第9世代のCore i9も軽く上回る!? ノートPC向け「Ryzen 4000シリーズ モバイルプロセッサー」搭載の開発機で性能を検証
文●加藤勝明(KTU) 編集●ジサトラハッチ/ASCII
2020年05月21日 11時00分
Ryzen 4000シリーズ モバイルプロセッサーで
ノートPCの性能は爆発的に向上する?
ここ2〜3年でCPU業界の勢力図がAMD寄りに大きく変化したことは改めて言うことでもない。だがモバイル(ノートPC)は、まだインテルの地盤が強いジャンルといえる。その強固な岩盤に楔を打ち込むために生まれたのがRyzen Mobileシリーズだ。
Ryzen Mobileはデスクトップ向けAPUと同様に、内蔵GPU(Vega)を搭載し、安くて多コア構成を武器とする。2019年に第2世代Ryzen Mobileが投入され、そして今年2020年は7nmプロセスの第3世代Ryzen Mobile、巷では「Renoir」(ルノワール)として噂されていたラインが主力となる。
デスクトップ向けRyzenでも第3世代のパワーアップ感は凄まじかった(特にコア数)ため、第3世代Ryzen Mobileに関しても期待をするなというのが難しい。とりわけライバルのCPUはプロセスルールの点で足踏み(一応Cannon Lake等10nm世代の製品は存在するが……)気味なので、7nmプロセスのRyzen Mobileの“強者”感が引き立つ。
今回はMSIが先日発表したフルHD(1920×1080ドット)ゲーミングノートPC「Bravo 15 A4DDR」(リンク先は米MSIのサイト)の“開発機”をお借りし、簡単ではあるが第3世代Ryzen Mobile、つまりRyzen 4000シリーズ モバイルプロセッサー搭載ノートPCの大まかな実力をチェックしたい。
Ryzen Mobile 4800H+Radeon RX 5500Mの組み合わせ
まずは簡単にBravo 15のスペック面だけを確認しておこう。CPUは第3世代Ryzen MobileのRyzen 7 4800H。8コア(C)/16スレッド(T)でブースト時最大4.2GHz、さらにCU(Compute Unit)7基の内蔵GPU(Vega7)も備える。
Ryzen 4000シリーズ モバイルプロセッサーについては、既に大原氏が詳しく解説しているのでそちらを参照して頂きたいが、デスクトップ向けの第3世代Ryzenとプロセスルールやコアの基本設計は同一としながらも、L3キャッシュを1/4に減らし、モノリシックダイに作り替えたものだ。
第3世代Ryzenは、CPUコアと周辺部を別ダイに切り分けることで歩留まりを改善し、メニーコア化の突破口を開いたが、今のノートPCだと極端なメニーコアは不要なので、全部統合した方が熱設計的にもコスト的にも有利、といったところだろうか。
GPUに関してはCPU内にVega7を搭載するほか、別途Radeon RX 5500Mを搭載する。Ryzen Mobile+GeForceという組み合わせが多く見られる中で、Ryzen Mobile+RadeonはAMDファンにとってはたまらない構成だ。
Ryzen 4000シリーズ モバイルプロセッサーの売りの機能のひとつである「Smart Shift」は、CPUとGPUの状態を常にモニタリングし、冷却力や供給電力を融通し合う機能であるが、Radeon RX 5600M以上のGPUのみが対応するため、残念ながらSmart Shiftの機能を試す事はできなかった。7nmでエントリークラスのRadeon RX 5500Mでは意味がないのだろう。
第9世代のCore i9最上位も軽くヒネる性能を発揮!?
