前回拡張命令の説明をしたのは連載25回なので、14年ぶり(!)である……と書いて、この連載がもう10年を軽く超えたことにあらためて気がついた。そりゃ筆者も年をとるわけだ。
それはともかく、今回紹介するのは相次いでインテルが発表したx86(というよりx64)の拡張命令である。具体的にはX86-SとAPX、それとAVX10である。これらについて順に説明していきたい。
16bitモードを廃止して64bitモードに移行する提案「X86-S」
X86-Sは2023年4月に発表された、インテルによる16bitモード廃止に関する提案(Proposal)である。あくまで提案であって、今すぐ具体的に実装するという話ではないのだが、長期的にインテルとしては16bitモードを廃止したい、という意向を示したものだ。
そもそも現状のWindowsの場合、64bit版では16bitバイナリーが一切動作しない。マイクロソフトでは1993年からWindows NT系列向けにNTVDM(NT Virtual DOS Machine)を提供しているが、これを稼働させられるのは32bitのWindowsのみである。
もちろん抜け道というか、なりふり構わなければ方法はあって、旧称VMware Player、今ならVMWare Workstation Playerをインストールし、ここで古い16bit Windows(Windows 95や98など)やMS-DOSを稼働させ、その上で古い16bitバイナリーを稼働させるというのが1つ。もう1つはOTVDMというエミュレーターを利用するという方法である。
ほかにもあるかもしれないが、基本16bit環境をエミュレーターの形で動かすという話で、少なくとも正規にサポートされた方法ではないし、実際よほど古いアプリケーションをどうしても使いたいというニーズを持つユーザー以外は、16bit環境とは無縁の状況になっている。
それにもかかわらず、実はほぼすべてのユーザーが16bit環境を利用しているのである。というのは、80286や80386では8086との互換性を保つために、電源投入時にはまず16bitモードで立ち上がる仕組みになっており、この仕組みをその後のx86プロセッサーはすべて引き継いだからだ。
80286はIBM-PC/ATで、80386はCOMPAQのDeskPro 386でそれぞれ初採用されたが、当時のOSはMS-DOSであり、どちらのCPUも「高速な8086」として扱われたから、電源を投入したら16bitモードで稼働してくれないとMS-DOSがロードできないことになる。これは当時としては当然の実装なのだが、もうすでに16bit OSなんて影も形もなくなったにも関わらず、ブートの時だけは無駄に16bitモードが動作するという仕組みになっている。
今回の提案はこの無駄な16bitモードでの起動を、最初から64bitモードにしてしまおうというものだ。すでに64bitモードの環境を利用しているユーザーの場合、この影響は一切ない。OSやファームウェア(UEFI)側にはこのX64-Sへの対応作業が必要になるが、アプリケーション稼働には一切関係ないからだ。
問題は32bit OSをまだ利用している場合で、こちらは稼働しなくなってしまう(後述)。まだ32bit OSは出荷されているという状況を考えると、X86-Sを今すぐ実装するのはやや厳しいものがある。
ちなみにこのX86-Sでの変更項目一覧が下の画像だ。16bitモードでの動作を許容していた動作モードをすべて廃止しているし、アドレッシングに関しても16bitモードはすべて廃している。加えて言えば、Intel 8259(IBM-PCで採用された割り込みコントローラー)のサポートも廃されている。
これが仮に実装されたとするとどうなるか? というと、すでに64bitのWindowsなりLinuxを利用しているユーザーにはほぼ影響がない。ブートシーケンスが異なるので、古いバージョンのOSは利用できなくなるという問題はあるが、それだけである。
32bit OSのユーザーは? というと、これはブートできなくなる(X86-Sに対応した32bit OSというのは登場しないだろう)から、64bit環境への移行を余儀なくされることになる。そしてなにかの理由でまだ16bit環境を利用しているユーザーは、このX86-Sは利用不可能になるので、X86-S未対応のCPU(とそれが動作するハードウェア環境)をストックしておく必要があるだろう。
※お詫びと訂正:漢字表記に一部誤りがりました。記事を訂正してお詫びします。(2023年8月8日)
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