「次世代ゲーム機の覇者は、ゲームキューブです」 任天堂株式会社 取締役経営企画室室長 岩田聡氏

文●撮影:広岡雅樹、聞き手・構成:内田幸二、月刊アスキー・大槻眞美子

2001年09月14日 14時05分

岩田聡(いわた さとる)氏プロフィール

1959年12月生まれ。北海道出身。高校時代からプログラミングに親しむ。'82年東京工業大学工学部情報工学科卒業後、ハル研究所入社。プログラマーとして任天堂のゲームソフト開発などに携わる。'93年に同社代表取締役に就任。'99年よりハル研究所相談役就任と同時に、任天堂にて現職。「バルーンファイト」('85年/ファミコン用)、「星のカービィ」シリーズ('92年/ゲームボーイ用ほか)、「MOTHER2ギーグの逆襲」('84年/スーパーファミコン用)などを手がけた(いずれも発売は任天堂)。

「ゲームキューブ」という商品名は、デザイン決定後の形状から付けられた。デザイン案には、NINTENDO64のような平たい形状のものもあったという。デザインは、NINTENDO64を担当した内部デザイナーによるもの。

[Q] ゲームキューブの発売まで、あと1カ月ほどになりましたね。E3(世界最大のゲームショウ。開催国は米国)での評判もたいへんなものだったそうで。

[岩田] おかげさまで。まず、現物を大々的に展示したのが、今年5月のE3が最初だったのですが、寸法は発表ずみなのに、皆さん目の当たりにしたとき、筐体の小ささにまず驚かれるんですね。

[Q] ほんとうに小さくて、初めて見たときは驚きました。

[岩田] ええ。私も基板ができあがってきたときに、その小ささを見て、驚きました。そして、「これはイケる」と確信しました。

[Q] 基板も四角いですが、最初からゲームキューブはこういう四角いデザインでいくことは決まっていたのですか。

[岩田] いえ、最初はいろいろな案がありまして、平べったいデザイン案もありました。ゲームキューブのネーミングは、デザイン決定後に出てきたものです。(ゲームキューブ本体を前に)この取っ手も賛否両論あったのですが、私たちは、ゲーム機は、状況によって棚などにしまったり、部屋を移動して遊んだりするものだと考えて付けました。結果的に取っ手を付けて正解だったと自負しています。

[Q] ところでゲームキューブの開発は、どのような経緯で始まったのですか?

[岩田] NINTENDO64の開発が終わり、現場で実際に使ってみて、その問題点を洗い出すところから、ゲームキューブの開発が始まりましたね。

[Q] NINTENDO64の問題点とは?

[岩田] NINTENDO64の前のスーパーファミコンでは、たとえばキャラクタを画面に表示するスプライトが1画面に何個表示できるだとか、画面を何枚まで重ねられるかといった、ハードの仕様制限がハッキリしていました。つまり、仕様書に「画面は4枚重ね合わせることができる」と書いてあれば、Aさんが書いたプログラムでもBさんが書いたプログラムでも同じように4枚の重ね合わせができ、誰がつくってもその仕様制限は一緒だったのです。しかし、グラフィックが3Dになってから、ハードの規制が変質したため「処理時間さえかければ何でもできますよ。すべての自由は開発者にあります」ということになったのです。

[Q] やりたいことができる自由度が高まったということですね。

[岩田] そうなんですが、これがクセ者で、ハードの能力と自由度が上がったことで、逆にゲームにおけるハードの限界が明確でなくなってしまって、プログラマーにとってはどこまでハードの性能を出せるのかがわかりにくくなってしまったんです。

[Q] たとえば?

[岩田] そうですね。1フレームに何千ポリゴン表示できるのか、1つのキャラクタには何ポリゴンまで使えるのか、ゲーム思考ルーチンなどにどれくらいの時間をかけても表示品質に影響を与えずに済むのか……といったところの判断が難しくなってきましたね。いずれも「やってみないとわからない」状態になってしまった。そのため、“オプティマイズ”や“チューニング”といった工程が必要となり、これにものすごい手間とエネルギーがかかるようになったんです。

[Q] 具体的にはどのくらいの負担でしたか?

