ニコ動“歌い手”と野宮真貴・カヒミが共演、その理由は
文●四本淑三
2011年07月16日 12時00分
古川本舗さん(関連記事)のコンピレーションアルバム「Alice in wonderword」について、参加歌手・花近さんのインタビューに続き、今回はご本人に登場をお願いした。
このアルバムについては改めて説明するまでもなく、ニコ動でおなじみのボーカリストに加え、ボーカロイド「MEIKO」の声を担当した拝郷メイコさん、カヒミ・カリィさん、野宮真貴さんという豪華布陣で制作されている。そうしたミュージシャンの参加やレコーディングはどう実現したのだろう?
また演奏陣には、ギターは「くらげP」としても知られる和田たけあきさん、ベースは二村学さん、ドラムはゆーまおさんという、やはりニコニコ動画でもおなじみのミュージシャンを揃えている。しかし驚いたことに、古川さん自身は演奏には関与せず、アルバムプロデューサーとしての立場を通し続けたという。
それらはBALLOOMというレーベルに参加してアルバムを制作するというコンセプトと密接に関係しているらしい。そうしたアルバム制作と、その発売後に見えてきたこと、それを受けての今後の活動などを語ってもらった。
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Alice in wonderword |
Alice in wonderword
1. ピアノ・レッスン feat.カヒミ・カリィ
2. mugs feat.630
3. CRAWL feat.acane_madder
4. Good Morning EMMA Sympson feat.Madoka Ueno
5. envy. feat.星野菜名子 (from 優しくして♪)
6. グリグリメガネと月光蟲 feat.クワガタP
7. 三月は夜の底 feat.花近
8. ドアーズ feat.エルシ
9. スーパー・ノヴァ feat.ミキト
10. ムーンサイドへようこそ feat.ちびた
11. Alice feat. 拝郷メイコ
12. ピアノ・レッスン feat.野宮真貴 with BaguettesEnsemble
当たって砕けなかった結果の豪華キャスト
―― まずメンバーがすごいですね。
古川 ありがとうございます! カヒミさんと野宮さん以外の「歌ってみた」の人たちは、アルバムの話が決まった時点で、まあこの人しかいないだろうという人たちを選んでいきました。
―― カヒミさんと野宮さんに関しては?
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野宮真貴「miss maki nomiya sings」 |
古川 「ピアノ・レッスン」という楽曲は、自分の中でとても大事な曲なんですね。で、この曲にゆかりのボーカリストっていうのが、すでに他の曲で決まってしまっていた。とはいえ同じ人に2回歌ってもらうわけにもいかないし……というわけで、新しく人を探していたんです。野宮さんっぽい、カヒミさんっぽいというキーワードで。でも、やっているうちに、その作業にはまったく意味がないなあと思ったんです。仮に見つかったとしても、相手にも失礼な話だなあと。というので思い切って本人に頼むのはどうかと。
―― それは正しい判断ですが、二人にはどうやって頼んだんですか?
古川 スタッフの一人が、野宮さんと近しい方とを知っている、と言うことで聞いてもらいました。カヒミさんの方は誰もつながりのある人がいないので、これは無理だろうと思っていたんですが、思いきってメールで連絡を取ってみたら「お話は聞いてみましょう」ということになって。それでカヒミさんの事務所に出向いて、お話させていただきました。それで後日連絡が来て良い方向の返事がもらえたんですね。
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カヒミ・カリィ「K.K.WORKS 1998-2000」 |
―― 結局自分のイメージ通りの人選ができたということですよね。やってみるもんですねえ、当たって砕けろ式に。
古川 やってみたら当たって砕けなかったというか。カヒミさんに関しては、歌詞が日本語だと表現としてやりにくいところがあるかも知れないので、フランス語でやりたい、という話は事前にもらっていたんで少し心配していたところもあったのですが、フタを開けてみれば原曲にすごく忠実に仏訳してくださっていて。嬉しかったです。
―― カヒミさんのピアノ・レッスンがフランス語の歌詞なのは、そういう理由だったんですか。アルバム最初と最後をピアノ・レッスンでサンドイッチする形になっている、かつアレンジも歌唱も振り分けていて、このプロデュサーやるなと思っていたんですが。
古川 プロデューサーは僕ですが、あれはカヒミさんの提案です。
―― それは素晴らしい。素晴らしいといえば、くまおり純さんのアートワークですけど。
古川 さかのぼること2年くらい前の話ですね。自分の音楽の世界観に近いイラストレーションをまかせられる人ということで、Pixivで見つけたのが純さんなんです。その時点で彼女は商業誌に描いたりしたので、「いつ出るか分からないけど、いつかアルバムを出すから、その時にジャケットのイラストも描いてほしい。そこまで含めてひと通りやってほしい」と、最初からお願いしていたんです。
―― あれは素晴らしいジャケットですよね。スリーブケース付きなのもいい。
古川 やってよかったですね。ずっとスリーブなんかいらないって言っていたんですけど、ある日突然心変わりしてですね。あれはスリーブと中のイラストが違うんですよ。
―― モノとして買ったありがたみを感じますよね。そしてマスタリングも大御所ですが。
古川 テッド・ジェンセンはたまたまプロモーションで来日されている時にお会いできるタイミングがあって。お願いして会わせてもらいました。こういうのをやっているんだ、とボーカロイドのソフトなんかも見せたら、不思議そうな顔をしてましたけどね。
―― ボーカロイドは知らなかったんですか。
古川 その時はご存じなかったと思いますね。「へえええ、なんだこりゃ」みたいな感じで。で、アルバム出すんですけどやってもらえませんか、と聞いてみたら「オーケー」と。えっ、いいんだ、やってくれるんだと思って。
―― しかしプロデューサーとしては、なかなか強運の持ち主ですな。
古川 たまたまが重なりまくった結果ですよ。ただレコーディング初日が……。
3.11にスタートしたレコーディングの顛末
古川 レコーディング初日が、あの地震だったんですよ。
―― えっ、3月11日の?
