもしれないけれど、置かれた状況のなかでも楽しみ方はあって。自分にとって楽しいことや意義のあることを探し出すことで、その楽しみによって先にあるものを見据えることができて、結果、日々の仕事をやっぱり頑張ろうと思えればいいなと。
それが堀川さんが言っていた「明日も頑張ろう」というメッセージにもつながっているのかなと思います。
(次ページでは、「「堀川さんの最後の作品は僕にやらせてね」」)
「堀川さんの最後の作品は僕にやらせてね」
―― 堀川さんの「明日も頑張ろう」は、永谷さんの柱にもなっているのでしょうか?
永谷 信頼しているのは堀川さん自身ですね。もしこれが面識のない方の企画で、「これは採算が取れるかどうか」の算段だけで考えたら、仕事としては「やめよう」と言う判断になったと思います。
「アニメ制作現場を描いたアニメ」は、労力と予算を考えただけでも、ものすごく大変だろうなと想像がつきます。覚悟を決めてつくらない限りは無理ですから。もしくは「お仕事ものアニメ」だとしても、もう少しライトで、深夜アニメ向きなものにしようと判断したと思います。
でも、堀川さんずるいなと思ったのは、『これは永谷に持っていけばやってくれるだろう』と思って持ってきたところ(笑)。
―― 永谷さんもまた、堀川さんから信頼されている、ということですね。
永谷 堀川さんは、『SHIROBAKO』で言う武蔵野アニメーションの丸川社長みたいなポジションなわけです。セル時代からアニメをつくってきて、社長になってからは若い人たちと一緒にデジタルへの過渡期を見ているという。
ですから『SHIROBAKO』の物語的にも、堀川さんなりに自分のプロデューサーとしての最後というものを見据えていて、自分がアニメ業界に残せるものを今回やりたいのだろうなと。
堀川さんがそう思っているのであれば、これは俺が何とかせにゃあかんなと。
堀川さんにもよく言うのですが、「堀川さんが最後にプロデューサーをやる作品はうちでやらせてね」って。
―― 熱いお話ですね。アニメ制作は、どこまでいっても個人がベースであるところが興味深いです。
永谷 先ほどお話した『花咲くいろは』を作品として残す努力をあと5年続けて、10年経ったときに初めて「あのとき言っていたことが本当に実現しているよね」となると、うち的にはやり遂げたことになるのかな。
5年目で会社を畳もうとしていたときには、『10年残すとかいろいろ宣言しちゃったけれど、ごめんちゃい』と思っていたのですが、腹をくくった今は作品を10年残すために働いています。
僕が見てきた大好きなアニメーションというものを、後世に残したい。会社の理念としていくつかあるうちの1つが、将来、うちの子が――まだ2才なんですけれども――もしもアニメを見るような歳になったときに、「こういうものをつくってきたんだ」と見せられるものをつくりたい。世の中的にも、マーケット的にも評価されるものをつくってきたと、父親らしく言いたい、みたいな(笑)。
アニメ業界はスリリングかつハートフル!
永谷 いろんなことを考えています。夢も妄想も含めて、全部、十把一絡げ的に何となく語れちゃうのがアニメ業界のいいところだと思うんです。
ああなったらいいな、こうなったらいいなって思ったことが、アニメ業界は、実行力さえあれば案外どうにかなる可能性がある世界だと僕は思っていまして。
アニメ業界はスリリングかつハートフルだとよく思うのですが、スリリングと言うのは、たとえばSHIROBAKO最終回のように当日納品だったりとか、それこそ作中で描かれたあらゆることがスリリングですよね。
けれどもハートフルなところもいっぱいあって、日々刺激を受けながら働いていくことに一番楽しみを感じています。アニメ業界って、昨日と同じ日ってあまりないんです。たとえば、V編とかアフレコとか、同じ作業をしていても、当然、話数も違えば出ている人も違うということで、異なる刺激が毎回あるので、自分も頑張らなきゃと思うことができるんです。
自分にクリエイティブな才能がもっとあれば、と思うときもありますが、周りにいるクリエイティブなセンスを持っている人たちの刺激に触れられるので楽しいですよ。
ファンに戻りたいと言ったときのファンの心理につながる話ですが、上がってきたばかり出来立てほやほやのアニメを特等席で見られるという、こんな喜びに浸れることはそうありません(笑)。
やめちゃおうかと思っていた時期もありましたが、まあ、『SHIROBAKO』の最終回が納品された今この瞬間のテンションだけで言えば、天職なのかなと思います。
あと6、7時間後ですが、最終回が放送されることを祈って。
―― どうもありがとうございました。
<前編はこちら>
著者紹介:渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)
1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。著書に『ワタシの夫は理系クン』(NTT出版)ほか。
連載に「渡辺由美子のアニメライターの仕事術」(アニメ!アニメ!)、「アニメリコメンド」「妄想!ふ女子ワールド」(Febri)、「アニメから見る時代の欲望」(日経ビジネスオンライン)ほか。