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「覚醒プロジェクト」スーパーバイザーに聞く

「AI界を覚醒させるようなアイデア創出に期待」東大・松原 仁教授

2023年10月11日 10時10分更新

文● 松田 優

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 産業技術総合研究所(産総研)は2023年、若手AI研究者の育成を支援する覚醒プロジェクトを立ち上げた。35歳未満の若手研究者を対象に独創的な研究テーマを募集し、採択された研究者には研究資金や計算資源、プロジェクトマネージャー(PM)による助言などの支援を提供する。応募は10月13日まで、同プロジェクトのサイトで受付中だ。
 プロジェクトのスーパーバイザーを務める、東京大学次世代知能科学研究センター教授の松原仁氏に若手研究者への期待と、今後のAI研究の可能性について尋ねた。

東京大学次世代知能科学研究センター教授
松原 仁氏

1959年東京都生まれ。1981年に東京大学理学部情報科学科を卒業し、1986年に同大学大学院工学系研究科情報工学専攻博士課程を修了(工学博士)。同年、電子技術総合研究所(現産業技術総合研究所)入所。2000年に公立はこだて未来大学システム情報科学部教授となり、2020年より現職。専門は人工知能研究で、ロボカップの提唱者の1人でもある。著書に『将棋とコンピュータ』『鉄腕アトムは実現できるか?』『AIに心は宿るのか』など。人工知能学会元会長、観光情報学会前会長、株式会社未来シェア取締役会長。

大きな挑戦に挑むためのアイデアを試す場

――若手研究人材育成事業「覚醒プロジェクト」が始まりました。人工知能(AI)の若手研究人材を育成する意義について、松原先生のご意見を聞かせてください。

松原 「俺が若い時代にこんな制度があればよかったなあ」と、我々の世代は思うでしょうね。

 大学に所属する日本の若手研究者は一般的に、研究室を運営する教授の研究費で活動します。そのため、研究の方向性やテーマに制約を受けることがあり、極端な例ではテーマを指定される場合もある。経済的に自立してないため、自由度が低いわけです。

 研究には資金が必要ですが、莫大なものでなくても構いません。覚醒プロジェクトでは300万円が支援されますが、新しいアイデアを試すにはよい資金となるでしょう。そのアイデアを試してみて良い感触を得たら、大きな予算に挑戦すればいい。大きな予算にトライする端緒をつくるためのプロジェクトが、今回の「覚醒」だと捉えています。

――松原先生ご自身も「自由がない」と感じる頃があったのでしょうか。

松原 私だけではなく、私と同年代の研究者はそう感じていたのではないでしょうか。私が若手の頃は、AIの冬の時代です。AIを研究しようと決意した際、周囲からの圧力が非常に強かった。特に私が取り組んでいたゲームに関するAI研究は「役に立たない遊び」と言われていました。私が将棋のAI研究を始めたのは、自分自身が将棋好きだったこともありますが、一番叩かれているところに進まないといけないという強い気持ちがあったからです。天邪鬼な性格なので、多くの人から否定的な意見を受ければ受けるほど、むしろその道を進むべきだと感じてしまいました。

経済力勝負からアイデア勝負回帰へ備えよ

――AI研究の主戦場は、研究室から企業に移っています。データや資金力に左右される時代ですが、松原先生は現在のAI研究をどのように見ていますか。

松原 確かに今のAI研究は、特に深層学習(ディープラーニング)を中心に、資金力勝負になっています。研究は社会活動の一部であり、経済に影響を受けるのは必然なのですが、うれしくはないですね。

 ただAIの研究では、最初は資金がかかるものの、徐々にそれが資金をかけなくてもできるようになります。計算資源が安価に使えるようになるからです。そうなってくると、またアイデア勝負の時期に戻ります。AI研究の70年近い歴史を見てみると、そのサイクルを繰り返しています。

 ですので、資金力勝負の時期が終わり、アイデア勝負の時期に戻ったときに備え、大きく飛躍するアイデアを見つけておく必要があります。今回の覚醒プロジェクトではそんなアイデアに期待を寄せています。

 もちろん応募者からの提案を見ただけで、そのアイデアが花を咲かせるかどうかはわかりません。今回の覚醒プロジェクトでは採択される人数は限られていますが、いろいろなアイデアを出してもらうことが重要だと考えています。多くのアイデアがあれば、遺伝的アルゴリズムのように、結果的に良いアイデアが生き残る可能性が高くなります。

 そのアイデアをどれだけ展開できるかは、採択者本人の努力も必要ですが、運や社会状況などさまざまな要因によるところも大きいため、そのアイデアが広がる場を提供しなければいけません。覚醒プロジェクトは、そのような役割を担っていると考えています。

東京大学の松原 仁教授(インタビューはオンラインで実施した)