では早速パフォーマンスのチェックに入ろう。比較対象として、インテルのCore i9-9980HKを搭載した「MacBook Pro 16インチモデル」にBootCampでWindows 10を導入した環境を準備。だが前世代との比較も欲しいので、筆者が昨年レビューしたRyzen Mobile 3000シリーズ搭載ノートPC「FX505DY」のベンチマーク結果を引用して比較する。
「FX505DY-R5RX560」の主なスペック | |
---|---|
CPU | AMD「Ryzen 5 3550H」(4コア/8スレッド、2.1~3.7GHz) |
ディスプレイ | 15.6インチ(1920×1080ドット、ノングレア) |
メモリー | 8GB(DDR4-2400) |
グラフィック | Radeon RX 560X+Radeon Vega 8(CPU内蔵) |
ストレージ | 256GB(NVMe M.2 SSD、PCI Express 3.0 x2接続) |
インターフェース | HDMI×1、USB3.0×2、USB2.0×1、ギガビットLANほか |
無線機能 | IEEE802.11a/b/g/n/ac、Bluetooth4.1 |
バッテリー駆動時間 | 約6.8時間 |
サイズ&重量 | 360mm(W)×262mm(D)×26.7mm(H) / 約2.2kg |
OS | Windows 10 Home 64bit |
MacBook Pro 16インチモデルに搭載されているCPUも8C16T、さらにGPUも「Radeon Pro 5500M」とBravo 15に非常に近いスペックになっている(厳密にはRadeon Pro 5500MのCU数はRX 5500Mより2基多い)ので、好敵手といってよいだろう。ただMacBook Pro 16インチモデルはスペックの割に薄型ボディーを採用している機種であるため、冷却力的にハンデを背負っていることも書き添えておきたい。
前世代(FX505DY)のベンチマーク結果については、検証環境やベンチマークのバージョンが完全に合わせられなかったので、あくまで参考程度に考えていただきたい。そして何より今回の検証機が開発機であることをメーカーより念押しされた上での検証であるため、実際の製品ではもっと性能が上がっている可能性がある。
では最初に基礎体力測定として「CINEBENCH R15」のスコアーをチェックしてみよう。
FX505DYに搭載されている先代Ryzen Mobile(Ryzen 5 3550H)が4C8T、そして今回のBravo 15に搭載されているRyzen 7 4800Hが8C16Tなので、Bravo 15のスコアーが高いのは当たり前だが、マルチスレッド時のスコアーは2倍以上、シングルスレッドでも28%アップと非常に良好な伸びを示している。L3キャッシュこそ少ないがZen2ベースの設計になったことで、パフォーマンスの劇的な向上が得られた。
そして同コア数対決となるMacBook Pro 16インチモデルと比較すると、Bravo 15がマルチ・シングルスレッドともに約22%上のスコアーを示した。前述の通りMacBook Pro 16インチモデルは薄型ボディー(16.2mm)にCore i9-9980HKを格納している関係上、温度リミットに達しやすいというハンデはある。しかしそれを鑑みても、Ryzen 4000シリーズ モバイルプロセッサーのパフォーマンス非常に魅力的だ。特にシングルスレッド時のスコアーが犠牲になっていないのが素晴らしい。
続いては総合ベンチマーク「PCMark10」を使用する。テストはデータ流用元のレビューに合わせ、全テストグループを実行する“Extended”テストを実施した。バージョンはBravo 15とMacBook Pro 16インチモデルが2.1.2177、FX505DYが2.0.2115となる。PCMark10のリリースノートを見るかぎり、この2つのバージョンであればスコアーに影響はないようだ。
まず全体のスコアーを比較すると、旧世代のRyzen Mobile搭載ノートPCに比べ約1.5倍のスコアーを出している。各テストグループも概ねFX505DYに比べ大きくスコアーを伸ばしているが、特にGamingテストグループのスコアー上昇率が高い。これはCPUの性能向上はもちろんだが、GPUの変更(RX 560X→RX 5500M)が一番効いていると思われる。
そしてインテルの第9世代Core i9-9980HKを搭載したMacBook Pro 16インチモデルに対しては、総合スコアーで約11%、DCC(Digital Contents Creation)やGamingテストグループでは18〜22%上回った。
