怪我しない! 開けると刃先が丸くなるスゴイ缶詰「チュナ缶」はこうしてできた

文●四本淑三

2015年06月13日 12時00分

チューナーを缶に入れて「チュナ缶」。この一見バカバカしいダジャレ商品に、実はすごい技術が使われていたのだ。というびっくり仰天のインタビュー、第二弾。

※前回までのあらすじ チュナ缶を作るにあたって、コルグは入れ物として使える缶を探していた。ツナ缶のダジャレである限り、プルトップ缶以外は話にならない。しかし大手製缶メーカーには「ワンロットの数が少なすぎる」と相手にしてもらえない。困ったあげく、最後に行き当たったのが大田区の谷啓製作所だった。この小さな町工場は、開けたフタや缶で手を切らない「ダブルセーフティープルトップ缶」の発明で世界的に知られていたのだった。

コルグのチュナ缶は現在のところ6月末に販売開始とアナウンスされている

ツナ缶のような「フルオープンエンド」缶は、缶切りがいらず、プルリングを引っ張るだけで開けられるし、開けるときのパキュッという音も気持ちいい。でも、うっかりするとフタや缶の切り口で指を怪我をしやすい。だから訴訟社会のアメリカではPL(Product Liability=製造物責任)法で、缶を売ったメーカーが訴えられるケースも後を絶たなかった。

谷内社長がダブルセーフティープルトップ缶の開発に着手したのは昭和58年(1983年)。1970年代から、各国の大学や研究所で安全な缶が研究されてきたというが、谷内社長はコンピューターも使わず、金属の性質を知り尽くした長年のカンのみで、世界で最初にこの問題を解決した。

この谷啓製作所の缶なら安全性も高く、ミュージシャンが使うチューナーの入れ物としてもいい。こうしてダジャレに全力で取り組むコルグも変な会社だが、谷啓製作所もその上を行くユニークな会社だった。今回は谷啓製作所のお二方に、ダブルセーフティープルトップ缶が生まれる経緯から、その缶を使ったある独自製品の開発までをうかがった。

引き続き谷啓製作所の谷内 啓二さん(左)、渡辺 晃さん(右)を中心に話を聞いていく

(次ページでは、「缶はどう発想して作られたのか

怪我を防ぐためには指に触れないようにすればいい

―― 社長は、ずっと金属加工の仕事をされてきたんですか?

谷内 終戦後、東京に来てからね、金型とか金銀の分析とか、そういうものをずっとやってきたの。今年で68年目ですよ。

―― 何かヒントはあったんですか?

谷内 怪我を防ぐためには、刃先が指に触れないようにしなけりゃいけないってことで、丸めればいいんだと。それで、のめり込んでいったら、奥が深くてさ、大変だったんだ。で、5年もかかって完成させたんだ。

―― でも、5年でできちゃったんですね。

谷内 うん。私が一番先にできた。売りだしてみたら、どこもできていなくて。世界中の研究機関がこぞって開発していたんだな。

―― 丸めるというアイデアは思いついても、イメージ通り金属を加工する方法は大変ですよね。蓋って丸い金属だし。

何度見ても不思議なダブルセーフティープルトップ缶のモデル。上が開缶前のS字型に圧縮された状態。下がプルリングを引いて開缶した状態。切り口が丸め込まれた状態になり、指に当たらないのだ。もちろん詳細は企業秘密なので、これで加工プロセスを何となくイメージして欲しい

谷内 でもね、こうやって上から圧縮するでしょ、すると行くところがないからSの字になっていくんですよ。

杉原 1回のプレスでこんなS字型になるんですか?

渡辺 いや、これは何回もプレスをかけています。徐々にやっていくんですね。

杉原 順送型ですよね。1回目、2回目とプレスに流れていく。

―― おっ、やっとメーカーの方らしい発言が。

杉原 これはすごい……。

こうして作られたダブルセーフティープルトップ缶の蓋の外周には、独特の凹凸が見られる

(次ページでは、「スーパーで缶を見かけない理由

全部がこの缶にならないのは設備の問題が

―― でもスーパーに行ってもダブルセーフティープルトップ缶は滅多にないですよね。

谷内 大手さんはね、何百万、何千万と製品を作っているでしょ。難しい物はやってられないんだよな。

―― ダブルセーフティープルトップ缶はコストが高いんですか?

谷内 こっちの方が安いんだよ。何で安いかと言ったら、縁に丸まった補強が入るでしょ。だから丈夫にできる。丈夫にできるから薄い材料でできる。材料が薄いぶんだけ安いんだよ。

―― じゃあ、ますます何でやらないんですか?

渡辺 わざわざ今のラインは変えたくないということでしょうね。

谷内 機械が傷んできたら考えるでしょうけど。大手さんは何千億円という設備でやっているからね。

―― でも、この技術が完成したのは随分前ですよね。

谷内 前ですね。それで、ハインツという会社がアメリカで作りたいというから、私の特許を分けてあげたの。怪我をしたという訴訟で困っているというから。しょっちゅう向こうに通って設備の指導をしてね。

―― でも、国内でもっと知られてほしいですね。たとえば缶詰を作って売るとか。

渡辺 実は、うちは缶詰の容器も造っているけど、中身も作っているんですよ。おかゆとか。

―― えっ。

谷内社長が米国でいくつか出願している特許のひとつ「Safe opening container lid (US5174706)」(Google特許検索より)

(次ページでは、「缶詰を使った調理法とは

缶詰を使った新しい調理法まで発明

―― それはどこで企画されているんですか?

