インターネットの終わりと始まり GDPR本当の目的

文●盛田 諒(Ryo Morita)

2018年06月12日 16時00分

 グーグルやフェイスブックなどの巨大企業はいやになるほど儲けている。

 グーグル親会社アルファベットの年間売上高は直近1108億5500万ドル(約12.2兆円)、フェイスブックは同じく406億5300万ドル(約4.4兆円)。「わたしにお金がないのはこいつらのせいか!」とやつあたりしたくなる。

 2社が作っているのはお金の代わりに個人情報を出すと使えるサービスだ。裏を返せばわたしの個人情報には高い価値がある。彼らはプライバシーポリシーの裏側で「あなたの個人情報は高値で売れます」と言っているのだ。わたしにお金がないのは彼らのせいだというのはたんなるねたみではないのではないか。

 ムカついているのはわたしだけではなく、特に欧州連合(EU)では大きな動きが起きている。現地時間5月25日に施行した一般データ保護規則(GDPR)だ。企業の個人情報利用を規制するもので、違反企業には1000万~2000万ユーロ(約13~26億円)または全売上高の2~4%の制裁金が課される。欧州で展開している日本企業も対象だが、ねらいはグーグルやフェイスブックなどの巨大企業だ。実際、2社と子会社を含む4社は施行当日さっそくプライバシー侵害で提訴された。

 GDPRについての日本の報道は「制裁金がすごい」「日本企業も対策しないと」という点が中心で、旧来型のインターネットビジネスをGDPRがどう変えていくのかという展望をまとめた話はまだ少ない。目立っていたのはメディア美学者・武邑光裕さんがWIRED日本版で昨年からつづけていた連載だ。6月21日には連載をまとめた書籍『さよなら、インターネット』をダイヤモンド社から出すらしい。

 さよならといえばWIRED日本版元編集長の若林恵さんも『さよなら未来』という新刊を岩波から出したばかり。ダイヤモンドが刊行記念に、さよならタッグを招いたGDPRセミナーをひらくというので行ってきた。平日19時から21時半まで2時間半にわたるアツい集中講義だった。濃い時間のつまみ食いをどうぞ。

「さよならインターネット・さよなら未来~GDPRと新しいコモンズ」
6月7日(木)19:00開催(終了済み)
語り手:武邑光裕さん『さよなら、インターネット――GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)
聞き手:若林恵さん『さよなら未来――エディターズ・クロニクル 2010-2017』(岩波書店)

若林恵さん

武邑光裕さん

●GDPRの成り立ち:
35歳の若者がつくった

 はじめにGDPRは若き青年政治家がつくった法律だ。

 「GDPRは長い歴史の葛藤と生身の人間が作りだしたことを忘れてはいけない。ヤン・アルブレヒトという35歳の若者が作った法律なんです」(武邑さん)

 GDPRはEUが1995年に作った「データ保護指令」を前身として、ヤン・フィリップ・アルブレヒト(Jan Philipp Albrecht)が中心となって作ったものという。彼はフンボルトで法律と情報通信を学び、緑の党から出馬した政治家だ。データ保護に特化した政治家として頭角をあらわし、GDPR責任者になった。

 データ保護指令が十数年にわたってアップデートされた後、GDPRは2016年4月24日に初めて発効された。その後2年の猶予期間を経て今年5月25日に全面施行された。2016年の制定にいたるまで最後の3~5年間は彼の手腕だったという。

 彼を主役としたドキュメンタリー映画も公開されている。「あまり表には出てこなかったが非常に重要な人間」(武邑さん)だ。


●GDPRのねらい:
巨大企業という入口をふさぐ

 GDPRは2016年の制定時から巨大企業をねらいとしていたそうだ。当時EU議会議長だったマルティン・シュルツは2016年2月の講演で、巨大企業などを名指しして「許されるべきではない」という非常に強いメッセージを発していたという。

 “もし個人情報が21世紀のもっとも重要なコモディティであるなら、個々人のデータに対する所有権が強化されるべきです。特に、これまで何も支払わないでこの『商品』を手に入れている狡猾な人たちに反対することです。グーグル、アップル、アマゾン、フェイスブック、アリババなど、これらの企業が新しい世界秩序を具現化していくなど、許されるべきではありません”

──マルティン・シュルツ(EU議会議長、2016年)

 GDPR発効後、中小Web企業やブロガーが個人情報のやりとりをどこまで対応しなければいけないのかという議論があった。しかしGDPRの制裁金は軽くて1000万ユーロ(約13億円)、大企業以外は実質対象になっていないという。実際、施行日以降にEU議会長官が「(GDPRの)制裁金規模は、大規模に個人情報収集をして儲けている企業が対象だ」という旨の発言をしているそうだ。

 ただし武邑さんによれば本当にGDPRがターゲットにしているのは巨大資本そのものではなく、彼らの収益源となってきたアドテクノロジーだ。特定消費者層を正確にしぼりこめる広告技術の発展により、フェイスブックとケンブリッジ・アナリティカの関係に代表されるような「抜け穴」が増えてしまった。そこでトンネルとして悪用されてしまう「入り口」をふさぐのが目的なのだという。

 一方、グーグルにとって個人情報収集はもはや「ビジネスモデルの中心にない」(武邑さん)。検索、メール、カレンダーなどの無料サービスを通じて、個人情報はすでに吸い取れるだけ吸い取った。いま彼らはもう「データのロンダリング」(同)を終え、AIで稼ぐフェーズに入っているそうだ。