[岩田] 自分の実感では、“オプティマイズ”や“チューニング”といった本来のゲームをつくる部分ではない仕事に、全工程の4割くらいの時間とエネルギーを使っていたと思います。NINTENDO64のソフト開発では、プログラマーやデザイナーがハードの仕様に合わせて、試行錯誤しながら小手先の技を駆使し、少しでも性能が出るように工夫していたんです。つまり、NINTENDO64時代は、ゲーム制作の本質とは違う仕事が爆発的に増え、つくり手は思ったとおりにゲーム制作ができなくなってしまったのです。それによって開発はどんどん長期化し、最悪の場合は発売中止という事態まで起きてしまいました。このまま、クリエイティブとは言えない無駄な作業が増えていくのであれば、ゲーム産業そのものに未来はないと我々は考ええたのです。

月刊アスキーでは、9/18発売の10月号でも「特集・ゲームキューブハードの秘密」を掲載する。筐体の中身の徹底的分析から岩田取締役ほか開発担当竹田取締役のインタビュー、ソニックチームの中氏ほかソフトメーカー開発者インタビューなど満載。
ゲームキューブの基板。上からGekko(CPU)、Flipper(ビデオチップ)、Splash(メモリ)が、中央に縦一列で並ぶ。名前と配置場所は、愛称そのままに月と尾ひれと水しぶきを連想させる。ちなみに、ゲームキューブのコードネームは“Dolphin”(イルカ)である。

[Q] その結果生まれたのが、ゲームキューブの仕様ということになるのですね。

[岩田] そうです。とにかく簡単に絵が出て、チューニングしなくてもすぐ最高に近い性能が出る、ソフトをつくりやすいゲーム機を目指したのが、ゲームキューブなのです。そして、ゲームキューブの開発で一番最初に重要視したのが「数字主義、スペック主義からの決別」です。

[Q] 数字主義、スペック主義?

[岩田] NINTENDO64も、うまく性能を活かせれば、あの当時にしてはかなりのことができた先進的な機械だったと思うんです。けれど、やはり先ほどのチューニングの話のような「スペック性能と実効性能のギャップ」ということが起きて、そうはいかなかった。最近の新しいゲーム機でもそうですが、3Dグラフィックスのハードウェアというものは、スペック上では、何ポリゴン出るとか、さまざまな追加機能で画面演出ができるだとか謳っていたのですが、実際にソフトを開発してみると「ゲームの中で表示できるポリゴン数は、スペックの10分の1」だとか「追加機能を使ったら、ポリゴン表示はさらに半分」という状態になってしまいやすいのです。つまり、いくらスペックが素晴らしくても、実際には使えないスペックが多いとか、実際にはスペックが嘘になってしまうとかいうことです。そこで、ゲームキューブでは、スペックのピーク性能を重要視するのでなく、現実的にゲームづくりで使える実効性能を重要視しました。

[Q] それは具体的には?

[岩田] たとえば、ソフト開発側からはNINTENDO64のときと比べてゲームキューブのスペックは、CPUを10倍、グラフィック処理速度を100倍にしてくださいとお願いしました。これは、「明らかに違う」と知覚できるソフトをつくるために必要なハードスペックだと考えてのお願いでした。で、実際に完成したゲームキューブはと言いますと、スペック性能的には依頼した、10倍のCPU速度や100倍の描画機能は出せていないのです。ですが、実効性能としてはまさに依頼したCPU10倍、グラフィック100倍が達成できたと思っています。