GPUのスペック的にはMacBook Pro 16インチモデルの方がCU2基分だけ多いので、Gamingテストグループで負けると予想していたが、これは意外な結果だった。ただMacBook Pro 16インチモデルも負けっぱなしではなく、ProductivityテストグループではBravo 15を上回っている。
Essentialsテストグループでは特に“App-Start-up”、つまりアプリの起動時間テストのスコアーが激増(つまり起動時間は短縮)しているが、これはBravo 15のSSDがNVMe SSDである点が関係していると推察される(FX505DYはSATA、Bravo 15検証機のSSDはPCI Express Gen3 x4接続の一般的なもの)。
FireFoxを使った“Web browsing”でも、FX505DYと比べ1.2倍になっているので、CPUのパフォーマンスアップもEssentialsスコアーアップに大きく寄与しているようだ。MacBook Pro 16インチモデルの敗因は、主に“App Start-Up”での大敗にあり、他のテストでは2〜7%の差しかない。
LibreOfficeを使った表計算&文書作成時のパフォーマンスを見るProductivityテストグループも順当に伸ばしているが、Spreadsheetはほぼ頭打ちになっているのに対し、Writingが激増。これがProductivityテストグループのスコアーをブーストしていることがわかる。だがそれ以上にCore i9-9980HKが意外な頑張りを見せた。
WritingはBravo 15に負けたものの、SpreadsheetではBravo 15を大きく引き離した。このテストはクロック勝負的な側面があるため、ブーストクロックを瞬間的に最大5GHzまで伸ばせるCore i9-9980HKには非常に相性のよいテストなのだろう。
クリエイティブ系アプリ主体ゆえにCPUパワーがモノを言うDCC(Digital Contents Creation)テストグループでは、Ryzen 4000シリーズ モバイルプロセッサーの強みが最も色濃く出ている。特にPhoto EditingやRendering and Visualizationでは2倍近い伸びを示しているが、これはOpenCLやOpenGLを利用しているためで、CPUのパワーの他にGPUのパワーもスコアーの押し上げにひと役買っているようだ。
CPUのコア数が共通のMacBook Pro 16インチモデルとの対決では、終始Bravo 15のRyzen 7 4800H優勢のままでテストが終了。唯一Rendering and VisualizationテストでMacBook Pro 16インチモデルの肉薄を許しているが、写真および動画編集(Photo editing/Video editing)では14〜33%の大差をつけている。
Gamingテストグループは「3DMark」のFire Strikeテストをほぼ流用したもの。ゆえにPhysicsはCPUパワー勝負となる。コア数が倍なのだから、スコアーもほぼ倍と、非常に分かりやすい結果となった。
ここで面白いのは、GPUスペックとしては微妙に格上のRadeon Pro 5500Mを搭載したMacBook Pro 16インチモデルの方が、スコアーで下回っている点だ。Proを冠したクリエイター/GPGPU向けGPUだけに、ゲーム系グラフィックへのチューニングが甘いとか、冷却力が不足しているためCPUと綱引き状態になっているなどの原因が考えられる。
少しゲーミング性能に関して深掘りしてみよう。今回テストしたBravo 15は、内蔵GPU(Vega7)とRadeon RX 5500Mを負荷やアプリごとのプロファイルに基づいて自動切り替えできる設計だ。
まずは「3DMark」を使ってグラフィックの描画パフォーマンスを比べてみよう。外付けのRadeonを使った時のスコアーの他に、内蔵GPUだけを利用した場合も合わせて比較してみる。3DMarkのバージョンはBravo 15が2.11.6866、FX505DYが2.9.6631だが、スコアーに互換性はあるため直接比較することとした。MacBook Pro 16インチモデルに関しては、Radeonを使用した時のスコアーのみを比較する。
昨年レビューした前世代のRyzen Mobile搭載ノートPCに搭載されたGPUがRadeon RX 560Xなので、Bravo 15に搭載されたRX 5500Mが勝つのは当たり前だが、性能はほぼ2倍近い。
ここまではPCMark10でも判明したことだが、内蔵GPUに関しても前世代のほぼ2倍。CU数が1基減っていてもスコアーが上がっているのは驚きだ(CPU性能の向上も大分入っているのは確かだが)。ただRyzen 7 4800HのVega7でも、内蔵GPUだけでゲームが快適に楽しめる、というレベルではく、外付けのGPUが必須であることを示している。