渡辺 全部うちでやっています。あの扉で仕切っている向こう(谷内社長と渡辺工場長が座っているソファーの後ろ)が食品工場。ちゃんと保健所の許可を取ってやっていますよ。

谷内 保健所、すごいうるさいんだよ。でもね、これは真空パックにするときに、まず空気を抜いて殺菌してしまう。それから缶詰に入れたときにレトルト殺菌する。だから長持ちする。25~6年経ったしじみの味噌汁とか、なんともないね。非常食で作ってくれって言ってくるメーカーもあるよ。

渡辺 アルファ米だけじゃ栄養価が足りないからって。

―― それはまたずいぶんと贅沢な非常食ですねぇ。

谷内 でも、缶詰にしなきゃならないものもあるわけ。たとえば長崎の対馬は人の数よりも鹿の数のほうが多いっていうけど、農作物が鹿に荒らされるんだって。それを駆除しても、肉を持っていく場所がない。

渡辺 すぐ腐っちゃうから。それを缶詰にしたいって。そういう相談も来るんです。

谷啓製作所の缶詰通販サイト。1998年に発売を始め、現在はいま話題のココナッツオイルから、玄米ごはん、発芽玄米ごはん(醤油味)、ラム肉ジンギスカン、豆乳、白がゆまで6品目

中でもユニークなのは「ハイブリッドフーズ」の調理法。レトルトパウチに入れた食材を、沸騰水を満たした缶に入れ、そのまま巻締めする。こうするとレトルトパウチ内の溶液に含まれる微量の空気や臭気が、レトルトパウチを透過して缶の中の水へ溶け出して臭みが減り、逆に缶の匂いは食材に移らないというメリットがあるという

(次ページでは、「缶にかかわる変わった相談とは

変わった相談はカキとなまことカニとワインにまで

―― チューナーにかぎらず変わった相談が多いんですね。

渡辺 今までいろいろやったよね。

谷内 カキなんかも最高だよ。カキは美味しい。

―― まあ、そりゃカキは美味しいですね。

渡辺 なまことかね。秋田ですごくいっぱい捕れるんだって。

谷内 なまこはうちの製法で缶詰にすると美味いんだよ。普通は酢の物だけどね、缶詰にすると全然違ったものになる。あれはいいよ。

渡辺 カニも美味かったねえ。普通の缶詰のカニよりも。

谷内 一匹のままどーんと缶に入れてね。足をもぎながら食べる。大田区でやってる展示会に出したら、みんな最高だって言って、人気あったよ。

―― あの、もうお腹すいてきたんですが……。

谷内 ワインもやってるんですよ。このワインは腐らないんだ。ビンのは亜硫酸塩を入れるけど、これはいらないからね。それでも酸化しないんだ。美味いですよ。

渡辺 それを扱うのに、お酒の販売の講習まで行きましたよ。資格は取ったけど、まだ許可はもらっていないので、一滴たりとも売れないんですけど。

杉原 うわあぁ、缶にチューナーなんか入れている場合じゃなかったな……。

―― あのね、それはね、まったく、本当にそうです。

谷啓製作所のボトル型ワイン缶。売ってはもらえないそうですが、我々も仕事中なので持たせてもらうだけ

杉原 でもね、全力でやりましたから。ここまでできたらすごく気持ちいいですよ。エイプリルフールネタですけど、この缶にはすごい技術が使われているんだぞと、みんなに強く言いたいです。

―― こうなると来年のエイプリルフールはハードル高いですよ。

杉原 うーん、どうしましょうねえ。

谷内 まあ、うちに宿題いただければ、たいがいのものは解決するよ。

―― さすが!

谷啓製作所もコルグも、創業は1963年。谷内社長は手を切らないようにダブルセーフティープルトップ缶を発明し、コルグはチューニングで苦労している演奏者に世界初の針式チューナーを作った。問題の発見と、それを解決する技術開発には共通するものがあるのではないか。

次回は、コルグのチューナー開発陣に、ダジャレではないチューナーの話をうかがってきた。楽器をやる人ならみんなお世話になっているチューナーだが、こんなことでもなければ取材させてもらえる機会もなかっただろう。お楽しみに。

取材中猛烈にお腹が空いたため、帰宅後通販で自費購入してしまった谷啓製作所の缶詰群。でも、その美味しさは確かにお説の通りでびっくり仰天。特にジンギスカンは保存食ではなく常食したいくらい。これについては後日改めてレポートしたい



著者紹介――四本 淑三(よつもと としみ)

 1963年生れ。フリーライター。武蔵野美術大学デザイン情報学科特別講師。新しい音楽は新しい技術が連れてくるという信条のもと、テクノロジーと音楽の関係をフォロー。趣味は自転車とウクレレとエスプレッソ

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