[Q] でも、これまでゲームキューブはスペックをあまり前面には出していませんね。

[岩田] それには、理由があります。ゲームキューブでは、先進的なことに挑戦して、それが思いどおり機能していますので、ハードをつくった開発チームも「やった!」という実感があるはずです。でも、任天堂はハードウェアのプラットフォームホルダーでありながら、世界最大のソフトウェアパブリッシャーでもあるため、「お客さんは、ソフトが欲しいからゲーム機を買ってくれるのであって、ハードの性能が高いからゲーム機を買ってくれるのではない」ということをハードを開発している担当者もよくわかっているのです。ですから、ハードについてはことさらコメントしてこなかったんです。去年の夏にゲームキューブを発表したときにも、ゲームキューブのハードウェア開発責任者である竹田が「ゲームが主役、ハードは裏方」と言い切っていましたしね。

[Q] ゲームキューブのCPUはIBM、ビデオチップはATIのものを採用されていますが、その経緯を教えていただけますか?

[岩田] これには竹田を中心にしたハード開発メンバーが、長い時間をかけて、世界中のさまざまな技術を検討した結果、コストと性能のバランスのいいものとして選んだのです。それ以外の政治的な理由は含まれていません。

[Q] システム構成はどのように?

[岩田] 構成自体は極めて単純です。大きく分けると、IBM製のPowerPC系CPU“Gekko”、グラフィックコアとしてATMのビデオチップ“Flipper”、そして、24MBのメインメモリの“Splash”の3つです。GekkoはPowerPC750, PowerPCG3ベースのCPUです。ベクトル演算ユニットがあったり、グラフィックチップ用の特殊なインターフェイスを持っていたり、256KBもの大きな二次キャッシュが入っているという点などがパソコン用のものとの違いになります。最近では、大容量の二次キャッシュを搭載したCPUがiMacやiBookなどで使われ始めましたが、こういうチップが世の中に登場する前に、IBMと相談して制作したものです。

[Q] 独自仕様ということですね。

[岩田] そうです。我々は二次キャッシュが大事だということを、NINTENDO64開発時に痛感し、こういう仕様をリクエストしたのです。プロセッサとメモリシステムのバランスが、昨今すごく悪くなっていて、プロセッサはどんどんクロックが上がっていくのにメモリのアクセス速度は進歩が遅い。Gekkoのクラスのプロセッサを扱うのに、大容量二次キャッシュは必須だと考えたわけです。

[Q] クロック的にはNINTENDO64とどのくらい違うんですか。

[岩田] それは4.5倍程度です。ゲームキューブが485MHzでNINTENDO64は93.75MHzですから。でも、大容量二次キャッシュのおかげで、処理速度は十数倍に上がりました。

[Q] すごいですね。Flipperの特徴は?

[岩田] Flipperには、グラフィック関係の機能と内蔵DRAMとオーディオのDSP、インターフェイス関連の機能がひと通り埋まっています。これを中心にしてCPUのGekkoとメモリのSplashが上下に配置されています。Splashの意味は「水しぶき」で、Flipperは「尾ひれ」、つまりイルカのイメージなんです。そしてGekkoは「月光」ですね。基板上のプロセッサやメモリの配置は、月、イルカ、水しぶきを思い浮かべていただくと、想像しやすいと思います。

[Q] 月とイルカと水しぶきですか。

[岩田] ええ。そしてプロセッサ配置の大きな特徴は、メモリの接続場所にあります。全体的な構造は、ゲームキューブとプレイステーション2(以下PS2)は似ているともいえます。PS2の場合、CPUにメインメモリがつながっているのに対して、ゲームキューブの場合はビデオチップにメインメモリがつながっているのが特徴です(編集部注:Xboxの仕様も同様)。

月刊アスキーでは、9/18発売の10月号でも「特集・ゲームキューブハードの秘密」を掲載する。筐体の中身の徹底的分析から岩田取締役ほか開発担当竹田取締役のインタビュー、ソニックチームの中氏ほかソフトメーカー開発者インタビューなど満載。

[Q] メモリを直接ビデオチップにつなげたのは、どんな目的があるのですか?

[岩田] 任天堂の考え方では、CPUに大きな二次キャッシュがあれば、グラフィックチップのほうがメモリの使用頻度が高いと考えたためです。これは、グラフィックデータを制御するためにCPUに負荷をかけるのは、極力避けようとした結果でもあります。

[Q] 具体的にはどんな効果が出るのですか?