PCMark10のGamingテストグループでも明らかになったが、ここでもMacBook Pro 16インチモデルのスコアーは控えめどころか、Time SpyにおいてはBravo 15がMacBook Pro 16インチモデルを50%以上上回るスコアーを出しているのは驚きだ。
次に「ファイナルファンタジーXIV: 漆黒のヴィランズ」の公式ベンチマークを利用する。画面解像度はBravo 15の画面解像度と同じフルHD固定とし、画質は“最高品質”と“高画質(ノートPC用)”の2通りとした。このベンチでは外付けのRadeonでのみ計測している(以降同じ)。
前世代のFX505DYだと画質をやや落として“とても快適”判定が得られるが、フレームレートで見ると平均60fpsをなんとか突破できる程度のパワーだった。だが第3世代Ryzen MobileとNavi世代のRadeon RX 5500Mを搭載したBravo 15だと、最高品質設定でも平均60fpsオーバー、画質を中程度に落とせば平均85fpsで動かせる。
MacBook Pro 16インチモデルだと画面のスケーリングが上手く機能せず、フルHDの画面がディスプレー左上にドット等倍で表示されるなど、MacBook Pro 16インチモデルのBootCamp環境は、ゲーミングにおいてはやや癖の強い環境であるようだ。
続いては「レインボーシックス シージ」でも試してみた。現行ビルドだとAPIにVulkanを指定できるが、データを流用する関係でDirectX 11で計測した。画質は“最高”としたが、レンダースケールを50%(描画はHD相当となる。デフォルト設定)と100%(ピクセル等倍)の2通りで検証した。フレームレートの計測は内蔵ベンチマーク機能を利用している。
Bravo 15のディスプレーは120Hzないし144Hzの高リフレッシュレート(IPS)を備えていることを武器にしているが、上記の結果からレインボーシックス シージの“最高”設定でも、そのスペックを十分に引き出せることが分かる。レンダースケールをドット等倍(100%)にすると平均97fps程度まで下がるが、それでも60fpsを余裕でキープできている点は素晴らしい。
これまでeスポーツ寄りのゲーミングノートPCは、インテル製CPUベースなものが非常に多かったが、最新のRyzen MobileとRadeonもそろそろ選択肢に加えても良いだろう。MacBook Pro 16インチモデルの立ち位置は3DMarkやFF14ベンチと共通するものがある。
最後に目線を変えて、動画エンコードツール「Handbrake」を利用し、再生時間約5分のH.264動画をフルHDのMP4動画にエンコードする時間を比較してみたい。Handbrakeのバージョンは、Bravo 15とMacBook Pro 16インチモデルが1.3.1、FX505DYが1.2.1となっている。動画エンコード設定はプリセットの「Super HQ 1080p Surround」を利用した。
昨今のメニーコアCPUで動画エンコードをすると、使われないコアが多数出てくるが、8C16T程度のCPUなら全コアフルロードになる。ゆえにRyzen 7 4800Hを搭載するBravo 15がコア数半分のFX505DYに勝つのは当たり前だが、所要時間が4割程度に縮まったのは素晴らしい。そしてMacBook Pro 16インチモデルに対してもCINEBENCHと同様に大きな差をつけている。
もしMacBook Proのボディーがもっと厚く冷却重視だったら、もう少しいい勝負になった可能性はあるが、Ryzen 4000シリーズ モバイルプロセッサー搭載ノートPCは、クリエイティブ用途でもインテル製CPU搭載ノートPCに負けないパフォーマンスを持っている、といえるだろう。
まとめ:開発機での検証ながらパフォーマンス向上の凄さを実感できる出来映え
以上でRyzen 4000シリーズ モバイルプロセッサー搭載ノートPCのパフォーマンスチェックは終了だ。開発機での検証であり、メーカーが提示してきたベンチ結果より若干低い値が出てしまったものの、前世代Ryzen Mobile搭載ノートPCと比較しても凄まじい性能向上を果たしている。
ボディー設計が違うため若干割り引いて考える必要はあるが、同等コア数のCPUとGPUを搭載したインテル製CPU搭載ノートPC(MacBook Pro 16インチモデル)を上回るなど、これまでインテル一強だったノートPCの勢力図を塗り替えるだけの実力を備えている。
昨年の段階ではまだ“低価格ノートPC”の選択肢としてRyzen Mobileが少し存在する程度だが、今年は各メーカーが完成度の高い第3世代Ryzen Mobile搭載ノートPCを本格的に投入することが予想される。
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