外国製デジタルテレビは1台もない
審査と言っても、経産省のやる電機製品の安全性に関する検査ではない。B-CAS(ビーエス・コンディショナルアクセスシステムズ)なる民間企業が、何の法的根拠もなく、B-CASカード1枚あたり(推定)3000円の「審査料」をとって審査を行ない、それに合格しないとB-CASカードを取り付けることができないのだ。B-CASは「ARIBの規格に準拠していれば認可する」というが、ARIBの規格書は数千ページもあって、読み解くのにも苦労する。
しかもARIBの承認を得るためには、参加している放送局やメーカーを回って全員のOKをとらなければならない。2005年、OEM用の地デジチューナーボードで初めて認可を取ったピクセラは、この手続きに5年もかかったという(関連記事)。こうした「日本的コンセンサス」を理解できない外資系メーカーはみんな途中で挫折し、OEMに切り替えたわけだ。
おかげで、地デジのテレビを作っている海外メーカーは1社もない。世界のテレビのトップメーカーは韓国のサムスン電子で、5位以内には他に韓国のLGとオランダのフィリップスが入っている。ところが昨年サムスンは日本から撤退し、日本のデジタルテレビはすべて国産だ。
「非関税障壁」はテレビ局の自縄自縛
このように関税以外の方法で輸入を妨害し、海外メーカーを締め出す仕組みを非関税障壁と呼ぶ。無料放送を暗号化するという世界に例のないシステム、B-CASの唯一の役割は、今や日本市場を鎖国し、競争を制限することしかない。
1980年代、日本の電気製品が欧米市場を席捲したころ、非関税障壁は日米構造協議で大きな問題になり、政府の認証プロセスを透明化し、情報公開することが決まった。しかし90年代以降、日本メーカーの勢いがなくなると、米国も日米通商問題に関心を持たなくなり、こんなあからさまな非関税障壁が放置されているのだ。
しかしアナログ停波まで、3年余り。今年3月までに売れたデジタル対応テレビは約2600万台で、全国に1億2000万台以上あると推定されるテレビの1/4にも満たない。デジタルテレビが売れない最大の原因は、コピーワンスなどの使いにくさのほかに、競争がなく、価格が高いことだ。このまま鎖国を続けていると、アナログ電波を止められなくなり、テレビ局は自分で自分の首を絞める結果になるだろう。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に「過剰と破壊の経済学」(アスキー)、「情報技術と組織のアーキテクチャ」(NTT出版)、「電波利権」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
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