[岩田] 極めてわかりやすい例として、テクスチャの使い方があります。テクスチャというのはボリゴンの上に2次元の模様を貼る機能ですが、そのグラフィックデータは、通常ビデオチップ内のメモリに格納しないと絵が描けないのです。NINTENDO64でもそうでしたし、他のゲーム機でもそうです。ところが、一般的にビデオメモリは容量が少ない。NINTENDO64では、わずか4KBしかありませんでしたし、ゲームキューブでも1MBです。これでは、テクスチャデータは、ゲームの進行によって頻繁に入れ替えなくてはならない場合が起き、高速に動かない。そこでNINTENDO64では、このデータを入れ替えるたびに、CPUから処理命令を出さなければならなかったのですが、ゲームキューブでは、CPUが処理しなくてもビデオチップがメインメモリの中からテクスチャデータを取ってこられるようになったんです。「テクスチャの仮想記憶」と呼んだらいいでしょうか。その結果、ゲームキューブではたくさんのテクスチャを簡単に使用でき、かつ性能が落ちないようになりました。

[Q] 「テクスチャの仮想記憶」ですか。

[岩田] 「テクスチャの仮想記憶」の構築は、NINTENDO64のときの不満をフィードバックしたもので、ゲームキューブ開発当初からの大きな命題でした。これを高い性能で実現することは、技術的にも相当難しかったはずです。

[Q] ゲームキューブはソフト開発が楽なハードだと言われています。その最大のポイントが「テクスチャの仮想記憶」なのですか?

[岩田] 重要なポイントのひとつではありますね。ただ、ソフトをつくりやすくするというのは、「ひとつの問題点を解決すればつくりやすくなる」ということではなく、一番障害になっているものから順番につぶしていくということが大切なのです。これはよほど注意深く実行しないと、どうしても“つくりにくさ”が残ってしまいます。この順番につぶす作業を今回は徹底してやりました。その順番でいうと、このテクスチャデータの問題は、2番目か3番目に重要な問題でしたね。

[Q] 重要なポイントは別なところにあると。

[岩田] ええ。でも一番重要なポイントも、やはりメモリ関係ではありますが。

[Q] たとえばメモリのSplashが、テクスチャデータをバッファリングするようですが、ビデオチップのFlipperにもメモリが組み込まれていますね。そこらへんですか?

[岩田] 組み込み用DRAMのことですね。PS2のグラフィックチップで使用されているのと同じようなものです。メモリがボトルネックとなって高速なデータ処理を妨げる。そこで、高速処理を行なうために、チップにメモリを内蔵し、帯域の広いバスで接続して、データを並列処理するというのは最近のビデオチップのトレンドでもあるのです。帯域の広い並列接続をするには、チップにDRAMを組み込んでしまうのが明らかに有利ですからね。

[Q] となると、ビデオチップのメモリ配置は、PS2に近いということですか?

[岩田] 構造としては、PS2と共通な部分もありますが、採用のアプローチが違うので、結果的には全然違うものになっています。

[Q] PS2と違うところを、具体的に説明していただけますか?

[岩田] メモリの話とは少し離れた、全体的な話になりますが、ゲームキューブがPS2と大きく違うところは、ゲームに必要な機能に絞り込んで開発したところにあると思います。PS2の「プログラム次第で何でもできる」コンセプトに対して、ゲームキューブは「性能を落とさず、開発者が楽をしてクリエイティブに集中する」です。任天堂では、「ゲーム機は、これだけできれば十分」ということを今までの経験上絞り込めていましたから、ゲームプレイに必要な機能として、メモリを内蔵し、データを並列処理可能なチップを採用したのです。この採用のアプローチはPS2と大きく異なると思います。

月刊アスキーでは、9/18発売の10月号でも「特集・ゲームキューブハードの秘密」を掲載する。筐体の中身の徹底的分析から岩田取締役ほか開発担当竹田取締役のインタビュー、ソニックチームの中氏ほかソフトメーカー開発者インタビューなど満載。

[Q] メモリのアクセス速度が問題となると、メインメモリにも何か工夫されたのですか?