研究室を飛び越えた交流に期待

――覚醒プロジェクトではPMが採択者の研究活動に伴走します。PMと共同で研究を進めるメリットには、どのようなものがありますか。

松原 大学院においては、教授等のもとで研究を進めるのが一般的です。この構造には利点があり、教授の価値観や研究手法を学ぶことができます。しかし、その反面、教授の考え方や価値観から独立した視点を持つのが難しくなる場合があります。ですので、他の研究者から意見を聞いて、それをもとに研究を見直したり、違う側面からのヒントを得たり、いろいろな価値観や意見に触れて視野を広げる機会は非常に有益でしょう。

 かつては「自分の学生に口出しするな」という雰囲気が一部にあったと思います。しかし、最近では、自分の学生が外部から資金やサポートを受け取ることに前向きな教授が多い。若手研究者にはぜひ積極的に活動してほしいと思っています。

 覚醒プロジェクトの9カ月という期間は、長いと言えば長いし、短いと言えば短い。プロジェクトが終了しても、採択者をフォローアップするような体制が整っていくとさらに価値があるものになると思っています。

 私は若手時代に、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業「さきがけ」で将棋のAI研究が採択されました。それから同期の研究者と定期的に集まる機会が続いています。それぞれ分野は異なりますが、現在でも連絡を取り合ったり、共同研究を行ったりしている仲間がたくさんいます。同期や先輩・後輩との交流は財産となりますからね。

みんなが同じことをやる必要はない

――松原先生は現在のAI研究では、どのような分野に関心をお持ちですか。

松原 個人的に興味があるのは、生成AIの先に何があるのかということです。多くの研究者がすでに指摘しているように、ChatGPTのような生成AIは言葉を中心に学んでいるので、身体性を持たせる必要があるでしょう。

 人間の子どもは物を触ったり、口に物を入れたりしながら、親や周囲の人々に質問を繰り返します。生成AIに目や耳を持たせると、新たな進化が見込めると考えています。しかし、具体的にどのような手法やアプローチでそれを実現できるのかは明確ではありません。そういったアイデアが覚醒プロジェクトで出てくるとうれしいですね。

――深層学習以外の研究はいかがでしょうか。

松原 極端に言うと、深層学習が台頭し続けることはないと予想しています。

 現在、AI研究に注目が集まっているため、若い研究者たちが多く参入してきています。これはとても喜ばしいことだと感じています。実際、AIの学会において優秀な研究者が参入していた時期と、そうでない時期ははっきりとしています。ブームの時期は多くの人が同じ方向に向かってしまうのは仕方がないことかもしれませんが、全員が深層学習に焦点を当てる必要はありません。将来的には、深層学習を超える新しいアイデアや技術が出現するでしょう。それが日本から生まれることを個人的に期待しています。

――今回の応募条件には、高専の専攻科生が含まれています。研究を始めたばかりの学生からの応募についてはどのようにお考えですか。

松原 大歓迎ですね。たくさん勉強して、現状を理解してその先を進める王道なやり方ももちろんいいですが、勉強し過ぎてしまうと、すでに知っている範囲での改良版の発想にとらわれてしまうことがあります。

 AIの分野も歴史を重ねることで、ある程度の「作法」が確立されました。この作法は学問としての進化には必要ですが、あまりにもそれに固執すると、画期的な新しいアイデアが生まれにくくなります。

 時には研究者たちが「何なんだ、これは」と言ってしまうような突飛なアイデアが必要です。AIには、時々そういうアイデアが出てきて現場をかき回して発展してきた歴史がありますからね。

 「覚醒」という言葉にはさまざまな意味があると思いますが、既存のAI界を覚醒させるようなテーマが出てくると面白いですね。本人が覚醒するのはもちろんのこと、周りも覚醒させてくれるような、そんな人やアイデアが、このプロジェクトから生まれることを期待しています。

覚醒プロジェクト概要

応募締切:2023 年 10 ⽉ 13⽇(金)23:59
募集内容:
以下の5つの分野に関する研究開発を提案してください。
・募集分野① 「空間の移動」
・募集分野② 「生産性」
・募集分野③ 「健康・医療・介護」
・募集分野④ 「安心・安全」
・募集分野⑤ 「その他の社会課題解決に資するテーマ」

募集対象:
高等専門学校専攻生、大学院生(学部生は対象外)、ポスドクなど、高専、大学、研究機関、企業等に所属する35歳未満の個人もしくはグループ(2023年4月1日時点)

応募⽅法:
公式サイトで応募を受け付けます。Webフォームに必要事項を記入のうえ、提案書や知的財産の確認書、所属組織の承諾書など、指定する必要書類をアップロードください。

研究開発支援:
採択された研究実施者には、以下の支援を行います。
・プロジェクトマネージャー(PM)の伴走・アドバイス
・1プロジェクトあたり300万円 を支援
・ABCI(AI橋渡しクラウド)等の産業技術総合研究所の共用施設の無償利用

覚醒プロジェクト公式サイト

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