RISC-VはCPU IPのみであり
Armのようにチップ全体の設計までは担保していない
(5)はそのとおりで、現在Armはまさにこのポイントを突く形で差別化しようとしているのは前回も説明した通りである。ただこのあたりを得意とするベンダーもRISC-Vには存在する。
もともとSiFiveがこれに近いことをやろうとした(けど失敗した)話は連載748回でも説明したとおり。現在の最右翼はTenstorrentだろう。連載713回で紹介したように、同社はRISC-VコアとAIコアをチップレットの形で利用可能にするソリューションの提供に向けて突っ走っており、これが実現すれば、例えば顧客は自身のIPなどをチップレットの形で製造し、それとTenstorrentのコアやらなにやらもやはりチップレットで組み合わせる形で最終製品が構築できることになる。
実際にはまだチップレットでこうしたことを自由に行なえるようになるまでにはだいぶ長い道程が待っている。現状チップレットはAMDだったりインテルだったりと、一社ですべての設計、製造する段階に留まっているからだ。
ArmにとってRISC-Vは脅威
Armの強みはチップ全体の設計とソリューションの提案
以上のことから、辛うじて(2)と(5)だけはイチャモンではなかったのだが、現状では(2)ももう主張としては厳しく、(5)だけがなんとか成立するといったところか。このキャンペーンの失敗もあってか、その後Armは表向きはRISC-Vを名指しで攻撃するのは控えめになったが、中の人はやはりRISC-Vを非常に脅威に感じており、それもあってかソリューションを前面に押し出すキャンペーンを強化している。
ではRISC-V陣営はArmに対して万全か? と言われると、これも怪しいところはまだまだある。最大のモノは、強力な主導権を取れる体制になっていないことだ。これは何度か説明に使った話だが、例えばRISC-Vのベクター拡張命令(RVV:RISV-V Vector Extension)が最初に言及されたのは、2017年11月末に行なわれたRISC-V 7th Workshopの折である。
もうこの時点でRISC-V財団にはVector Working Groupが存在しており、ここから標準化活動を進めていったが、これの標準化が完了したのは2022年6月で、実に4年半以上の期間を要している。
「たかがベクター拡張命令で」というのは失礼にあたるとは理解しているものの、4年半はさすがに標準化作業としては時間がかかりすぎるように思う。これは標準化団体による仕様策定ではしばしば起きることで、PCI-SIG(PCI/PCI Express)やUSB-IF(USB)、IEEE 802.3 WG(Ethernet)などでもやはり時間がかかることは多い。
ただPCI-SIGやUSB-IFの場合、競合になる存在がないからこれでも許されるが、イーサネットではベンダーが複数集まって独自の団体(MSA:Multi-Source Agreement)を結成して独自規格を作ってしまい、それが業界標準として広まってしまったことでIEEEによる標準化が完了しても誰も使ってくれない規格ができて終わり、ということがたまにあったりする。
RISC-Vも同じで、他に競合がなければ、のんびりとした標準化作業でも構わないのだろうが、今後Armと本格的に競争が始まる中で、このスピード感は果たして対抗できるのか? という疑念は拭えない。
過去の例を見ると、ある課題が出てきた時に、その対応の標準化作業を待ってると遅すぎるので、複数のベンダーが独自の実装をしてしまい、それらが業界標準として流通してしまい、しかも標準化ができないという事例がある。RISC-Vがこうした問題を避けられるのか? はRISC-V Internationalのかじ取り次第である。
また連載755回でも触れたが、RISC-Vはロビー活動をせずに海外移転という形で政治的なトラブルから逃げる方策をとるのが基本方針である。いつまで逃げられるのか? というとこれもやや不明確なところで、いずれはロビー活動の方向に転じざるを得ないのではないか? という気もしなくはない。ただ現状の体制はそうなっていないので、このあたりは長期的に不明確な部分ではある。
こうしたいくつかの不確定要素はあるものの、RISC-Vがますます興隆していくだろう、ということそのものに疑問の余地はない。それがPC市場にいつ入ってくるのか? と言われると謎ではある。そもそもArmですら、ごくわずかに入り込めているに過ぎない。Appleを加味しても全体の2割に達しないからだ。
RISC-Vは、組み込みや一部のサーバー、あるいはコンポーネントにはますます使われていくことになるだろう。ただそれがArmを押しのけて主流になるのか? と言われると、その可能性はあるかもしれないが、時期を見通すのは難しいし、今後も長く共存していくかもしれない。
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