[岩田] ゲームキューブのメインメモリは、とても特殊なものなのです。先にご紹介したように、任天堂ではこのメモリチップを“Splash”と呼び、MoSys社の“1T-SRAM”を使っています。

[Q] 1T-SRAM?

[岩田] ワントランジスタSRAMです。メモリのレイテンシ(データが処理のリクエストを行なってから、実際にデータが転送されるまでにかかる遅延時間)がいろいろな部分でデータ処理作業の足かせになっていました。その問題を解決するのが、この1T-SRAMなんです。これは、レイテンシも少なく、それでいて低コストなメモリなのです。

[Q] どういう経緯で採用に至ったのですか?

[岩田] これも、開発責任者の竹田が、いろいろと調べていくうちに見つけました。ちなみに、パソコンでは主流になりつつあるRambusのRDRAMを、マスマーケットで使ったのは竹田がNITENDO64に採用をしたのが最初だと思います。我々は、NINTENDO64でRDRAMを実際に使った結果、ゲーム機に必要なメモリの特性ということを学びました。そして、ゲームキューブではレイテンシの少ない1T-SRAMをベストな答として選んだのです。

[Q] 具体的に、1T-SRAMがゲーム機にどう適しているのですか?

[岩田] 1T-SRAMとRDRAMでは、ランダムアクセスの速度が大きく違います。RDRAMの特徴は、データを読み込み始める際に大きなレイテンシが起こることです。連続したデータを一気に読み書きする際にはフルスピードで動き、レイテンシが少ないのです。ところが、ゲームにおけるメモリアクセスというのは細かく断片的な読み書きを繰り返すんですね。ですから、ゲームの場合はRDRAMのメリットが出にくいのです。メモリに待たされている何十ナノ秒の間に、480数MHzのプロセッサは何十サイクルと動くわけですね。あるいは160数MHzのグラフィックチップは何十サイクルと動く。でも、どんなに優れたグラフィックチップもプロセッサも、メモリに待たされている間は、何もできません。

[Q] つまり、レイテンシがゲーム機の性能を大きく落としてしまうと?

[岩田] そうです。CPUのパイプライン処理が進歩し、クロックがどんどん速くなることによって、メモリシステムのアクセス速度が全体の中で占める問題として、ものすごく大きくなったということなんです。一方で、1T-SRAMはSRAMなので、基本的にデータを読みたいとか書きたいとかいって出てくるまでの速度はすごく速い。普通のDRAMの10倍くらい速いんです。待たされる時間が10分の1になる……。というか、ほとんど待ちません。1T-SRAMは、非常にゲーム機向きのメモリなんです。つまり、ゲームキューブはメインメモリが普通のメモリではなく、強いて言えばメモリ全体が三次キャッシュという考え方でつくられているんですよ。

[Q] メモリ全体が三次キャッシュですか。

[岩田] ええ。Splashのほかにも、Flipperに積んでいる組み込みメモリにも1T-SRAMを採用し、メモリシステム全体の高速化を図っています。特に、テクスチャはランダムにアクセスされる頻度が高いので、このことは同じ組み込みDRAMを使っているPS2に対する大きなアドバンテージになっています。この1T-SRAMの採用は、ゲームキューブの一番大きな特徴と言えるんじゃないでしょうか。

[Q] なるほど。それから、スペック上では、“Aメモリ”というのがありますね。

[岩田] Aメモリというのは、“Auxiliaryメモリ(補助メモリ)”の略称で、普通のシンクロナイズドDRAMが採用されています。1T-SRAMが、チップ面積からくるコストの制約の問題で24MB以上載せられないので、“データを一時保管する役目”として採用しました。最初は“オーディオメモリ”って呼んでいたんですけど、オーディオメモリと書いてしまうとオーディオの担当者が「これは俺のものだ」といってほかの用途に使わせてくれなくなるかもしれないので、途中から“Aメモリ”と呼ぶことに変えたんですよ(笑)。

[Q] 具体的には、Aメモリはどんな使われ方をするのですか?

