アナログを超えるなら、DJの定義から始めたい
――そこに新しいソリューションを持ち込もうというのは確かに難しいですね。
星野 それには、まず「DJ」の定義からはじめないといけないと思います。「ピアノやってます」という話と違って、DJは人によってやっていることが違うんです。
清水 DJと聞いて一般的イメージするのって、スクラッチの「ヒップホップDJ」だと思うんですよ。僕らがここで語っているのは「クラブDJ」全体ですね。アメリカに行けば「モバイルDJ」、「ケータリングDJ」と呼ばれる人たちもいる。司会もやって笑いも取って、何なら鳩も出しちゃう。
星野 ははは、そうですよね。
清水 nextbeatの持ち運べる長所を活かし、そういう人たちにも売りたいので、僕らの製品にはマイク端子が付いているんですね。これで司会をしながら、コントローラーを取り出し……、というのがアメリカ市場向けの一つの切り口なんです。
星野 僕もそれをやりたいんですよ! 「マイクロDJ」と言っているのはそういう意味もあるんです。モバイルの次はマイクロかなと。
清水 アメリカにはモバイルDJの協会のようなものがあって※、モバイルDJのハウツー本※まで出ているんですよ。
※ モバイルDJの協会 : Mobile DJ Networkのこと。公式サイトhttp://www.mobiledjnetwork.com/では地域ごとのDJ検索も出来る
※ ハウツー本 : 「The Mobile DJ Handbook, Second Edition: How to Start & Run a Profitable Mobile Disc Jockey Service」(Amazonで見る)。
星野 その次を行きましょうよ。「ネクストマイクロDJ協会」とか作りましょうよ。
清水 ははははは。いいですねえ。一口に「バンドです」と言ってもいろんなスタイルがあるように、「DJです」という中にも本当にいろんなスタイルがあるんです。
――それでDJのジャンルを絞って機材開発する必要があるわけですね。
清水 最終的にはワコムという会社の利益につなげなければならないので、母数を狙っていくとやはりクラブDJなんですね。
星野 それで聞きたかったことがあるんですが、なぜワコムがDJ機材を?
清水 3年くらい前、iPodがブレークした時期に、これからレコードやCDは売れなくなる、音楽はデジタル化していくだろう、それなら音楽を掘り下げてみようということになりました。ではワコムの技術と音楽のどこに親和性があるのか。
たとえば、マルチタッチを使ったピアノを作ったり。でも、ピアノに必要なレイテンシ※は3ms以下なんです。ワコムの技術の最高のものを使えばギリギリ実現できるんですが、量産化するととんでもない値段になる。
ターンテーブルの場合は、DJの方で個人差はあるんですが、実測してみたら、大体5msから30msなんですね。それくらいなら技術的にクリアーできる。それでDJの方向にシフトしていったんですね。だから急に「DJやります」と言って始めたわけじゃないんです。
※ レイテンシ : デバイスにデータを入力してから出力されるまでの遅延時間。ピアノの場合であれば、鍵盤を叩いてから音が出るまでの時間のこと
――星野さんは最初からDJツールが作りたかったんですよね。
星野 自分は楽器は弾けない。でもメカが好き、デジタル好きという、そこからです。先輩にDJがいて面白そうだったんですが、機材が高くて買えない。じゃあ作るしかないなと思って。まだPCDJが一般的に出る前の2000年に、フリーソフトとして作ったんですね※。その同じ年にTraktorが出たので、企業の力には勝てなかったですけど、15万ダウンロードはいきました。
※ フリーソフト : 星野さん作成のDJ用ソフト「MP3-J」、複数のサウンドカードを使ってモニタリングできる「MP3-J PRO」
――そこら辺は清水さんどうなんですか?
清水 僕はもともとはケータイのキャリアにいて、着うたとか電子コミックのようなサービスプラットフォームの企画をやっていたんですね。大きいくくりで言えばプランナーなんです。だからDJツールを本気で作ろうと決まってからは現場の意見を取り入れるために、一週間で世界一周して世界中のDJに直接話を聞きに行って、プロDJのアドバイザーをチームに組み入れて、みたいなことを繰り返して作っていったんですね。僕はDJマインドではないので、今日の対談は及び腰だったんですが。
星野 いや、それを言えば僕も同じです! DJマインドのある人たちは、いかにフロアの人たちを盛り上げるかとか、曲の流れとか、スクラッチの人たちは細かいテクニックの話とか、そっちになるんですけど。
清水 第三者的にDJシーンに何が求められているのか、何が次に求められているんだろう? という、それを形にするのが僕らのやってきたことですね。