2023年11月24日、東京都港区に「麻布台ヒルズ」がオープンしたのは、かなりニュースになったので記憶に新しいところ。元はどんな場所だったのか。記憶に残っているのは、東京の凸凹地形好きくらいじゃないかと思う。
住所は麻布台だが、その中心部は谷地。「我善坊谷(がぜんぼうだに)」と名が付けられた、急坂に囲まれた谷だったのだ。我善坊「谷」が麻布「台」で「ヒル」ズになったのだから、すごい出世である。あれだけ高いビルがあれば、元が狭い谷地だったなんて誰も思うまい。
突然そんな話から始めたのは、その我善坊谷に猫がいたのを思い出したからだ。すでにその場所を再訪することもできないし(そもそも当時の道も家もない)、当然、猫もすでにいないので具体的に書いちゃうけど、西久保八幡神社境内から我善坊谷へ下りる階段の下あたりである。西久保というのはこのあたりの地名で、西久保八幡神社は高台に鎮座している。
冒頭写真の背景に見えているのが、西久保八幡神社への裏の参道。フェンスに沿って歩き、階段を上ると八幡神社の境内につながっていた。
はじめて我善坊谷を訪問したのは、2014年春のこと。10数人での街歩きの後、地形好きの人が「我善坊谷という面白いところがある」と案内してくれたのだ。
次の写真は、西久保八幡神社の高台から我善坊谷を見下ろしたところ。東京都港区とは思えない古いアパートや家が並んでいるが、すでに再開発も決まっているゆえ、建て替えられることもなく、徐々に立ち退きも始まっており、廃屋が増え、更地も見え、より寂寞感が漂ってたのだろう。
よく見ると、奥の細い路地の脇に傘が置いてある。たいていは猫のためである。猫の雨宿り兼、餌が濡れないように傘を置くというのは、よく見られる光景だ。
ってことは、猫が近くにいるはず、ときょろきょろしてみると、フェンスの奥でじっとこっちを見ている猫がいるではないか。こちらがちょいと大人数だったこともあって、警戒しているけれども、ちょこんと首を傾げてるところがかわいい。港区とは思えない背景もたまらんですな。
ここ、もともと猫の世話をしていた方が海外へ行ったため、ボランティアの方々がそれを受け継いで世話をしていたそうな(そう貼り紙がしてあった)。
次に訪れたのは、同年の10月。玄関前のビニール傘が新しいものになっていた。
少し離れたところで、前回と違う薄い茶色の猫と遭遇。フェンス越しにちょっと挨拶して撮影する。
その後、近くへ行くたびに覗くようにしていたのだが、そもそもこのあたりへ行く用事などめったになく、次に出会えたのは2016年。猫用の傘は、緑色になってた。
このときに撮ったのが、冒頭の1枚だ。雨上がりのようなしっとり感がある写真だけど、この日は晴れ。比較的狭い谷地で木々も多く、じとっとしやすい場所なのだ。模様が似てるので、2014年に会ったのと同じ猫だと思う。ちょっとやさぐれた感じはあるけど。
そして、フェンスの向こうに隠れ、こっちを向いてぺろりと舌。
この日は時間があったので、我善坊谷をぶらぶら撮影しようかと少しだけ離れて戻ってみると、2匹がちょうどじゃれあってくれたので、望遠で迫ってみた。
ちょっと離れて、横からも1枚。
2018年に訪れたときは、この傘が置かれていた古い民家は白い布で囲まれて取り壊しが始まり、西久保八幡神社から谷への参道は閉鎖され、2019年にはこのあたり一帯への立ち入りができなくなり、大規模な再開発が始まり、麻布台ヒルズとなったのである。
ちなみに、麻布台ヒルズは開発に約35年かかったとか。私が訪れた頃はもう再開発の準備中で、街が徐々に歯抜けになっていく最中だったのだろう。
かくして、猫もいた古くからの湿度が高い谷地は、巨大で爽やかな麻布台ヒルズに大変身を遂げたのである。あの中小企業やアパートや古い家が密集していた谷が、道筋ごとまっさらになって、300m超えの高層ビルが建つおしゃれエリアになるのだから、すごい。
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筆者紹介─荻窪 圭
老舗のデジタル系フリーライター兼猫カメラマン。今はカメラやスマホ関連が中心で毎月何かしらのデジカメをレビューするかたわら、趣味が高じて自転車の記事や古地図を使った街歩きのガイド、歴史散歩本の執筆も手がける。単行本は『ともかくもっとカッコイイ写真が撮りたい!』(MdN。共著)、『デジタル一眼レフカメラが上手くなる本』(翔泳社。共著)、『古地図と地形図で楽しむ東京の神社』(光文社 知恵の森文庫)、『東京「多叉路」散歩』(淡交社)、『古地図と地形図で発見! 鎌倉街道伝承を歩く』(山川出版社)など多数。Instagramのアカウントは ogikubokeiで、主にiPhoneで撮った猫写真を上げている。Twitterアカウント @ogikubokei。ブログは http://ogikubokei.blogspot.com/
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