[岩田] ときにはオーディオの波形バッファであり、ときにはアニメーションデータのバッファであり、あるときはディスクのキャッシュであり、いろいろな使い方ができますね。

[Q] メモリ周りにはかなり、力を注がれたようですね。

[岩田] ええ。でも、それだけの結果は出ています。一番は、グラフィックの部分ですね。「テクスチャの仮想記憶」の概念が実現できた理由は、まさに1T-SRAMのおかげです。もし、このメモリシステムでなかった場合、チューニングせずにテクスチャを使ったら、処理スピードはかなり遅く、ゲーム機としてのパフォーマンスも低いものになったと思います。1T-SRAMのような、超高速で低遅延のメモリを使うことで初めて、「テクスチャの仮想記憶」の概念が可能になったわけです。そして、チューニングやオプティマイズにエネルギーを注がなくても、高い実効性能が出せ、開発効率もいいのです。

[Q] テクスチャは、圧縮に関しても何か?

[岩田] はい。NINTENDO64と比べると、グラフィック性能は100倍になりましたが、メモリ容量はたったの6倍です。当然何か工夫もしないと性能が生かし切れません。そこで米S3社のテクスチャ圧縮技術「S3 Compression Technology (S3TC) 」や、3Dモデルの座標のデータを圧縮する技術などを採用しました。

[Q] 具体的に説明していただけますか?

[岩田] S3TCのテクスチャ圧縮技術というのはフルカラーの絵を1ドット4ビットの大きさの情報に押し込める技術で、これは(マイクロソフトの)DirectXにも使われているものです。ざっくり言うと、テクスチャデータが4分の1になると思ってください。S3TCの圧縮率を6分の1と言う人もいますが、フェアに言えば、4分の1というのが正しいと思います。

[Q] 座標データ圧縮のほうは?

[岩田] 通常、3DモデルのXYZの座標データは内部的には32ビットの浮動小数点なんですが、ゲームキューブでは、16ビットや8ビットの整数データでも表記することができます。座標データ圧縮を使えば、この16ビットや8ビットデータが自動的に、32ビットに変換されるのです。精度が8ビットや16ビットで十分の場合は、そのまま使うこともできるので、メモリの節約にもつながりますし、やりとりするデータの量が減るので、速度の点でも有利になります。ほかにもいくつかあるんですけど、細かくなりすぎて、説明しきれませんね。とにかく、データをなるべくコンパクトにし、メモリの負担を軽減させることは結構いろいろ徹底的にやりました。

[Q] 座標圧縮のほうは任天堂が独自に開発されたのですか?

[岩田] そうでしょうね。あまり聞いたことないですから。

月刊アスキーでは、9/18発売の10月号でも「特集・ゲームキューブハードの秘密」を掲載する。筐体の中身の徹底的分析から岩田取締役ほか開発担当竹田取締役のインタビュー、ソニックチームの中氏ほかソフトメーカー開発者インタビューなど満載。

[Q] 開発環境に関しては、ソフト開発の責任者である宮本茂取締役の、「ゲームキューブのソフト開発はNINTENDO64に比べて10分の1くらいの値段の開発機材で済む」という発言を聞きました。低コスト化できた理由は?

[岩田] 開発用ハード自体の値段が10分の1に下がったということです。NINTENDO64の開発を始めたときは、シリコングラフィックスのワークステーションを前提にした開発環境が最初にできたんですね。それでNINTENDO64のソフトメーカーの皆さんにとって、シリコングラフィックスのワークステーションが高価で、参入障壁になるほどだったのです。それに比べてゲームキューブは、普通のパソコンに近いワークステーションで十分なんです。

[Q] たとえばPentiumIII-1GHzくらいのPCで大丈夫だということですか。

[岩田] ソフトをつくるには、1GHzなくても全然困りませんよ。

[Q] 開発経費の負担を軽くされたのは、新たな人材を発掘するためだとか、そういった別の目的もあったりするのですか?