古川 レコーディングは足立区の綾瀬にある「カフェオレーベル」(Cafe au Label)というスタジオだったんですけど。僕、いま家が東京じゃなくて、そこに通うのは無理だなというので、1ヵ月くらい近所にマンションを借りることにしたんです。それで引っ越して、寝て起きたら地震ですよ。
―― その初日はレコーディングしたんですか?
古川 初日は飛ばしました。ただ、とりあえず何はともあれやりましょうという方向でやっていたんですけど。あの時、自粛ムードとかあったじゃないですか。節電とか。
―― ありましたね、プロ野球の開幕戦をどうするかみたいな話が。
古川 とはいえ仮に止めたとしても何が変わるわけでもないし。今となっては大げさな話ですけど、これで自分が死んだりでもしたら、たぶん化けて出るんだろうなかと思ってました。
―― 余震が続く中でのレコーディングは厳しいですね、輪番停電もあったし。
古川 スタジオは足立区だったんで、停電は関係なかったんですが、あの自粛ムードをどう考えるか、やるべきか止めるべきかで悩んでいましたね、毎日。自粛せよという気持ちもわかるし、かと言って自粛して何になるのという。
―― 11日以前はどういう感じでスケジュールを組んでいたんですか?
古川 録りは3月中にすべて終わり、4月にミックス、5月頭にマスタリングという感じで組んでいましたけど、11日の時点で真っ白でしたね。
―― 時間的な余裕は?
古川 この日はドラムとか、ベースはここまで録ってとか、一日毎に決めていたので、ひとつズレると結構やばいという状態でした。まどリロ※なんかは日本に来てもらっていたところだったので、スケジュールをずらすこともできなかったし。
※ まどリロ : まど@実写リロ、Madoka Uenoさんのこと。アルバムには「Good Morning EMMA Sympson」にボーカリストとして参加。アメリカ生まれの日本人で、現在カリフォルニア在住
―― ううむ、それは胃が痛くなりそうな話ですね。
古川 11日の時点で、まどちゃんもカリフォルニアからこっちに来ていたはずだったんですよ。だけど飛行機が着陸できないものだから、電話したら「いま北海道にいます」って言われて。千歳に飛ばされたって。ああ終わった、これで色々終わったと、思いましたけど。
―― ということはトラックの録りが終わってボーカリストたちがやってくる、という順番ではなかったんですか?
古川 テンポだけ決めておいて、パーツ録りみたいな感じで進めないと、スケジューリングも噛み合わない状態だったんですね。なのでアコギとベースとクリックだけの状態で歌を入れてもらうようなこともありました。
―― それは歌う側も大変だったと思うんですけど。
古川 そういう変則的なやり方でも、みんなすごい頑張ってくれて。ほとんどが僕の曲を歌ってくれているのを聴いて、お願いしたいと判断した人たちなので、前提としての曲に対する理解があったんだと思いますが、正直助けられてばかりでした。ただ、演奏隊に関しては、レコーディングの前半は不安そうな顔をしていましたね。4月に入ってある程度仮ミックスが聴かせられる状態になって、ああ、こうなるんですか(安堵)みたいな。
―― じゃあスケジュールが詰まって、後ろにしわ寄せが行って大変ということは?
古川 なかったですね。地震が起きてすぐは、無事終わるかどうか気にしながらやっていたんですけど、ある瞬間から気にしなくなって。それ以降はもともと決めてあったスケジュールを確実に成功させることしか頭にない状態で。
―― 3.11以降のアルバムということになりますけど、内容には影響を及ぼしてませんよね。
古川 ないですね。3.11以降に作った曲ならそうなるかも知れませんが、もともとあるものをパッケージングしたわけで、震災に絡めるのはナンセンスだし。
レーベルでやる意義について
―― レーベルに参加して制作するアルバムは同人とどう違いますか?