●GDPRの歴史的背景:
ベルリン第4の壁

 武邑さんいわく、GDPRは「ベルリン第4の壁」と位置づけられる。13世紀にベルリンができてから、ベルリンには(1)城壁、(2)交易の壁、(3)ベルリンの壁ができた。そして4つ目の壁がインターネット防護壁としてのGDPRだ。

 GDPRはヨーロッパ史の中で「デジタル監視社会からEU市民を守るという使命」(武邑さん)がある。GDPRが対抗しようとしているようなプライバシーの脅威のことは、ドイツで「シュタージ2.0」と呼ばれているという。シュタージは東ドイツの秘密警察のことだ。「国家機構がグーグルやフェイスブックなどを通じて人々を監視しているのではないか」と、かつてのシュタージを知る人々が嫌悪感や警戒感を抱いている。それがGDPRの源になっているという。

 さらに武邑さんに言わせれば原点はルネサンスにある。

 神から人間へ。人々はキリスト教支配から解き放たれ、人間であるということをふたたび考えるべきだ、というのがルネサンスの思想だ。ひるがえって現在、テクノロジーは一神教よろしく強大な宗教のようなものになっている。わたしたちは毎日のようにスマートフォンを通じて神のように圧倒的な力を礼拝している。「それに気づかせる最大の装置がGDPR」(武邑さん)なのだという。

 思想家のロラン・バルトが1980年代に主張した「作者の死」は、読者が作者になることで作者の特権的な地位が崩壊するというユートピア的な思想だった。当時の空気を下地として「オープン」「フリー」などコンセプトを礼賛する文化が生まれ、気前のいいデータの提供につながったと考えると、たしかに宗教を感じる。

●GDPRの次にあたる政策議論:
新しいインターネット

 EUはGDPRをつくって終わりではなく、個人を情報の主体とした新しい情報基盤づくりのための政策を進めている。アメリカが主導する現在のインターネットに変わる「次世代インターネット(NEXT GENERATION INTERNET)」だ。プロジェクトにはWWW発案者ティム・バーナーズ=リーなども参加している。

 EUはイノベーションプロジェクトに全体で約800億ユーロ(約10兆円)の助成金を用意する制度「ホライズン2020」を実施しており、同プログラムから約8億円の助成を受けたプロジェクトに「デコード(DECODE)」がある。

 DECODEでは、適切にプライバシーを保護しつつ、広範にデータを共同利用できる新たな情報基盤によるデジタル経済圏の構築をめざしているという。理想としているのは、企業が個人情報を管理するリスクがなく、個人が企業からプライバシーをおびやかされることがない「Win-Winな世界」(武邑さん)だ。


 新しいインターネット世界でビジネスチャンスにつながるのは、自分の個人情報を自分で管理する「データポータビリティ」の考え方だ。

 武邑さんが象徴として紹介したのはベルリンのスタートアップ「N26」。スマホのカメラをかざすとわずか8分で銀行口座を開けるモバイルバンクサービスだ。口座の管理機能を個人に与えるのが特徴で、たとえばカードを落としてしまったときに自分でカードを停止できる。これは銀行やカード会社など一部特権企業から個人に情報管理権限をもどすことで生まれてくる新しいビジネスの一例だという。

●GDPRこれからの議論:
AIにもプライバシーを

 GDPRではいずれ「AIのプライバシー」も対象になるという。EUでは次なる法整備に向けて「AIに法的な電子的人格を与えることを考慮すべきだ」という報告書が提出され、開発者たちの間で物議をかもしているそうだ。

 たとえば、自動運転のロボットが事故を起こしたときにだれが責任を負うか。

 今は製造者、役務を命令した人間、自動運転車の所有者、プログラム開発者などの意見があがっている。しかし今後、いかなる人間の指示からも独立した完全自律型のAIができたとしたら、法的責任や法的人格は、他でもないAI自身にあるはずだというのがEUの考えなのだという。

 自らのプライバシーをもった完全自律型のAIを想定すると、制御不可能になったとき危険な状態になると開発者は反対する。しかしEUは完全自律型を想定してAIのプライバシーを認めなければ人間とAIのバランスがとれなくなってしまうと主張し、法律として明文化しようとしているというのだ。

 完全自律型AIというと遠い未来の話に聞こえるが、武邑さんがAI研究者である東京大学の松尾豊准教授にたずねたところ、AIが意識をもつのは「時間の問題でしょうね」と断言されたという。新しいプライバシー時代はもうすぐそばにきている。

●GDPRに感じること:
次世代の希望であってほしい

 セミナーを終えてあらためて、IT大手は世界中で格差を広げすぎたと感じた。どれだけがんばってもグーグルやフェイスブックのような胴元に近い企業がひたすら大儲けするようなしくみになっていたらやる気が出ない(と怒る人が出てくるのも自然だと思う)。企業が社会の公器なら、グーグルやフェイスブックは社会とともに発展していくべきだ。健全な競争ができる情報社会をつくるために金をじゃぶじゃぶ使ってほしい。武邑さんによれば、グーグル(アルファベット)に対し彼らのAIをコモンズ(共有財)として差し出させようと考えている人もいるらしい。本当にそんな日が来るのだろうか? どちらにしても、GDPRのような新しい動きが次の世代にとっての希望になったらうれしい。

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書いた人──盛田 諒(Ryo Morita)

1983年生まれ、家事が趣味。赤ちゃんの父をやっています。育児コラム「男子育休に入る」連載。Facebookでおたより募集中

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