[岩田] 今、ゲーム産業は昔のように効率のいい仕事でなくなってきましたから、とにかく参入障壁を極力下げて、極力無駄なエネルギーは使わなくて済むようにしたかっただけです。本来のゲーム制作という仕事に集中してもらうためにね。メッセージがあるとすれば、「開発の無駄が減って、楽になった分、面白いものをつくって、ユーザーを喜ばせましょう」っていう感じですかね。

[Q] ミドルウェアには、どのようなものを?

[岩田] いわゆる3Dの絵を描くためのグラフィックのライブラリやコントローラを読むためのライブラリといった、基本的なものはあります。また、ミドルウェアのサポートも始めています。しかし、ミドルウェアがないとゲームがつくれないというのは、間違った解釈じゃないかと思うんです。ミドルウェアの重要性もわかりますが、ミドルウェアを必要としている部分には、別の形で解決しなければいけないものがあるのではないかと思うのです。そのいい例が、先ほどの問題になった「テクスチャの仮想記憶」やメモリのレイテンシを小さくして実効性能を高めるというアプローチですね。

[Q] PS2では、ミドルウェアの習得に時間がかかり、ソフトハウスの実力差がそこで大きく出たという話をずいぶん聞きました。ゲームキューブは、まったく逆の流れになりますね。

[岩田] その意味では、他社さんの話で恐縮ですが、セガさんがゲームキューブ版『ファンタシースターオンライン』を、開発スタートから約1カ月で今年のE3展示までもっていった。それを聞いていただくだけでもゲームキューブというハードの素性の良さは伝わるんじゃないですか。でも、PS2が「ソフトをつくりにくいハード」と言われているから、任天堂はソフトをつくりやすいゲーム機をつくったわけではないんですよ。この「つくりやすいハード」というのは、「次の世代のゲーム機はどうあるべきか」と、もう3年も前に方針が決まっていたわけです。今のゲーム産業が抱える問題点への任天堂の答が、たまたま「つくりやすさ」だっただけです。E3でもその部分を大きく評価していただきました。まだ1台も売っていないハードですが、ここに「未来をここに賭けよう」と参入を希望するソフトメーカーさんも多いです。我々が「つくりやすさ」を選んだ結果は、ここにも、出ていると思います。NINTENDO64のときのような、ソフトがなかなか揃わないという心配は、ゲームキューブでは無用でしょう。

[Q] 開発専用機も特に用意されていないのですか?

[岩田] ええ。開発したソフトの動作を確認するための、テストマシンのようなものはありますが、ゲームキューブそのものとあまり変わらないものです。それを利用してプログラミングするようなものではありません。

[Q] ゲームキューブは年内に何台くらい出荷される予定なのですか?

[岩田] 今任天堂として、何台を目標にするというのはないんですが、公式発表では、年度内に400万台としています。でも、1台でも多くつくっていきたいと製造部門も頑張っているといった現状です。

[Q] 400万台の目標というのは国内のみ?

[岩田] 日本とアメリカ、合わせてですね。僕らは、8ビットのゲーム機をつくっていたころは枯れた技術を使っていたんですが、気づいてみたら「最新鋭のビデオチップもびっくり!」みたいなものを自分たちがつくっていて、コンピュータ分野のリーディングエッジになってしまいました。このため、発売当初には昔のように簡単には部品も揃わないんです。本当はもっとつくれたらいいですけどね。最初の半年で400万台というのも、決して少ない台数ではないんですが、需要はもっと大きいと予測しているので、早い段階から十分な台数を揃えたいと思っています。

月刊アスキーでは、9/18発売の10月号でも「特集・ゲームキューブハードの秘密」を掲載する。筐体の中身の徹底的分析から岩田取締役ほか開発担当竹田取締役のインタビュー、ソニックチームの中氏ほかソフトメーカー開発者インタビューなど満載。

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