古川 前に四本さんには、レーベルそのものに懐疑的というか、レーベルの存在意義とは何ぞやみたいな話をしたと思うんです。一人でボーカロイドを使って音楽を作り、一人でCDにパッケージングまでして、一人で売りに行く。そういう一連の流れができ上がっていて、生活の基盤は他にあり、自分の規模感でそれでいいと思えば、それ以上に広げる必要がない。その中でレーベルと言われても何が広がるのか分からん、という話だったと思うんですけど。
―― 今年初めの取材でしたね。
古川 だけど、一人じゃできないことをやらせてもらえるんだったら、参加したい。今回のアルバムのコンセプトも、なるべく自分では動かないというか、人に任せられるところは、人にどんどん任せたいというもので。自分では歌わないし、自分では演奏しない、でも曲を作ってそれを素材として提供するという役割ですね。それで他人と一緒に作品を作る意味もあるし、他人と一緒に作った作品を他人に届けてもらうという、それがレーベルに参加する意義になるだろうと。
―― えーと、つまり今回、古川さんは演奏には参加していないんですか?
古川 もともとあったプログラムをキーに合わせて動かしたりとか。
―― それだけ聞くとすごく楽な仕事みたいですが。
古川 やっぱり録音してもらって、自分だったらこうする、という箇所も出てくるわけです。だからといってなんでもかんでも「それは俺が思っているものとは違うから変えてくれ」というのであれば一緒にやる意味がない。人が出してくれたものをかき集めて、それを自分の作品としてまとめあげる作業というのは必要で、それには気を使うというか。「これは違う!」と曲げるんじゃなくて、こう、ゆるりと曲げる。そういう作業があったり。あとシンバルを録り忘れていた箇所があって、一発だけ叩いた箇所もあります。
―― じゃあ演奏はシンバル一発だけ?
古川 それでも5テイクくらい録りましたよ。ドラムの前に座って「回します」と言われてガチガチになって。
―― 全部できる人にとって、隔靴掻痒感はすごかったと思いますけど。
古川 一人でできることって、確かに濃縮されたものにはなるかもしれないけど、自分の想像の範囲を出ないものなので。その範囲で自分が良いと思えるものって、いままで同人盤として作ってきたわけですよね。それをアルバムとしてまとめようという時に、今までのものを焼き直して入れましたということだと、退屈なものしかできない。同人盤を聴いてきた人たちがビックリするようなものじゃないと、やる意味がない。もし、そこで賛否両論が巻き起こってくれたら、広がったということじゃないですか。自分には受け入れられなかったという人が出てきても、それは横に広がったから見えてきた話であって。逆に今まで興味なかったけど、これで聴いたら良かったと。それは嬉しいことだったりするので。
―― それが今までよりも広い相手に聴かせられている、という証明ですよね。
古川 そうですね。他人とやるんだから、自分の手の届かないところに手が届かないと、やっぱりレーベルに入れてもらった意味もないし。
―― ただボカロのリスナーには、人が歌っていること自体、受け入れられないという気持ちもあるみたいですよ。
古川 オケから何からまったく違うものを作ったという感覚でいるので「これは前のものとは違うものだ! だから好き、あるいは嫌い」という風に聴いてもらえるのは狙い通りなので嬉しいですね。
―― 古川さん的にはパラレルに存在しているものなわけですか。
古川 ぜんぜん違うものですよね。
しばらくは接地点の見えないモノづくりをしたい
―― 古川プロデューサーとしての今回のアルバムの評価はどうですか。
古川 出来にはすごく満足しているんですけど、もっと新曲を入れればよかったなあと。最近になってフツフツと思い始めました。「三月は夜の底」が入っていると言っても1年前の曲なので。その点だけですね、気になるのは。
―― これからはどうするんですか。
古川 またしばらく同人でやる方向にいくと思います。この数ヵ月、ミックスなんかで人の声をいじってきた挙句、改めてボーカロイドを触ってみると面白くて、色々試したいことが出てきた。同人でやることの一番のメリットって、何を作ってもいいということだと思っていて。最終的に全て自分の責任なので、1000枚好き勝手に作ってもいい。
―― それを同人で出していこうということですか?
古川 そうですね、あるいは世にも出さないかも知れないし。今かっこいいと思っているものを、ひたすら面白がって作るという事をやろうかなと。ある程度ゴールが見えたモノづくりをこの2ヶ月してきたんですが、ボーカロイドを始めたときは、どこが着地点とも思っていなかったわけですね。ニコニコ動画に上げた後にどうするかもまったく考えていなかったし。だからこそ自由にやれていた部分もあったので、その感覚を思い出したいです。着地しないモノづくりをしばらくやってみたい。その中から着地するものが見えてきたら、またアルバムを作るかも知れないし。
―― このアルバムのクロスフェードやPVがニコ動に上がった時に「おかえりなさい」というメッセージが多かったんですが、これからニコ動はどうしますか?
古川 ありがたいなと思います。やっぱり。アップロードについては動画ができればやろうかな、と思っています。今回のアルバムに関して「お前が歌えや」というのが、言われて一番心苦しかった。あんだけニコ生やっておいてお前は歌わんのかいという。だから自分が歌うやつとかも作ろうかなと思っています。
著者紹介――四本淑三
1963年生まれ。高校時代にロッキング・オンで音楽ライターとしてデビューするも、音楽業界に疑問を感じてすぐ引退。現在はインターネット時代ならではの音楽シーンのあり方に興味を持ち、ガジェット音楽やボーカロイドシーンをフォローするフリーライター。
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Alice in wonderwordBALLOOM